太陽が照っていた。

上空を吹いた風が僅かに枝を揺らし、

ひら、ひらと芳葩が視界を掠める。


例年より十日も早く開いた桜の蕾は

何をそんなに咲き急ぐのか分咲きを越して満開になり、

既に散り始めている。


「手、繋ぐか?」


地に落ちた芳葩を両手で掬っては風に流していた恋人が、

不意に振り返って差し出した手を、何も言わずに握った。








この男は、明日敵地へ赴く。

任務で。たった一人で。


成功率は極めて高く、

生還率は…極めて低い。



死にに行くようなものだ。

何度も止めた。

それでも


「死ぬ時はお前の見てねえ所でポックリ死ぬから安心しろ」


そう言って笑うだけで。

頑として譲らなかった。


















二人共黙したままで、桜木に歩み寄る。

笑顔で、愛する人間を

「捨て駒にしろ」

そう強要して、

手を引いて前を行く残酷な恋人の

白い外套のその背中を無性に抱き締めたくなった。

繋いだ手は、二人共革手袋を填めているけれど、暖かくて。

指や掌の感覚までありありと解るのに。


太陽が照って、

空気さえ眠るような心地良さと

穏やかすぎる空気が流れているのに。


この男は明日、死にに行く。


















「あー…気持ち良いな」


桜の根本の芝に寝転がって、伸びをする。

天を仰ぎ眼を閉じたその顔の上に

はらはらと芳葩が舞い降りる。


剛そうで意外と柔らかい頬の上に。

金色の睫の上に。

薄い唇の上に。

互いに付け合った傷の上にも。


「…雪みてぇ」


そう言って眼を開け、両手を桜に翳し、


「何でそんなに散り急ぐかねぇ?」


自嘲気味に笑う。


「俺みてぇだな」



この男は明日、死にに行く。

















もし、それが本当になっても

俺は

泣かないだろう。

悔やまないだろう。

忘れないだろう。


追弔の意は抱くだろうけれど


生き続けるだろう。






















この男が死にたがっている事など、最初から知っていた






















それでも、俺は

来年も再来年も

愛するこの男と

またこうして手を繋いで桜を見上げる事を

望まずには居られない。































それは至極当たり前の感情であるのだろうから。













































2002.03.24


Drawにある「桜」のイラストを描いた日に書いたものです。

我ながら暗めの話が続きすぎだと思ったのでお蔵入り…。

この述べる、サイト内のある述べると繋がっております。





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