「さよなら」




















夕日


















……この気持ちに気づいたのはいつだろう。
押し潰されそうな、重すぎる気持ちに気づいたのは。


あんたを見る度、ずしり、と鉛でも入ったかのように胸が重くなる。
あんたの一挙手一投足に、身体ごと重くなるような感覚が襲う。
……あんたが俺に笑いかける。俺の名前を呼ぶ。
その全てが、ひたすら重い。

重すぎて、俺は身動きが取れなくなる。



初めて味わう、身体ごと押し潰されそうな気持ち。
日に日に重さは増してゆく。

あんたが「好き」だと。「愛している」と。


その感情は……俺には重すぎる。





この重みは多分あんたへの感情そのもの。
「好き」だという重み。
それなら、この気持ちをあんたに打ち明けたとき、この重さはあんたにかかるのだろうか。
あんたが受け止めるのか?
この重さを途中で投げ出さずにいつまでも支え続けるのか?

……あんたにそんなことはさせられない。



だってあんたは俺を「好き」じゃないだろう?



だから俺は、この気持ちから目をそらす。
「好き」なんて感情は気の迷いだ。気のせいなんだ。と。
あんたを意識しないように、自分の内部に目を向けないように。











そうしているうちに、かろうじて押さえていた壁は、確実にのしかかってきた。







……あまりの苦しさに、あんたに「好き」だと吐露しそうになる。
あんたへの気持ちに潰されて、死んでしまいそうだった。












ある昼下がり、久々のオフでリノアと観に行った芝居の中で。
俺は、あることに気づいた。
きっかけは、ある女の台詞。

ああ、そういうことなのか、と思った。
全てのことに関して。
俺の、あんたへの気持ちも全て。





もしも、言葉を発することでその先の沈黙が怖くなるのならば。
沈黙が最良なのだろうか。
愛情というモノにもそれは当てはまるのだろうか。
想いを伝えることで相手を失うことが怖くなるのなら。
もしそうならば、
俺は、いなくなろう。
何も告げず、何も伝えずに。
何も得なければ何も失うことはない。
……そういうことなんだろうと思う。


だから、俺はいなくなる。
どこへ辿り着くかはわからないが、とにかく俺はここにいてはいけない、と。
それだけはよくわかるから。













「…ふぅ」

全ての執務を終わらせて、自然とため息が口をつく。
時計に目をやるとすでに日付変更間近だった。
…これで最後の仕事も終了だ。
今晩発つと決めていたから。

デスクの引き出しから何も書かれていない封筒を取り出し、静かにデスク中央に置くと、席を立った。
残すのは、この手紙だけ。
そして最後の指揮官室に別れを告げようとドアノブに手を伸ばすと、それより先に扉が開かれた。

驚いて視線をやると、そこにいたのは

「スコール?」

「サイファー……」

「何だ?お前今上がりかよ」

そう言って俺の身体を押しのけるように室内に入ってくるあんたの手が肩に触れて……
それだけで俺の身体はあらがいようのない重さに押し潰されそうになる。

「あんたこそ何してるんだこんな時間に」

何でよりによって、今日、この時間に来るんだあんたは。
……あんたに一番会いたくなかったのに。

「コーヒー飲みに」

「そんなの自分の部屋でもいいだろ?」

「うっせーな。ここのコーヒーのが美味いんだよ」

手に持ったコーヒーの箱であんたが頭を小突く。
それが嬉しくて……とてつもなく重い。

「お前も飲んでけよ」

早くあんたの前から姿を消したいのに、俺はあんたの言葉に逆らえない。
……本当はすごく会いたかったから。


サイファー。俺、もういなくなるんだ。
言葉には出さずに、そんなことを思う。

……そうだな。最後に過ごすのがあんただったことに感謝しよう。




あんたの淹れたコーヒーを飲みながら他愛もない話をする。
俺の言葉にあんたが笑ったり、ムッとしたりするのを見るたび、周りの壁が厚さを増して俺を圧迫する。
あまりの息苦しさに口が滑って、


サイファー。俺、あんたのこと、好きだ。
本当に、好きなんだ。


そう、このまま言ってしまえたらいいのに。
あまりの重さに、声も出ない。





……ふと、あの台詞が頭をかすめた。

「なあ、サイファー」

そう言って俺はサイファーの目を見据える。
これは、賭けだ。

「黙っていた方がいい。もし言葉が、更なる沈黙のために語ろうとせぬくらいなら。
 ……言葉は、世界から人を隔てる」

「あ?何だそれ」

「…芝居の台詞だ」

絶対に勝つことのない、賭けだ。

「言葉の意味、わかるか?」

「知るかよそんなん」

「……そうだよな」

ああ……そうだ。これでいいんだ。
俺の、負け。


絶対に勝つことのない賭け。そうわかっていた筈なのに。
この期に及んで俺はまだ決心がついていなかったんだろう。

けれど、もう決心はついた。
サイファー…。

ぐいっと一息にコーヒーを飲み干す。
あんたがせっかく淹れてくれたものだから、残したくない。

そうして、俺はサイファーのカップの前にまだ温かいそれを置いて立ち上がった。

「……もう行く」

「あ?…ああ。また明日な」

サイファーは俺の方も見ずに無感情な声を上げる。

…サイファー。

やけに重たい指揮官室の扉を抜けて、俺は振り返った。
……せめてもう一目でも、と。

「サイファー。……じゃあな」

俺の声に、サイファーは向こうを向いたままひらひらと右手を振ってみせた。



指揮官室に残して来たのは
「ありがとう」「すまない」それだけの言葉を鹿爪らしく書いた文章と、
次の指揮官をサイファーに任命することを書いた手紙。














満月だった。

ガンブレードケースとほんの小さな鞄だけを持って、俺はガーデンを抜け出した。
息を吐くと空気が白く濁る。
敷地から出て草原に足を踏み入れ、そこで指揮官室の戸口と同じように俺は振り返った。

ここも、きっと二度と訪れることはないだろう。


「……じゃあな」


本当に"また明日"だったらよかったのにな。

俺は、あんたの世界からいなくなる。
これであんたに気持ちを伝えるチャンスを永遠に失うけれど。
何も伝えず姿を消すことで、俺はあんたを思い続けることができる。
第三者から見ればこの上なく馬鹿なことだとしても。


俺はあんたの世界から……逃げるんだ。










「……サイファー」








サイファー。
サイファー。
サイファー。
サイファー。





俺の、唯一愛する男へ。

涙もなく、笑顔もなく、
俺はこうして愛を示そう。











……サイファー。






















「さよなら」

























































2001.10.26

「朝日」のスコール出奔バージョンです。
思いついたので書いてみました。(そして難産)
この作品を一言で言うと「マルチエンディングゲームでのバッドエンド」
この選択以外のどれをとってもちゃんと幸せな二人になれるのですが、今回はこの道で。





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