「おい」

「…何だ」

「腹減った」

「何もないぞ」


















"宗教"


















まったくツイていない。
そう思って溜め息をついた。
ついでに窓から外の様子を窺う。
まだ敵が動く気配はない。




SeeD試験の実施でこの地に候補生共々降り立ったのは今から18時間前。
その試験の実施の情報をどこが漏らしたものか実施地で待ち伏せを受けたのも18時間前。
撤退しようにも周囲を囲まれてこっちは実戦経験のない候補生ばかりが自分の班とサイファー班で10名ずつ。
おまけに援護を要求しようにも妨害電波が発信されていると言う周到さで、

造りだけは頑丈なSeeD車輌に籠城し始めて早一晩が経過していた。


腹減った。と言うサイファーの気の抜けた声に何人かの候補生が顔を上げる。
数時間足らずの試験の予定だったから、食料の用意などない。
腹をすかせているのは全員そうである。
だが、そんな気遣いなんぞしないのがサイファー・アルマシーと言う男なのだ。


ふう、とまた溜め息をついて車輌内を見回した。
包囲された当初は混乱を極めた車輌内は今は見事に静まっている。
それはサイファーが「ガタガタ騒ぐんじゃねえ!」と怒鳴りつけた成果なのだが。



壁から身を離して中央に寄り添うように固まる20名は、
緊張と空腹とでぐったりとしている。
このままここにいて異変を感じたガーデンが援護を寄越すのを待ってもいいが、
最悪の場合を考えると自力で逃げ出すのが最善だった。
自力で逃げ出すのなら、空腹に全力で動けなくなる前に行動に移さなくてはならない。

そろそろ限界だ。


「サイファー」


呼びかけると、呼びかけられた男は床で胡座を組んだまま呼びかけた方を見上げて、にやりと笑う。


「やるか」

「ああ」


大儀そうに立ち上がった男の姿を見て、候補生たちが全員顔を上げた。


「全員起立」


号令に少々よろめきつつも、候補生は反射的に隊列と姿勢を正す。


「撤退するんだそうだ。よく聞けよ」

「まずは物資を均等に二つに分けろ。俺の班とサイファーの班とに別れて撤退する」

「えっ!?」


突然の命令の声に、候補生が戸惑ったようにざわめいた。

この集団の中で戦闘力があるのは自分とサイファーだけと言っていい。
それならば当然二人が1つの集団をつれて逃げた方が確実だと感じられるのはもっともなことだ。


「命令だ。弾薬と火薬は邪魔だから置いて行く。持つのは回復アイテムのみだ」

「けど…!班長!」

「やめとけ。口答えしてもコイツは聞かねえぞ。大体アレだ、コイツが班分けてえのって責任問題だぜ?」

「サイファー」

「いっしょくたに行動してどっちにも損害が出るより自分の班だけ損害が出る方が責任は軽いもんなあ?スコール班長?」

「…ふん。あんただってそのつもりだろ」

「当たり前だ」

「あんたたち…なんつう班長ですか…」


そう言って笑い交わす2人の男に、異を唱えようとした候補生は肩を落とす。
危機感の欠片もない班長達に、他の候補生の間からも気の抜けたような笑い声が起こる。









状況は最悪だが、無駄な気負いを取り除くことは出来た。








「サイファー班は西側斜面。俺たちは森に行くぞ。無線使用可能地域に出次第ガーデンに連絡」

「了解」

「最低でも一時間以内に使用可能地域に出るはずだ。俺とサイファーは候補生を撤退させた後、ここに集合」

「おいおい2人で集合かよ」

「殲滅するぞ」

「了ー解」



















あとは運に任せて行動に移すしかなさそうだ。











































「班長!」

「伏せろ!」


前方を走る候補生が怯えきった形相で叫んだ。
散弾を撃ちこんで来る方向に向けて魔法を放つ。


撤退を始めてかなり経った。
案の定森には伏兵が多かったが、視界の悪さは双方共だ。
そうなれば戦場での一日の長が物を言う。
こちらの人数に変わりはなかった。


「休むな!遅れるな!!」


背後の茂みに火をかけつつ、号令を飛ばして殿を走る。

そろそろ森を抜ける。
そうなればあとは自分は戻るだけだ。

サイファー班はどうなっただろうか。

いくら班を二つに分けたとは言え、敵の数も予測できない。
まさか二つに分かれて出てくるだろうとは思っていないであろう裏をかいてみたのだが、
それが効果を発しているだろうか。


