「サイファー、別れよう」


のほほんとした陽気の中うだらぐだらとかったるい書類仕事に精を出していた俺に、
先週をもって交際3周年なんぞを迎えた恋人の…スコールは。
絶対零度の無表情声でもってそう言った。


「……あ?」


書類の細けえ字を追うのに精一杯だった俺は、うっかりその一言を聞き逃した……
振りをしてみた。


















再恋愛


















「だから、別れよう」


「…待て、待て待て待て待て待て」

「何だ」

「ちょっと…今聞き間違いをしたような気がするんだがなあ。別れよう、とか」

「安心しろ、聞き間違いじゃない。別れよう、と言った」

「…スコール、お前、いい冗談言うようになったなあ、ええ?」

「冗談でもない。俺は真剣だ。別れよう」

「………待て。俺、何か悪いことしたか?なあ、何か怒ってんのか?」

「してないし、怒ってもいない」

「じゃあ…何でそんなことになってんだ?おい」

「あんたには関係ない。とりあえず、別れよう」

「………………」


ちょっと待て。
突然のことで頭も回ってねえがアレだ。もしかしなくてもこいつぁ別れ話ってやつだよな。なあ?
いいのか、「別れよう」連発。こんな一方的な別れ話があっていいのか、オイ!
普通もうちょっとこう…何かあるだろ!「とりあえず」って何だ「とりあえず」って!

…とかすっかり硬直したまま考えている間に、スコールはさっさと部屋を出て行こうとしていた。
そして、ドアの前に立って振り返りもしねえで、一言。


「沈黙は肯定、と言うことで。さよならサイファー」

「おい、待て…!」


盛大な音を立てて椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がったがもう遅い。
パシュ、と音を立てた部屋のドアが俺とスコールの間を遮った。










待て…待てよおい!
俺、ホントに何かしたか!?してねえよ!心当たりねえよ!
あ…まさかアレか?こないだ3周年記念とか言って抜かずの3発に挑戦したからか!?
ちょっと確かにアレは調子に乗りすぎちまったかなーとか思うけどよ!
スコール次の日寝込んだけどよ!謝ったし!
まさかマジでそれをいまだに怒ってんじゃねえよな?
…だああ!わからねえ!!

そこまで椅子を蹴り倒した体勢のまま一瞬で考えて、我に返った。
いやいやいや。とりあえず今は固まってる場合じゃねえ!
中途半端な中腰の体勢から一転、ドアまで全速で走る。
ドアが完全に開くのももどかしく隙間から無理矢理飛び出してその背中に怒鳴った。


「待て…ってコラァ!スコール!」


廊下にいた学生やらSeeDやらが何だ何だとこっちを振り返るが、気にしてる場合じゃねえ。
ツカツカと相変わらずの素早さで歩き去って行くその後ろ姿にダッシュで追いついて、
肩をつかんで力ずくで振り向かせる。

スコールは妙に醒めた目で俺を見た。


「何だ、もう話すことはないぞ」

「こっちにはあるんだよ!何だよいきなり別れ話!」

「いきなりじゃない。俺は前々からずっと考えてた」

「何だと…?」

「兎に角、俺はあんたと、別れたい」


そう言って、肩を掴んでいた俺の手を払いのけるとこれで話は終了、とばかりにスコールは背を向けた。
一方的な会話に、唖然とする前に怒りが湧いてくる。


この野郎…俺の意志は一切無視かよ!
別れたかっただと?しかもずっと考えてただと?
相談の一つもなしにか?!ふざけんな!
俺を一体何だと思ってんだよ畜生!!

ムカーッと来たそのまま、スコールの背中にそう怒鳴りつけてやろうかと思ったが、
頭に血が上りすぎてて、ロクな言葉も出て来やしねえ。


「………っ…勝手にしやがれ!!」


結局言えたのはそんな、認めてんじゃねえか、ってなセリフだけだ。

腹立ち紛れに足元の鉢植えを蹴り飛ばすと、ガッシャーンと景気のいい音と共にそれはいとも簡単に砕けた。
飛び散った破片をガシガシ踏みつけて、その足裏の不快感をそのままに部屋に戻る。
もう仕事なんざする気も起きねえ。


当たり前と言うか何というか。
スコールはその日俺の部屋には来なかった。










次の日の朝も、スコールは俺の部屋に来なかった。
ぼーっとしたまま焼きもしねえ食パンを齧って出勤時間ギリギリまで部屋で粘ってみて、
そこでやっと寝惚けた頭ながらあいつがマジで物を言ってたんだな。っつうことを実感した。

…つまり、俺はマジでスコールに振られちまった、っつーことだ。



仕事中にふと目が合うこともなくなって、学食で会っても同じテーブルにはつかねえ。
振られて2日目から、俺は仕事をサボって街に出ることにした。
振られた翌日で実感したが、
仕事上必要で話し掛ける度にスコールが向ける嫌そうな表情に俺が黙って耐えられねえと思ったからだ。
一日中あんな顔されてみろ、ぶん殴ってやりたくもなるし、怒鳴りつけてやりたくもなる。
でもそんなことしようモンなら責められるのはどうせ俺だ。ああ胸焼けがする。

………そもそも、こんな精神状態で気の詰まる書類仕事なんてやってられっか!馬鹿野郎!


