「サイファー、別れよう」



とりあえず、今年もここから始まる。


















再々恋愛


















ぼんやりと机の上の書類を索引別に並べていると、
おもむろにツカツカと俺の机の前に歩み寄ってきたスコールがそんなことを言った。

それを聞いて、そういえば今日はこいつとの「付き合い始め記念日」だったなと思い出す。
すっかり忘れてた。
さすがに4年くらいまでは覚えていたが、5年も過ぎると日付なんて曖昧だ。
なのに何でコイツは自分の誕生日とかはロクに覚えてないクセに、こういう日は覚えてんだろうなあ。

そんなことを考えてぼんやりと目の前の相変わらずの革ジャケットの男を見上げていると、
スコールは以前とは違って俺に返事を促すような目をした。


「おー、いいぜ」


とりあえずそう返すと、スコールは満足したような顔をして俺の揃えた書類をかっさらって行った。
その後ろ姿を眺めながら、そういやあれから3年も経ったんだなーと懐かしく思う。

3年前、同じようにスコールにフラれたことがある。
まあそれはただ単にスコールの脳内迷宮の産物の嘘フリだったわけだが、
俺には何の前振りもなかったモンだから色々とあった。
まあ結局その後すぐ元に戻ったし、やっぱコイツ好きだなーとか再確認した訳だが。

だが、あの時俺は本当に腹が立ったし、何よりショックだった。

だから2日後、すすすとさりげなく食堂で寄ってきたスコールに


「好きだ、俺と付き合ってくれ」


と言われた時、


「やだね」


と、ちょっと仕返ししてみたくなったのも当然と言えなくもねえはずだ。

やだねと返した後、スコールはぽかんとした間抜けな顔で俺を見て、
それから聞き取れねえような小さい声で


「え…何で」


と聞いてきた。
だから、俺は前もって用意しておいた答えを返す。


「お前の告白、誠意がねーんだよ。もっと気の利いた口説き文句用意して出直してこい」


ちなみに、これはいつもちょっと思っていたことだ。
前回のやり直し告白の時も思ったが、いつもの無表情で淡々と好きだ、なんて言われて
信じろっつーのがまず無理な話だ。
いつもいつもこっちが好きだとか何とか言っても、最近のスコールはそうかとかおうとか、あまつさえ返事をしない時もある。
だから、ちょっとくらいスコールの狼狽えた顔が見てえとか、そういうことを言わせてえと思った訳だ。
あくまでちょっとした悪い冗談。
何か聞けたら万々歳で、怒りだしたら謝ればいい。


少し沈黙が続いた。
じっと床を睨み付けていたスコールは、キッと顔を上げると、


「…わかった」


それだけ言って食堂を出て行った。
てっきりスコールはガンブレードを持ち出してふざけるなと暴れ出すと思っていたもんだから、
そのあまりにあっさりした反応に肩すかしを食らった。
戦闘の予感に強ばっていた肩から力が抜ける。

…これからスコールの態度はどうなる?

3年前スコールに振られた俺は、そりゃもうヤケになった。
ヤケになってどこぞで暴れたり、一晩中酒かっくらったり、
仕事をサボりまくってその結果減給されたりもした。
とにかくスコールの顔を見たくなかった。
スコールに振られた現実からひたすら逃避した。

スコールもそう思うか?
何分スコールの脳内は計り知れない。
まあ、とりあえずは様子を見るしかない。

と思いつつ食べかけていたランチを片付け、午後の仕事に向かう。

ところが、俺の心配をよそにスコールは至って普通だった。
もちろん何だか恋人らしい行動は一切取らなかったが、
よそよそしくなることもなく俺に仕事を振り、
距離を取る訳でもなくメシを一緒に食って、
険悪になることもなくじゃーなと部屋の前で別れた。

こういう場合付き合う前の態度に戻るのが普通だろうし、
そもそも近づいたら苦しくなったりするもんじゃねえか?
スコールに「普通」を求めるのがいかん気もするが、そう思わずにいられねえ。

いやまあ、そもそも付き合う前にどんな態度で接してたかなんてもう記憶の彼方で覚えちゃいないが。


次の日の朝、いつも部屋まで迎えに来るスコールが来ねえことに気がつかなければ
俺の方から告白を断ったことなんてすっぽり忘れていたかもしれねえ。
そういえば振ったんだった、とか思いながら焼いてないしんなりした食パンをかじって執務室に向かう。