「班長!」

「何だ!」


先程からサポートしている生徒の悲鳴に怒鳴り返した瞬間、
すさまじい轟音と爆音が響き、地面が揺れた。
振り仰ぐと大量の黒煙が立ち上っている。
西側斜面の方向だった。

やられたのか。


「あっち、サイファー班長の」

「無駄口を叩いてる暇があったら走れ!」


やられたにしろやられなかったにしろ、あの場所には戻らなくてはならない。
それはサイファーも同じだ。

足を止めた候補生の背中を遠慮無しに突き飛ばして走り出す。


切れそうになる息を抑えながら前方を見ると、木々の切れ目が目に入った。

森を抜ける。


すでに殆どの候補生が森から脱出し、点在する岩陰に身を潜めていた。
あとは、前を走る一人だけだ。










そう思ったから、気が抜けた。










「班長!横…!」

「っ!」


前から響いた悲鳴が耳に届いたが遅かった。
まともになぎ払われて真横に吹っ飛ぶ。


ごつ、と鈍い感覚が走る。
捻ったらしい右足の痛みを無視して起きあがるととんでもないものが目の前に立ち塞がっていた。


「は…、ご大層なことだ」


木々を薙ぎ倒して自ら道を確保してきたらしいそれは、先程まで籠城していたガーデン車輌ほどもあろうかと言う黒いモンスターだった。
正確にはモンスターではなく、モンスターを模した機械。
まだ実験段階らしいそれは目はよくないらしく、
突如として消えた獲物を探して感情のない無数のレンズをあちこちに向けている。
これ幸いと茂みに身を隠した。