イライラをどうにか発散させようとスコールと呑むようになってからはしなくなってた馬鹿みてえな呑み方したり、
酔っぱらいの喧嘩にヤジ飛ばしてみたり、絡まれてぶん殴ったり。
鬱憤晴らしに訓練施設で一心不乱に片っ端からモンスター狩ってみたり。
煙草だって部屋で喫いまくりだ。文句言う奴がいねえからな。
久々に荒れた生活を送った気がする。










そんなこんなで1週間。
いくら頭に血の上りやすい俺だって、いい加減少しは冷静になって来る。
振られちまったモンはしょうがねえよな…。いい加減吹っ切らねえとダメだよな。
思春期のガキでもあるいまいし。
スコールと顔を合わせたくないって理由で仕事をサボるのもいい加減限界だしな…。
このままじゃ仕事がたまりにたまって机が潰れるか、キスティスに部屋を焦土にされるのが早いかってなモンだ。
そうだ。もうスコールのことは吹っ切って、別の相手でも探そう。
今度はあんな辛気臭い奴じゃなくて、明るいにぎやかなのがいい。
料理は上手くなくてもいいよな、一緒に作ったりしてな。
あいつはキッチンに立ち入ろうもんなら速攻怒鳴りつけてきやがったし。
そうだ、やっぱり手は早くねえ方が安全だよな……スコールは……
……………………。
ああ……やっぱりしんどいぜ…スコール…。


はああぁ〜とかどでかい溜息をつきながらソファに埋もれてグダグダしてると、
ガンガン控えめとは言えねえノックの音が聞こえた。
思わず勢いよく上体を起こす。
あんなノックをするのはスコールくらいしかいねえ。
今度は何だよ…追い打ちでもかけに来たのか?

何だかもう色々億劫になりながらドアを開けると、案の定そいつはスコールだった。


「…何の用だよ」


とりあえず玄関に入れてから、スコールが俺にしたみてえな渋面を作って用件を聞く。
そんな俺の不機嫌顔を気にもしねえでこっちの顔をじっと見上げてくる元恋人は、
無表情なツラの上に無表情な声でもって




「サイファー、好きだ。付き合ってくれ」




とんでもねえことを言った。


「………………はあああ?」

「だから、付き合ってくれ」


どうなんだ?と俺の顔を見たままでいけしゃあしゃあと言ってのけるスコールの顔を見てたら、
さっきまでこいつのことを吹っ切ろうと真剣に悩んだり、
この1週間こいつのせいで散々イラついたりしてた反動で溜まりに溜まっていた怒りが爆発した。
…ちょっと、久々にマジでキレたぜ、俺は。


「…お前、なあ、ふざけてんのか!?」


怒りの勢いに任せたまま、スコールの胸倉を掴んで閉まったドアに押しつける。
相手が俺で身構えてもいなかったスコールは結構な勢いで背中を打ったのか、虚を突かれたような顔をして軽く咳き込んだ。
そしてそのまま、何しやがるってな恨みがましい視線をぶつけて来る。


「おい」

「俺をおちょくって楽しいのかって聞いてんだよ!!」


ガン、とくぐもった音がした。
俺がスコールの真横に思いっきり拳を叩きつけたからだ。
元々大して頑丈でもないそれは、簡単にひしゃげる。
凹んだドアを横目に見て、スコールはフッと短い溜息を吐いた。


「…ガーデンを壊すな」

「…これをテメェの顔面にやらなかったことを、褒めて頂きたいぐらいだぜ」


押し殺した声で言ってやると、スコールも流石に俯く。
ビビッてる訳じゃあねえ、多分俺がマジでキレてることに今気づいたんだろう。
そしてそのまま黙り込んだ。もちろん俺から何か言う気はねえ。
暫しの沈黙。
聞こえるのは俺がつけてたテレビの音とか、隣の部屋の奴がシャワー使ってる音とかくらいだ。
じっとりと重苦しく黙り込み続けていい加減嫌になって来た所で、
先に口を開いたのはスコールだ。