だが、部屋に来なかっただけでスコールの態度はまったくいつも通り。

顔を付き合わせて仕事して、休憩時間に茶ァ飲みながら雑談して、
一緒に昼飯食って、腹ごなしだと訓練施設に出向いて軽く手合わせして、
また部屋に戻って書類捌いて、休憩時間におやつもぐもぐやりながら雑談して、
終業したら一緒に晩飯食いに食堂行って、寮の入り口で別れる。

次の日もそれだった。
そのまた次の日もそれだった。

そのまま1週間過ぎた。

スコールの態度は変わらない。
そして、スコールからの告白は、まだない。

…もしかして実はずっと別れたくて、俺が断ったのをこれ幸いと別れたことになってんじゃねーの?と
いい加減不安になって来た頃、スコールが任務に出掛けた。

どこに行ったかは知らねえ。
いつもなら前日やらにどっちかの部屋に集まって下調べとかするが、今はお互いの部屋に出入りしてねえからさっぱりだ。

スコールがいないと、自然とスコールの分の仕事まで俺に回ってくる。
まったくいい迷惑だと休憩時間もそこそこにバタバタと書類に判を捺していると、スコールと一緒に出掛けた筈のSeeDが急に執務室に入ってきた。
おかしい。スコールの出掛けた任務は最低1週間だと聞いたのに、2日かそこらで帰ってくる訳がない。

どうした、と聞いてみると何でも現地でトラブルがあって、一部の人間がガーデンに送り返されて来たらしい。
誰が帰ったんだ?と聞くと、そいつは非常に言いにくそうに、強制送還されて来たのはスコールだ、と言った。


スコールは仕事大好き人間だ。
常軌を逸するぐらいの仕事狂だ。
指揮官という立場もあるが、バカみたいに責任感が強い。
それこそ、多少の怪我や体調不良なんかじゃおとなしく帰っちゃこねえだろう。
途中でほっぽるくらいなら死んだほうがマシだと常々言っているバカだ。
そのバカが強制送還。
それはつまり、更に常軌を逸する事態がスコールの身に起きたと言うことだ。

すっ転んで頭打って記憶喪失にでもなったか?
現地で未知のウィルスにでも感染したか?
モンスターにやられて意識不明か?
それとも…

最悪の事態が頭をよぎって、全身から血の気が引いた。
まだ何か報告している奴を無視して椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。
はずみで書類が床の上に散らばったが、そんなこと気にしてる場合じゃねえ。
机を飛び越えて、何かを喚いている慌てた声を背後に聞きながら部屋を飛び出した。

怪我や病気をした人間が運ばれる場所は例外なく保健室だ。

授業中だってことも忘れて全速力で廊下を駆け抜け、エレベーターホールへ向かう。
こんな時に限って、エレベーターは1階だ。畜生。
ダッシュの勢いそのまま、下へ降りますよーボタンを拳でぶっ叩く。
壊れそうな音がしたがボタンが割れようがヘコもうがそんなこたどうでもいい。
そこで、まださっきまで書類にペタペタ押しつけていたガーデンの印を持ったままだったことに気がついた。
本当は持ち出し禁な印なんだが、んなこた知るか。
結構でかいそのハンコをコートのポケットに突っ込んだ。
しかし…エレベーターが来ない。

エレベータ上の電光表示を見ると、籠はまだ1階にある。
一体何やってんだ遅えんだよ!!ふざけんな!
舌打ちして吹き抜けから1階を見ると、
年寄りの教員が何人か、えっちらおっちらと教材なんだか資料なんだかよく解らない箱をエレベーターに積んでいるのが見えた。

このまま待ってたらエレベーターが来るまで何分かかるかわかりゃしない。
しかし、2階から1階に降りるにはこのエレベーターしか道がない。

ガーデンの移動上の便の悪さに頭を掻きむしりたくなる。
こうしてここでグダグダしてる間にも、スコールがどうなってるかわからねえっつうのに。


「ふざけんなガーデン!!」


怒鳴って、飛び降りた。
2階の吹き抜けから、1階の廊下に飛び降りた。

ガーデンは構造上、1階と2階の間がとても広い。
そして、1階には何故か池がある。
しかも、1階は人通りが激しい。

だが、そんなこと気にしちゃいられねえ。
死にゃしねえ、とにかく1階だ。

池の上に落ちないようにできるだけ遠くへ。
足からの着地をすっぱり諦めて、空中で身体を捻って肩から地面に落ちる。
幸いなことに授業中だからか人通りは少なく誰にも激突しなかったが、勢いのままごんごろ転がって植木に突っ込んだ。