わざわざこんなものを持ち出してまで殺しに来るのかと失笑してしまう。


「だ、大丈夫ですか!?」

「ああ…お前は?」

「あ、足を」


震える声に候補生の足に目をやると見事に明後日の方向に曲がっている。


「折れてるな…。いいか、あいつは俺が引き受けるからお前は」

「は、班長…」


折れた足に応急処置で回復魔法をかけてやっていると候補生が酷く怯えた声を出した。


「班長こそ…腕…」


真っ青な顔で震えるその生徒の顔を平手で打つ。


「人のことより自分が如何に逃げるかを考えろ」


実は先ほどから左腕の感覚がなかったが、恐らく酷く折ったか何かしたのだろう。
腕の一本ぐらいなくても、支障はない。


「いいか、あいつは俺が引き受けるからお前はあの岩まで走れ」

「でも…っ、足が…!」

「引き摺ってでも行け。足の一本ぐらいなくたって死にやしない」

「はい…ッ!」

「森を抜けたらお前が班長だ。ガーデンに連絡しろ」


言い捨てて、茂みから飛び出す。
後ろで泣き声のような叫び声が聞こえた。


「班長…!!」

「振り向くな!!行け!!」


ガサガサッと草むらを掻き分ける音と、酷く乱れた足音を聞いて、
目の前の機械に目を向ける。


「…さて、戻るか」


西側斜面の爆発のことを考える。

サイファーはきっと死んでいない。
そんなにヤワには出来ていない。サイファーも、自分も。

微かに頬を歪ませると、
使用可能な最後のG.F.を召喚すべく精神を集中させた。











































行きより多少の時間をかけて集合地点に戻ると、
ガーデン車輌は見事、ひっくり返されて腹を見せていた。
恐らく撤退を見た敵方が某かを撃ち込んで来たのだろう。

その、既に鉄屑と化した車輌に背を預けて座り込んでいるサイファーを見つけた。


こちらに気づいて片手を上げるサイファーの腹の辺りが真っ赤に染まっている。


「遅ぇぞ」

「悪い。…じゃ、日が沈むまで自由行動」


そう言って隣に座り込むと、肩を笑わせたサイファーがごつんと頭を殴って来た。


「…何か、見事にお互い満身創痍だな」

「うわ、お前腕ねえー…」

「あ?ああ、途中でちぎって来た。走るのに邪魔だったから」


右手でガンブレードを振るふりをして言いながら、アレが余計に悪かったかと思う。
先程から寒くて仕方がない。


「ハードだなー、森越え」

「あんたは…内臓はみ出てないか?」

「散弾三発喰らった」

「………うわー」


改めて見ると、
サイファーの白いコートはそこだけ真っ赤に染まっていて、
中身はと言うともう、よく解らない有様だ。


「でも西側斜面、先に殲滅して来たぜ?」

「あの爆発」

「おう」

「あんたは…!火薬は置いてけって言っただろ!」

「うっせーな、ちっとだけだよ」


逃がしちまって暇だったんだよ、と
サイファーは悪びれる素振りも見せず片眉を上げてみせる。

勿論そんなことは嘘である。
この男は最初からそのつもりだったに違いない。


「痛いか?」


珍しく穏やかな仕草で先のない左肩にサイファーが触れて来る。
痛みなど、最初からなかった。


「いや、全然」

「あ、そう…」

「あんたは?」

「俺も全然」

「あーあ…」


確認し合って、顔を見合わせて笑うしかなかった。
笑って、そこでお互い完全に諦める。



とっくに、身体の方は生きることを諦めてはいたのだが。



脱力するようにして隣の男の肩に頭を預ける。

寒かった。

いつも体温の高い男の身体なのに、あまり暖かくは感じない。


「どうした?」


ぶるりと身体を震わせたのに気づいたのか、サイファーが血のこびりついた手袋で頭を撫でて来る。
血が付く、と拒否しようと思ったが、既に血塗れだったことに思い至ると別にどうでもよくなった。


「…寒いんだよ」

「そりゃお前、血がねえんだろ」

「やっぱりそう思うか?」

「当たり前だお前。てめえの来た道見てみろ。小鳥がついて来そうな勢いでタレ流してんぞ」


男が指さす方に目をむけると、なるほど草むらが帯状にどす黒くなっている。


「…そりゃ寒い…」

「お、そうだスコール手袋外せ」

「何だ?」

「あっためてやるよ」


にやにや、と笑いながら腕をとるサイファーに嫌な予感がした。
わざわざ暖めるなんてそんな親切なことをする男ではない。

案の定、サイファーはスコールの手袋を剥ぎ取ってその手を腹部に引き寄せる。


「…やめろ!変なモン触らすな!」

「いーじゃねえか。お前知らないのか?中身が一番あったかいんだぜ」

「知るか!!」


嬉々とした男のしようとしていることに仰天して抵抗したが遅かった。

ない左手でそれを阻止しようとして失敗して、
ぐい、と引かれて生温い物体の中に手が沈む。
触れてしまった素手が熱いほどの体温を感じた。

濡れた、凄まじく生々しい音がした。


「どうだ?」

「………………最悪」

「うわ、酷ぇ」

「臓物触って喜ぶ人間がいるか!放せ!」


解放された手を取り返して見ると、見事血に染まっていた。
それを見て顔を顰めるとおざなりに地面の草で拭って、手袋を填める。

腹立ち紛れにガツッ、とサイファーの頭を殴ると同じ強さで殴り返された。


「痛っ!左腕ないんだから優しくしろ」

「俺だって腹に一杯喰らってんだから優しくしろ」


減らず口を叩き合っていると、
また発作的に身体が震える。
しかし、不思議と悪寒などはしないんだな、と他人事のように思った。


「お前ー、止血とかしろよな」

「一応してる」

「どれ、見せてみろ。……ってお前、腕よりこっちの方が出血酷いだろ」


サイファーが指したのは、左胸の脇だった。
初めは気づかなかったが、恐らく最初の一撃を受けた時に折れた腕の骨が刺さったのではないかと思われる。
上手いこと肋骨の間に刺さったその骨に、一瞬笑わずにはいられなかったものだ。


「…あんたは隠し怪我ないのか?」

「はい、班長殿。真横で手榴弾が爆発したため実は右耳が聞こえません!」


SeeD式の敬礼をしながらおどけて言うサイファーの頭を殴ろうとして、
またない左腕を突き出してしまい、2人同時に吹き出した。


「はは…っ、馬鹿、笑わすな、力んだら血が…、はは…」

「く…お前こそ笑わすなっつーの…っ、ミが出ちまうだろ…っ」



2人で一頻り肩を震わせお互いの肩を叩き合って、笑いが収まるまでしばらくかかった。
ふー、と息を抜き互いに体重を掛け合う体勢に落ち着いて、ぼんやりと暮れ始めた空を見上げる。