「……悪かった」

「ああ?」

「まさかあんたがこんなに怒り狂うとは思わなかった」

「怒り狂うだろ、普通はよ」

「それは、悪かった。でも、あんたにも慣れて貰わないとこっちが困る」

「慣れ…はあ?てめえ…つーか、そもそも今ふざけたこと抜かすなら、何で別れてえとか言ってんだよ」


掴んだ胸倉をそのままに苛ついた声で問い質すと、スコールは観念したみてえに溜息をついた。
…やっと話す気になりやがったか…と思ったのも束の間。


「…人間の恋愛感情と言うものは3年しか続かないらしい」


急に理解不能なことを言い出しやがった。


「だから、3年を超えた恋人同士と言うのは、あとはもう惰性と愛着だけで続いて行くらしい」

「…ああ?」

「俺は、愛着なんかであんたと一緒にいたくない。それが理由だ。文句あるか?」


文句あるか!で自信満々に見返してくるスコールの顔に、俺は激しく脱力した。

脱力ついでにさっきまで煮えくりかえってたはらわたが急に沈静化した。
沈静化っつーか…だから、やっぱり脱力だ。怒りも抜けて吹っ飛んだ。

つまり、何だ?
恋愛感情が3年で終わるなら、3年で別れて、また付き合い始めればいいって?
そういうことなのか?こいつマジでそんなことできるとか思ってんのか?

こいつ…こいつって…


「…………お前、バカだろ」

「ああ、ことあんたに関しちゃな」


さらりと返されて、俺は更に脱力した。

確かに、俺だってこいつに関しちゃ恐ろしいぐらいバカになれるけどよ。
なんつーか、今回のは度を超えすぎてんだろ…。
何だ、そのデタラメな知識は、どこから拾って来たんだ?
そもそも、俺たち恋人としちゃ3年目だが、俺がお前に惚れてから何年、
出会ってからだと何年経ってると思ってんだ?


「…つまり、何だ。これからも3年ごとに俺を振る気か?」

「ああ」

「順番こ、とかねえのかよ。今度は俺とか」

「それでもいいが…今回のあんたの反応を見る限り、例え嘘だと解っていても俺、
あんたに振られたらあんたのこと殺すかもしれないけどそれでもよければ」


ふふ、と笑うスコールの眼は、マジだった。
冗談でも「いい」とか言っちまったが最後、今すぐにでもガンブレか魔法でもぶっぱなして来そうな勢いだ。
殺気はねえが、凶暴な気配がビシビシ伝わって来る。


「待てー!よくねえよ!」

「だから、あんたが振られておけ」


何て言って振ろう、とかふざけたことを考え出すスコールに色々文句をつけてやりたかったが、
もう何がどうなってどこにどう突っ込んでいいのかすら訳が解らなくなって来る。


「この…ああもう、いい!3年後もまた3年後もそのまた3年後もお前に振られてやるよ!それでいいんだろ!」


ガーッ!とヤケになって頭を掻きむしる俺を見て、


「そうしてくれ」


スコールは妙に穏やかな笑みを見せた。
そんな顔を見せられちまったら、もう口答えなんざ出来やしねえ。
卑怯者め…。

でも、こいつの滅多に見られねえこんな顔を見られるなら何遍だって振られてやっていい。
…とか思う俺って、相当頭腐ってるよな。

それにこいつは無意識なんだろうけど、これから3年、絶対俺たちが別れねえことを前提にしてる会話だよな。これって。
そこが妙に嬉しい。


ついでに言えば、3年ごとに俺に「愛の告白」をしなきゃいけねえってことに、スコールはまだ気づいてもいねえ。
こいつ、本当そう言うとこまで頭回んねえんだよな。

そう言うとこも好きなんだけどな。





あー、くそ。
愛着云々どころか、俺は3年経った今でもいつだって恋愛してるぜ。
…くそ恥ずかしい。






























とりあえず、いいからコーヒーでも飲んでけやと背を向けた俺の背中に抱きついて、
スコールが言った。




































「返事は?」



「…そんなもん、一つっきゃねえだろうが」










































2004.11.21

と言うことで、3周年ありがとうございました!!
も、もう12月!(ガクガク)
本当の記念日は原稿で私が潰れていたので無理で…とりあえず何はともあれ
書き上げられたのでよかったです!よかったー!(出来はどうあれ)(吐血)

「恋愛が3年でどうのこうの」は、ずっと昔にテレビで見た知識です(笑)

何はともあれ、いつにもましてスコールが謎の人になってしまいました…。
でもまあ、8本編も心の声なくせばこんな感じだと思いますよ(えー)
そして、北産にしては珍しく激怒サイファーさん。バカ力です。
我が家の基本は暴力夫なのでスヨー!(今頃!)

とりあえず3年経ってもサイスコ病!!(変なまとめ)






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