誕生日の朝、もういない人間から手紙が届いた。 スワン・ソング スコールが死んだ。 俺はスコールが好きだった。 きっかけとかそんなものはなかったと思う。 ただなんとなく好きだなあと思ったらその感情にひどく納得してしまった。 今までは女オンリーで付き合ってきたのにここに来ていきなりスコールかよと思ったりもしたが、 否定しても、頭をひねって考えても好きだった。 男同士はどうなんだ?とか俺にしては珍しく遠慮したりして、 だいぶ長いこと悩んで、結局言った。 スコールが1週間くらいの任務に出かけるその前日に、 部屋に押しかけて、有無を言わさずいきなり羽交い締めにするみたいに抱きしめて、キスして、 それから好きだと言ってやった。 順番を間違っていることは自覚していた。 だが、どうせフラれるなら一度くらいはやっておきたかったのだ。 だから、好きだと言ったその次に、忘れろ、と言った。 スコールは珍しく顔を真っ赤にして硬直した。 そしてふざけるなと怒鳴って、それから10分くらい床を睨んでから、ぼそぼそと言った。 曰く、 「いきなりそんなことを言われても困る」 「俺もあんたのことは嫌いじゃないが、そういう目で見たことはない」 「ちゃんとじっくり考えたいから、任務から帰るまで待ってくれ」 まさかスコールからそんな肯定的な返事をもらえるとは思ってもいなかったから、 俺も馬鹿みたいに無言でぶんぶん頷いて、それからスコールの髪をくしゃくしゃと撫でた。 始めて触ったスコールの髪は、思っていたよりも柔らかくて気持ちよかった。 次の日、俺はスコールがガーデンを出るのを見送った。 見送ると言っても手を振ったりとか、抱擁したりとか、握手をしたりとかそういうことじゃなく、 ただ校門前に陣取って出発前の点呼と説明なんかを黙って見ていただけだ。 いつもは絶対にそんなことはしないから、スコールは勿論驚いたし、同行メンバーも驚いていたし、キスティスやシュウまで驚いていた。 好きだとは言えスコールがいつ任務に出るのさえ知らなかったし、興味がなかったのだから仕方がない。 ただ何となくその日は見送りたかったのだ。 何だか照れくさそうな、虫の居所が悪いような妙な表情をするスコールがガーデン車輌に乗り込んで、 車輌がバラムの草原の向こうに消えるまで俺は眠気を押してずっとそこに突っ立っていた。 1週間後、予定通りスコールは帰ってきた。 帰ってきたが、生きてはいなかった。 死因は、出血多量。 脇腹に刺されたナイフの傷が原因だったらしい。 スコールの就いていた任務は某国の機密書類を別の土地まで配達する。 そんな至って簡単な任務のはずだった。 だが、同行していた2人のSeeDが裏切った。 金を握らされていたのか脅されていたのかわからないが、そんなことは関係ない。 SeeD2人はスコールに食事に行こうと誘いをかけて滞在していたホテルから連れ出したらしい。 書類はスコールが肌身離さず持っていたから。 そして、人気のない場所でスコールを背後からナイフで刺した。 だが、スコールは身を捩ったか反撃しようとしたか、 ナイフは背中に刺さらず脇腹に刺さった。 そのときスコールは、一体どんな顔をしていたんだろう? 書類を奪ったSeeD共は、スコールに止めもささずに逃げ出した。 怪我の手当もせず、スコールはそれを追った。 機密事項を漏洩されて任務が失敗するのが嫌だったのか、 任務に失敗してガーデンの名に傷が付くのが嫌だったのか、 まんまと出し抜かれた自分の名に傷が付くのが嫌だったのか、 背後から突然刺されてその裏切り行為に逆上したのか、 自分の脇腹に刺さったナイフを引き抜いて、逃げる2人を追った。 すぐに追いついた1人目を背後から刺し貫いた。 1人目の死体を探したが、書類は見つからなかった。 2人目は足が速かった。 ボタボタと垂れ落ちる血の量が多すぎてめまいがして、足もうまく動かない。 