「ぶっは!!」


ギシギシ言う肩を無視して立ち上がる。
ばさばさと鉢に入っていた土やらそれに植わっていた草やらを払いのけて、また全力疾走だ。
目指すは保健室。

飛び降りた場所が正面玄関真ん前の廊下だったから、保健室なんて走れば本当にすぐだ。
ヒマなSeeDやら一休みしてる教員やらに唖然と見送られながら、とにかく走る。
渡り廊下を疾走して、ドアの前に立つ。
が、いつもは自動で開くはずのドアが一向に開かない。
こんな時に限って!とキレそうになりながらドア横のタッチパネルに触れる。
が、開かない。何度触っても開かない。
畜生くそったれどうなってやがる!


「スコール!いるんだろうが!返事しやがれ!!」


バンバンパネルを叩いて、しまいには蹴った。蹴りまくった。
鉛入りの安全靴で蹴ったら面白いくらいドアが変形した。


「スコール!!!」

「うるさいよ!!!」


何度目かそう怒鳴って、マジ蹴破る勢いで足を振り上げたら突如ドアが開いて、水をぶっかけられた。
ついでに何か固いもので横っ面をはたかれて吹っ飛んだ。


「何しやがる!!」

「頭冷えたかい」


見上げると、水差しと、ついでにスチール製表紙の分厚いファイルを持ったカドワキが仁王立ちで俺を見下ろしていた。
そのファイルでぶっ叩いたのか。そいつはちょっと反則じゃねえ?とは思ったが、それを問いつめるのも後回しだ。
脳味噌が揺れてクラクラしたが、無理矢理立ち上がる。
戸口を陣取っているカドワキを押しのけて保健室に踏み込んで2つしかないベッドの方に目をやると、
そこに、いた。
ベッドの上で、上体を起こしたスコールがバカにしたような目でこっちを見ていた。


「…ガーデンを壊すな」


フゥと短い溜め息の後にそう言われて、何だか無意味にバカにされてるっぽいが、
とりあえずスコールは生きて、意識があって、俺のことを覚えていた。


よかった。とにかく、よかった。


気がついたら、飛びかかるみたいにしてベッドの上のスコールをぎゅうぎゅう抱きしめていた。


「悪かった。俺が悪かった。本当に悪かった。何度でも謝る。すまん。だから俺と付き合ってくれ。お前が好きだ」


腕の中で痛いだの濡れるから離せだのスコールが喚いているがその頭に顎をごりごり擦りつけながら俺の方こそ喚いていた。
好きだ、と喚いた瞬間、腕の中のスコールの抵抗が止んだ。
静かになった頭を抱えてもう片方の腕で背中を撫でてやり、もう一度好きだ、とつぶやいた瞬間、


「ふ……ざけるなッ!!!」


ものすごいスコールの怒号。
と共にえらい固い物で脇腹を思い切り横薙ぎにされ、ベッドから吹っ飛ばされる。

カーテンのかかっているポールに後頭部を強打して、さすがに何すんだこの野郎と怒鳴ろうとしたが、
スコールの方が何故かベッドの上で足を抱えて悶絶していた。

その、左足はがっちりギブスで固められている。
アレで蹴りやがったのか。反則だろ。ってーか、バカだ。
どうコメントしていいのか解らずにぽかんとしていると、悶絶から立ち直ったスコールが思い切り枕を振りかぶって、


「何でそっちが先に言うんだ!せっかくあんたがヘロヘロの腰砕けになる口説き文句を考えたのに!」


枕といっしょにそんな言葉をぶつけられて、俺はフリーズした。
えええええええええ????と頭の中をえ?で埋め尽くしている俺に向かってスコールは次に松葉杖を投げつけようとして、


