七月の、始め。
毎年、この時期に一本の電話がかかって来る。














風の伝















去年は涼しかった。涼しいと言うより、雨が多かった。
比較的過ごしやすい環境で、昼間に電話を取った記憶がある。


今年の電話は、死ぬほど蒸し暑い、ぬるい風の吹く夜にかかって来た。

サイファーからの電話だ。




「よう、生きてたか」


受話器を取った最初の一言は、いつもそれだ。
それに返す俺の台詞も、毎年同じ。


「あんたこそ」

「俺はピンピンしてるぜ〜何しろ超VIP待遇」

「バカな事言ってるなよ」


あの戦争が終わって、サイファーはすぐに見つかった。
自らガルバディアに出向いた男は、抵抗もなく捕まり、裁判にかけられた。
勿論、ガーデンは男の身柄を引き渡すように再三使者を送って、
大枚叩いて訴訟まで起こして。

結局、ガーデンは負けた。

それでも処刑だけは絶対に阻止させて。


サイファーには決して短くない懲役が科せられ、
収容所に入れられることになった。


「あー、とりあえずいつもの報告な。今年も模範囚でした。以上」

「了解した。…早く出て来いよ。皆待ってる」


それでも、秘密裏に処刑されてしまう可能性も充分に予想された。
それを防ぐために、収容所にサイファーを入れるに当たって、

『サイファーが生きている証拠として、一年に一度電話をさせること』

学園長が出した条件だ。

破ったなら、ガーデンはガルバディアに敵対も辞さないと。
エスタの後ろ盾があるからこそ出来た交渉だった。


「お前もってか?うへ、気味悪ぃ」

「…あんた一生そこにいろ」


その電話を受けるのは当時指揮官じみたことをやっていた俺の役割にいつの間にか決まっていた。

俺にとっては悪くない役割だったが、
あんな別れ方をしたサイファーと正直、何を話していいものか。


最初の2年は、義務的に報告を受けるだけだった。
3年目に、仲間から伝言を頼まれて初めて報告以外の事を喋った。
4年目はつい2時間も話し込んで、通話記録を聞いたキスティスに怒られ、
そして5年目から、自由に会話をするなら30分と決められた。


「勘弁してくれよ。ここの飯はもう食い飽きたぜ。お前の嫁さんの飯が食いたい」

「生憎、嫁はまだいないな。俺の飯を食え」

「げー、いい年した男同士がツラかち合わせて飯!マズ!」

「…サイファー」


あれからもう何年経ったのか。
…あと何年これを繰り返せばいいのか。

もしかしたらこのまま…もう会えないのではないか。
そう思うと、声が詰まる。


「サイファー、…俺は」

「お、もう時間だな」

「そう、だな…」

「じゃ」



短い一言で、俺との会話から逃げるようにサイファーは一方的に通話を切った。

あっけない。あまりにあっけない一年に一度の電話の終わりだ。
毎年そうだと言えば、そうなのだが。





「…くそ」



通話を終えた受話器を力任せに机に伏せると、ガン、とそれは壊れそうな音を立てた。
ついでに自分の頭もガン、と机に叩きつけてみる。当たり前だが、痛い。
ひやりと冷たい板面と皮膚が汗でベタついて気持ちも悪い。
首筋を汗が流れて襟ぐりに染みる、その湿った感触も気持ち悪い。

少し移動した冷たい場所に今度は頬を押しつけて
通話のボタンのランプが消えた電話を睨みつける。


…今年も言えなかった。


そう今更ながら実感して、溜息が零れた。


毎年毎年言おう言おうとは思うのだが、
いざとなったら言い出せない。
…意気地がない。

まあいい、どうせ来年もある。
そうは思うのだが、来年まで、俺か、サイファーか。それとも両方か。
死なないと決まった訳じゃない。
それを思うと、言わなくてはいけない。と一種強迫観念めいた衝動に駆られるが、
その反面もうこのままでもいいんじゃないかと言う気持ちも確かにある。

でも、もし。

もし来年が来る前に顔を合わせて、その時に俺に言う勇気があるのか、否か。
そうなったら、きっと否だ。

それが解っているから、電話のついでにでも言ってしまわなければ、
俺にはもう機会がない。



サイファーが開放されるまであと何年だったか。
そもそもサイファーが拘束されてからもう何年経ったのか。
待ちすぎてもう解らなくなって来る。


会ったらどうしたい、とか何かを言いたい、とか
始めのうちは考えていたが、もう忘れた。

いい加減待つのをやめようと思うこともある。
待つのをやめるように言われたこともある。

でも、


サイファーから何か言われた訳でもない。
まして俺から何か言った訳でもない。
俺の気持ちをあの男が知っている訳でもない。
実際に、この気持ちを伝えたいと本気で思っている訳でもない。









ただ、会いたい。


会えれば、それでいい。














だから多分死ぬまで、…死んでも。


俺はあいつを待っているだろう。























「…好きだ。バカ」












通話記録にも残らない独り言は

湿った風に流れて消えた。


















































2004.07.09


タイトルは「かぜのつて」と読みます。
「手紙などを送るべき僅かな機会。ちょっとしたついで」

…ということで七夕的サイスコでした。
書き上がってみるともう何が何やら…(いつものこと)(爆)

うっかり獄中ですみませんすみません。

ウチのサイスコっていつも長時間恋愛ですよね…
…じ、爺ってことでお許しを…
あと電話が恐ろしく多い。私自身電話は苦手なのに…何故。
それと大体が一方通行…。好きだからいい。自己完結。それじゃいけない…。
色々反省しました(涙)

この話のサイスコが一体いくつなのかはお客様にお任せしますよ!
北浦はオヤジが大スキー!
何だかもう謝るしか出来ないものに…すみませんでした!





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