早く走れなかったが、気配を追い続けた。 だだっ広い街の複雑な路地裏を追って、追って、 もう誰もが存在を忘れてしまっているような閑散とした袋小路で、2人目の顔面に斬りつけた。 そしてその骸から血にまみれた機密書類を探り出して、その場で燃やした。 そこで、息絶えた。 自分を殺した奴を自分で殺して、後始末まで完璧に。 あんな虫も殺さないような顔しておいて、まったく物騒な奴だ。 でも、そうじゃなきゃスコールじゃない。 そんなお前だから俺は好きになったんだ。 保健室に横たえられたスコールの顔は相変わらず綺麗で、そして真っ白だった。 季節はもう冬。 寒風吹きすさぶ路地で、薄着のまま、体中の血液がなくなるなんて、 よっぽど寒かっただろうなとそんなことを思って、カドワキに毛布を持ってこいと言ったらそうだね、と呟いて分厚い羽毛布団を持ってきたもんだから少し笑えた。 ふわふわと心許ない重さの布団で、スコールの体を包んで心の中で問いかける。 裏切られて悲しかったか? 気づかなかった自分が悔しかったか? 何よりも、腹が立ったか? どんなことを思いながら死んだのか? けれど、俺はスコールじゃないから解らない。 不思議と混乱するとか、スコールの死が信じられないとか、そういうことはなかった。 だが、スコールを囲んで泣いている女共や、憔悴している教師達を見て、 ぶっ殺してやる、と淡々と思った。 スコールを殺した野郎はもう死んでいるのに。 それでも、殺してやると思った。スコールの埋葬が終わるまで、終わっても、何度も何度も思った。 スコールがいなくなって、他の奴らの沈痛な面持ちにも見飽きてきた頃、 からっぽのスコールの部屋に新しく入る新人SeeDを見て、ふと もっと早く言っておけば返事をもらえただろうか、 もしOKだったらもっと一緒にいられただろうか、 一緒にいればあいつのフォローが出来ただろうか、 一緒にいればあいつは死なずにすんだだろうか、 埒も明かないことをつらつらと考えて、 最後に、ああ逃げられちまったなあ、と思った。 そして、俺の誕生日の今日、 もういない人間から手紙が届いた。 目覚ましに叩き起こされていつものようにシャワーを浴びて、着替えて、 部屋を出たところでドアの前に設置してあるメールボックスに白い封筒が入っているのが見えた。 手紙なんてパソコンや携帯が発達した今では珍しい。 ほとんどがメールや電話で済んでしまうから、手紙なんてレトロな手段を使っているのは よっぽどの物好きか古いダイレクトメールくらいだ。 まして血縁のいない俺になんてほとんどありえない。 珍しく思って手に取ると、わずかな重みと封筒の端のふくらみに、何か入っているのがわかる。 素っ気ない真っ白な封筒に丸っこい字で書かれたガーデンの住所と俺の名前。 1222という走り書き。 どこの物好きだと封筒を裏返すと、住所もなく署名がごく小さく、 スコール・レオンハートと。 差出人は、スコールだった。 思わず封筒の上部を引き破った。 死人からの手紙。 本当にスコールからならあの任務の重要なことが書かれているかもしれない。 本来ならガーデンにすぐ提出すべきだったが、そんなことは関係ない。 そもそも本当にスコールからなのかも解らない。 だが、そんな疑念は手紙を開いて便せんの一番上、欄外に走り書きのように書かれた 『読んだら燃やせ』 の文字を見た瞬間に吹っ飛んだ。 これは本当にあのスコールからの手紙なのだと。 手紙の書き出しは至って普通だ。 むしろ普通の手紙よりも素っ気ない、というか事務的で、書類を読んでいるようだ。 馬鹿らしい時節の挨拶から始まって、俺は元気だ、とか訳のわからないことを書いているのを見て思わずぶほっと吹き出してしまった。 スコールも個人的な手紙なんてのは初めて書くらしく、 わからない、わからない、とやけに言い訳が書き連ねてある。 