「おやめ!!」


カドワキにスチール製表紙の分厚いファイルで頭をぶん殴られていた。

だから、それは反則だって…。










結果的に、スコールの怪我はただの左足骨折だった。
何でも、宿泊先の階段を下りようとしてすっ転んで打ち所が悪かったのかキレイにポッキリ行ってしまったらしい。
そして任務というのが湿地帯での偵察任務で、そんな足場の悪い地形の任務にギブスを嵌めたヤツがいたら邪魔以外の何者でもない。と。
それが強制送還の理由だったらしい。

すっ転んだ理由は、過労。

それでもってその過労の原因が、ロクに飯も食わず、睡眠もとらず、『口説き文句』を考えていたから。
自分を振った俺を、見返してやりたかったんだそうな。


「…………お前、バカだろ」

「ああ、あんたに関しちゃな」


事の経緯をカドワキに聞いて、脱力してそう言うしかない俺に、
スコールはベッドの上で書類をめくりながらそうさらりと返した。

あー何か同じような会話をした気がするなと思いつつ、治療を受けた肩を押さえる。
飛び降りた時に着地した肩にヒビが入っていたらしい。
全然気付かなかった。
スコールに関しちゃ、俺もバカだ。


「なあ、付き合ってくんねーの?」


涼しい顔をして書類を捌いている仕事狂に向かって、もらえなかったさっきの返事を聞いてみる。
スコールはぱらぱらと書類を数えてまとめ、クリップで止めてサイドボードに置いてから、


「殺したいほどムカついたけど、あんたやっぱりバカだから、許してやるよ」


そう言って笑った。
そこで、振ってからこっちこいつの笑顔を見てなかったことに気がついた。
ぎゅうぎゅう胸が痛くなる。
これは少しの罪悪感と、コイツ言うところの『恋愛』のなせる技なんだろう。

そっと手を伸ばしてスコールの髪を梳く。


「さっき言ってた『俺がヘロヘロの腰砕けになる口説き文句』、聞かせてくれよ」

「3年後にな」


ちょっと気になったから聞き出そうとしたが、笑ってうまくかわされた。
あと何押しかすれば案外簡単に聞けそうだが、今は何だかもったいないので諦めておく。

3年後に聞けるなら慌てることもねえだろ。
あと3年。またあっという間に過ぎて行くんだろう。
そして3年後、また俺はスコールに振られて、渋々承諾して、
それでやっと『口説き文句』が聞けるらしい。
何ともバカらしい恋愛だ。

そもそもスコールは恋愛が愛着になるのが嫌だと言うが、
同じ「愛」だと言うことにはさっぱり気がついていないらしい。

やっぱりスコールはバカだ。
そしてそんなスコールが好きな俺は同じかそれ以上にバカだ。

バカとバカでお似合いカップルだな、なんてこた口に出して言ったら怒るだろうから言えねえけど、
思ってニヤつくくらいなら問題ねえだろ。


「何ニヤついてるんだ。気持ち悪い」

「うっせ」



気味の悪そうな目で見てくるスコールの頭を更にぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
このクセのある髪にも、ひんやりした皮膚にも、灰色っぽい青い目にも、
低い声にも長い腕にも、纏う空気にだって、俺は恋愛している。

何年経とうが恋愛している。



恥ずかしいから言わねえけどな。



































「あ、あんたが壊したエレベーターのボタン、鉢植え、保健室のドアの修理費来月の給料から天引きしとくから。それとこれ、持ち出し禁止印無断で持ち出したことに関する始末書と、ガーデン内での危険行為についての反省文。期限は明日」


「あ…愛がねえ!!!!」










































2007.10.18

そんな感じで、6周年ありがとうございました!!

実は最初、「再恋愛」の続きを書くつもりはありませんでした。
でもいくつかのネタをこねくり回しているうちに気がついたらこの方向性に…。あれ?

3年経ったので、サイファーの性格もスコールの性格も文体も微妙に変わっております(笑)
いや…特にスコールは結構変わってる気がします…ううう。

今回もサイファーさん大暴れな感じでがんばってもらいました。
ホントにガーデンの2階〜1階間は広い…サイファー無茶しないで…。
最初池ポチャも考えたのであまりに可哀想なのでやめたり。

何はともあれ6年経ってもうぶぶな奴らでしたとさ!!
6周年、本当にありがとうございました!!(平身低頭!)





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