「何かよー、今こうやってこんな状態になってみると思えることもあるよな」

「ん?」

「今日までダラダラバトルして来たこととか」

「ふうん」

「ふうんって。お前は考えないか?」

「そうだな……。うん。何か、ガーデンって宗教みたいだな、とは思うな」

「宗教?」


訝しげに身じろぐサイファーの肩に耳を押しつけたまま、
空で言えるようになってしまったSeeDの規律を読み上げる。


「『屠った敵に敬意を忘れるなかれ』

 『不愉快でも目を逸らすなかれ』

 『血と憎しみに酔うなかれ』

 『振り返るなかれ』」

「『何故と問うなかれ』?」


サイファーの言った最も有名な決まりにそうそう、それも。と笑って同意する。


「宗教臭くて嫌な感じだ」

「そういや、そうかもな。ガーデン教。SeeD教でもいいか」

「んじゃ、俺たちは生け贄だな」

「まったくだ」



そう言ってまた2人で無言のうちに笑った。
いい加減寒さも限度を超えようとしている。


残った右手でガンブレードを握ってみた。

まだ手に震えは来ていないが、体温がおかしい。
末端は切れそうなほど寒いのに、胸元と喉元だけが熱い。



ふと目をやると自分たちの座っている草地はすっかり血溜まりになっていた。

このままでは日が沈むよりも自分に限界が来る方が早そうだ。


「サイファー」

「スコール」


もう行かないか、と呼びかけようとした声をサイファーが遮った。


「…何だ」

「腹減った」


巫山戯たことを言いながら、サイファーが鼻先を頬に擦りつけて来る。
血の臭いの充満する中での獣じみたスキンシップに、思いも寄らない衝動が沸き上がって来た。


「…これで我慢しろ」




衝動に身を任せたまま、男の唇に口づける。

触れた唇から、熱いほどの体温を感じた。


サイファーは一瞬驚いたらしく身じろいだが、すぐに右手で頭を引き寄せられる。
その腕が痙攣するように震えていることに気づいて、少し泣きたくなった。


無理に身を捩った所為か、左肩から溢れた血液がボタボタと地を打つ。
その音を聞いたのか、サイファーの腕の力が少し強くなった。





きっと、自分のことは諦められてもこの相手のことだけは諦めきれない。
けれど、もうどうしようもないのだと。





左腕のない自分と、もう先程からずっと傷を抑えたままのサイファー。

唯一自由な腕でお互いの頭をかき抱いて、血の味のする互いの口腔を味わった。












「…鉄味キス」

「最悪」


解放されての第一声にくくっ、と力なく笑って、
今日はやけに笑っているな、と自覚する。



精神の方も、諦めようとしているようだ。



軽く息を吐きながら背もたれにしている車輌を見上げた。


「中身は」

「おー、作戦通り。奴さん達持ち帰ってくれたぜ」

「…じゃあ、殲滅開始だな」

「おう。お前、魔法は?」

「アルテマ2発。あとケアルが3発」

「俺はフレア1発だ」

「…それだけあれば充分だ」


持ち帰られた火薬、弾薬に火をつけるなら、
それだけの魔法があれば充分だ。

ついでに、骨も残らない高温が欲しかった。



「さて、泣いて負けを認めに行くか」

「うっわ、冗談」


支え合って立ち上がり、サイファーの傷口に最後のケアルをかける。


「おいおい…全部俺にやらなくてもいいだろ」

「内臓出るだろ」

「あー、そりゃそうだ」


恐る恐る左手を外すのを見て、ガンブレードを手渡した。
サイファーは受け取ったそれを辛うじて持ち上げて肩に担ぎ上げると
そのままぶん、と振り下ろして凶暴な目でにやりと笑う。


いつもと変わらないそんなサイファーの様子に
冷え切った身体の中で戦闘に対する興奮が昂ぶるを感じ取る。







そんなにヤワには出来ていないのだ。
自分も、サイファーも。

諦めたが、進める限り前に進める。


そう育って来たのだから。







「んじゃまあ、覚悟はいいか?スコール。ずっコケんじゃねえぞ」

「あんたこそな」


顔を見合わせて精一杯無意味な虚勢を張って睨み合うように笑い合う。
その顔を忘れないようにしようと思った。


恐らくすぐに覚えている必要などなくなるのだろうが、

この男と死ぬなら、それも悪くない。





「行くぞ!」





ガン、とガンブレードをぶつけ合って、










身を隠していた鉄屑の陰から飛び出した。












































自分たちはガーデンを崇め逝く殉教者のようだ。







結果的に自分たちが犠牲になっても
この世から戦いがなくなる訳でもなし、
世界平和が訪れる訳でもなし、


恋人が生きて行ける訳でもないが、









幾度も同じことを繰り返し続けて。












































そうやってそんな世界でも、


続いて往く。
































































2003.06.29

はい!
どうもすみませんでした!!(先に謝るしかない)

いや…肉期が来てまして…肉期が来ると刃傷血塗れが書きたくなるのですよ…!
どうにも脳内で出来上がってしまったので書き上げるしかなく…!

いやー、何はともあれこんなん書いてすんませんした!
でも書いてる本人とっても楽しかったです!(爆)

ちなみに文中に使われている
「腹減った」「何もない」
の下りはよく学友間で交わされる会話から(笑)





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