そしてその挨拶文の後の一文は、こうだった。 『誕生日おめでとう、サイファー』 つい、ぽかんとしてしまった。 まさかスコールからそんな言葉をもらうなんて思ってもいなかったから。 その後には、俺のした突然の告白に対する文句と、ちょっとした嫌がらせ。 そしてその中の一文が不自然に途切れているのを見た時、ああ、と気がついた。 死人から手紙が届いた訳。 スコールが路地で発見されたのは死んだ日の次の晩だと言っていたから、 その間に勝手にチェックアウトしたと思ったホテル側が部屋に掃除に入って、 この封筒を見つけたに違いない。 そしてご丁寧に封筒に書いてあった12月22日に俺に届くように取り計らったんだろう。 まったく親切なことだ。 きっとスコールはここを封筒に入れる前に、最後に書こうと思っていたんだろう。 そしてそれを書く前に奴らが部屋に来た。 慌てて封筒に入れて隠して、それを机の上にでも放置して外へ出たんだろう。 そして、死んだ。 たぶん俺の予想は間違っていない。 スコールの思考回路なんてわかりすぎるくらいわかるのだ。 それでも、そこまでわかっていても、 便せん1枚に綴られたスコールのパソコンの活字でもないサイン以外の肉筆を見たのはこれが初めてだった。 丸みを帯びた、やけに可愛らしい文字。 全然似合わない。イメージに合わない。 こんなかわいい字を書くなんて、俺は全然知らなかった。 バトルの癖や、イライラしてる時の仕草や、好きだった煙草の銘柄は知っているのに。 俺はスコールの文字を知らなかった。 何だかその事実がやけに胸に痛かった。 スコールが死んでも悲壮感や絶望感はなかったのに、今になってダメージがきつい。 途切れた一文の後ろを指で撫でて、苦く笑う。 やっぱり、もっと早く告白しておくべきだった。 そうしたら、スコールがどんな文字を書くのかだって知っていたかもしれない。 今日こんな思いをせずに済んだのかもしれない。 もっとたくさんキスしたりとかだってできたはずだ。 ホテルの備品らしいロゴの入った便せんを片手に封筒をひっくり返すと、ころりと固いものが転がり出てくる。 手のひらに落ちたのは、どこを探しても出てこなかった、スコールがいつも身につけていたはずの指輪だった。 手のひらで鈍く光をはじく指輪をじっと見ていると、笑いがこみ上げてきた。 スコールがどんな意図をもってこれを封筒に入れたのかはわからない。 これを返しに俺に会いに来い、という意味なのかもしれない。 それとも本当にサイズも合わない俺にくれたのかもしれない。 スコールの文字を知らなかったように、俺にはスコールの考えはわからない。 俺はスコールのことを何も知らない。 それでもやっぱり好きだった。 便せんを丁寧に畳んで封筒に戻してテーブルに置き、 食べに行くはずだった朝食をあきらめて、 銀色の小さな輪にキスをする。 今年の誕生日、 恋人はいなくて、 好きだったヤツは死んで、 皆どんより落ち込んでばかりで、 スコールの分の任務が回ってきて俺は多忙すぎるくらい多忙で、 誰もプレゼントなんてくれなさそうで、 そもそも俺の誕生日を誰も思い出さなそうで、 俺もそれならそれでいいかとか諦めてて、 俺は好きな奴を守れなくて、 それどころか何も知らなかったことを思い知らされて、 1枚の手紙に泣きそうになって、 今まで生きてきた中で一番最悪の誕生日だ。 それでも、 血まみれになって俺から逃げていったスコールが、 真っ白い封筒と1枚の便せんとそれに乗ったインクと、銀色の小さな輪になって帰ってきた。 俺にはそれだけで充分だ。 『誕生日おめでとう、サイファー』 「ありがとう」 |
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2007.12.21 スワン・ソング。『遺書』 |