気がついたら、真っ白な空間の真ん中にぽつんと一人、立っていた。

暖かくも、寒くもない。
振り仰ぐと、そこもまた、真っ白だった。

真っ白な空の中心から、真っ白いものが舞い落ちて来る。
音もなくふりしきるそれは、真っ白い地面に同化し、降り積もった。


ふと自分を見ると、いつもと変わりない黒のジャケット姿だった。
それが妙に落ち着かなく感じる。
この白い空間に、自分は同化しない、異分子だ。

何故かそんなことを考えた。





「雪と珈琲」






兎に角このまま立っているのも無意味だと思い、歩き出す。
妙にふわふわとした地面は、一歩踏み出す度、ぎしりと軋んだ。

当てもないまま、歩を進める。

その間にも上空から舞い落ちる白いものは、
ジャケットの肩に当たりパチパチと音を立てて、弾けた。
ふと顔を上げて、ふわりと空を舞うそれを、捕まえる。
特に何か思った訳でもない。
ただ、この空間といとも簡単に同化できるそれが、羨ましかったのかも知れない。
大きさの割に重みがなく、掴み所もない落下物は、
掌の上でたちまち小さな水溜まりになった。

それは、雪だった。

音もなく掌に落ちては水になるそれを眺めているうちに、
これが夢だと言うことに気が付く。

その証拠に、頬に当たるさらさらとした感触のそれは、
ちっとも冷たさを感じさせない。

果てしない伽藍の底に、しんしんと降り積もる雪。
おかしな夢もあるものだと、そのまま歩を進めて行くと、
ひどく見知った人間が横たわっているのが見えた。

ギシギシと足元の雪を踏みしめながら、そこまで進む。


近くで見ても、やはりそれは見知った人間だった。
半ば雪に埋もれて地面と同化しているコートに、見慣れた赤い十字。
金色の頭と、長い手足を伸ばして白い地面に身を任せている。
何をこんなところで寝こけているものか。


訝しみながら、傍らに立って、見下ろす。
人に見下されるのが何より嫌いな男は、それでも目を覚まさない。

ぐるりを見回すと、見えないくらいの彼方から、
点々とまだ雪に隠れることなく赤い足跡が足元の男の元まで続いていた。


それを見て、一見ただ眠っているように見える男が、
その実、死んでいるのだと言うことに気付いた。


さあ、と風が吹いた。足元の雪がふわりと舞い上がり、一瞬でそれは凪いだ。

緩緩とその場に腰を落とし、間近からその顔を覗き込む。
吐息が触れる程の近くで見ても、
まるで眠るかのように目を閉じたその顔から生を見出すことは出来ない。

この場に同化できない自分と違って、男は自然にこの場と同化していた。

そっと、髪に触れてみる。
半分ほど雪に埋もれた髪は、それでもまだ凍ってはいなかった。

どのくらいそうしていただろうか。
ぽつぽつと見えていた赤い足跡も、雪に埋められて消えていた。

生きて体温のある自分と違って、死んでいる男には体温がないから、
さらさらと勢いを緩めることなく降り続ける雪に、簡単に埋もれてしまう。
それを無性に不安に思い、男の顔に薄く積もった雪を払う。
何度も、飽かず雪を払い除け続ける。

その度に高い鼻が手に当たって、自然、手つきも慎重になる。
乱暴にすれば壊れると言う訳でもないのに、
割れ物を扱う時の様な気分になった。
ゆっくりとその顔の造作をなぞる。
金髪の生え際から額、眉、閉じられた金色の睫、滑らかな頬、顎を伝って、
太い首に辿り着く。

そう言えば、この男のこんな顔をじっと見るのは初めてかも知れない。
いつもは無駄に気力溢れる表情をしているから、そうは思わないが。
こうやってぴくりとも動かないでいれば、美しい彫像のようだ。
そして、それを見ているのは、今、この自分だけなのだ。

そうだ。あんたはずっとここで、このままでいればいい。

そう思いふと笑って、ゆるりと身を屈める。





























「────冷たい…」





















気がついたら、だだっ広いベッドの真ん中に、一人で埋もれていた。





羽毛布団で覆われている部分は暖かいが、露出している部分は冷えている。
もそりと寝返りを打つと、遮光カーテンの隙間から差し込む日光が、目を射た。
もう少しそのまま布団と同化していたかったが、
気配の騒がしい隣の部屋が気になって落ち着けない。

まだ夢の残滓を引きずったまま、
自分の体温で温もったベッドから、身を起こす。


「お、起きたか?」


ドアを開けると、夢の中で美しかった男は、
コーヒーを零したらしいカーペットを必死で隠匿しようとしていた。
起きるなり、これだ。

どうやらドタドタあちらこちらと忙しなく行き来する男の足音に、
眠りを妨げられたらしい。

夢の中とは、全く以て別人だ。
少しばかり落胆する。


「それは、拭いてもしょうがないからクリーニング」


寝起きの不機嫌な声でぴしりと言ってやると、男は途端にしゅんとした顔をした。
その顔に、くすりと笑いが漏れる。
しゃがみ込み、カーペットを畳む男の傍らに屈み込んで、
ゆるりとその首に腕を回す。





















「────暖かい」

「あ?」

「何でもない。…おはよう、サイファー」

「おはようスコール」












コーヒー味のキスと、熱い手と、嬉しそうに向けられる大雑把な笑顔。

やっぱり、こっちの方がずっといい。









真っ白い世界は、ミルクと一緒に熱いコーヒーに同化して、消えた。





















2004.12.04

















maxim様主催のサイスコイベントに参加させて頂いたものでした。
テーマは雪…と言うことで…はい。

…と、言いますか、多くの参加者の方がサイ誕やクリスマスを祝ってらっしゃる中、
あくまで俺ロードを突っ走りすぎて季節感すらないような代物に…!
ひいいいい本当にすみませんでした…!
でも、自分には逆らえませんでした…!こんちくしょーい!(何)

そして哀しみの一人コラボでございました。
やりながら(挿し絵描きながら)私なにやってるんだろう…と虚しくなったりならなかったり…。
まあ、滅多に描かないちゅーを描けたのでもういいです…(なげやりー!)

正式名称は「雪と墨」でしたが、後半に珈琲が出張って来たので改題。
黒いしいいかな…と。はい。





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