無礼講にも程がある









突然だが、この夏、スコールには目標があった。
どんなものかと言うと、「年相応に過ごそう」である。




夏も盛り、ガーデンは夏期休暇に入った。
今までは人との関わりを避けて来たので、夏休みは部屋に閉じこもって勉強したり訓練施設に入り浸ったりの日々だった。
しかし、何だかんだの騒動を経て、もう人と関わるのがめんどくさいとか人目が恐いとかそう言うことを考えるのはやめて、もっとこう、人と関わることで自分の世界を広げたりしてみたいとか思ったりしたのだ。その第一歩が今年の目標「年相応に過ごそう」である。
今年の夏休みは引きこもらずに、あちこち遊びに行ったり行事に参加したりしようという計画だ。
年相応に〜と思っている時点で既に年相応ではないということにはこの際目をつぶることにする。




と言うわけで、スコールは今まさに宴もたけなわ無礼講一直線な乱痴気騒ぎに参加していた。

正式名称は「ガーデン納涼カード大会打ち上げ」なのだが、もはや運営側も参加側も酒が入って訳がわからなくなっている。
ヤケ酒の色も濃いだろう。

去年は存在を知りながらも参加しなかったスコールは、今年は意気込んで参加した。
何しろノルマはガーデン内の夏行事、全制覇。
意気込むあまりに有志を募っての草むしりにまで参加したほどだ。

スコールの参加を知った運営側の動揺はかなりのものだった。
何しろスコールはレアカードの鬼。
まともにぶつかったら勝てるはずもない。
急遽ランダムハンドのルールを取り入れなんとかしようとしたものの、スコールは引きも強かった。
繰り出されるレアレアレアの連続でバッタバッタと参加者を蹴散らし、
結果はあっさりスコールの優勝に終わった。
のんびり平等にカードを楽しもう!がモットーの運営側としては今年の大会は失敗だ。

年相応にカード大会で優勝なんかして、満足してさあ帰るかと部屋に戻りかけると打ち上げに来ないかと声をかけられた。
いつもなら酒を飲んでどんな姿を晒すかわからないから飲み会などは辞退しているが、
飲み会=大騒ぎ=年相応
の計算式が頭の中でペカペカしたので素直に参加することにしたのだ。




椅子とテーブルを端に寄せた床にゴザやらレジャーシートやらを引いた食堂で、皆思い思いに座って宴会を楽しんでいる。
酒類は主にビール。つまみ類は持ち寄りらしい。

アルコールの入った学生共はギャアギャアと大きな声で会話し、突如ゲラゲラと笑い出したりもする。
隅では賭けポーカーなどが始まっているし、怪談を始める集団、何故かワンワン泣いている一角もある。
まさにカオスだ。

まったりとそのカオスぶりを眺めながら缶ビールを啜っていると、何やら空きカップに入った割り箸の束が回って来た。
隣に座っているのは去年この大会で優勝したらしい目立たない…まあニーダだ。


「…これは?」

「ゲームだよ、ゲーム。スコールも一本引いて」


視線を向けると、ニーダは割り箸を一本ぶらぶらと振って見せた。
なんのゲームか知らないが、どうやら同じように箸を一本引けばいいらしい。
適当に目についた一本を引き抜き、また隣に回す。

引いた箸には、マジックで「3」と書かれていた。
なるほどこの数字が何らかのゲームに使われるに違いない。
しかし一体どんなゲームなのだろう?
今までこう言った同世代とするどんちゃん騒ぎに参加したことのないスコールは、「王様ゲーム」の存在を知らなかった。


じっと箸の先に書かれた数字を睨みながらビールを啜っていると、突如一角がわっと異様に盛り上がった。
爆笑に混じって、マジか!とかいきなりかよ!!などの言葉が聞こえて来る。
ゲームが始まったのだろうかと尚もじっと箸を睨んでいると、ニーダがひょいとこっちを覗き込んで来た。


「スコール何番?」

「3番だ」


返す前に箸に書かれた番号を読み取ったのか、へらりとしたその笑顔が氷りついた。
どうしたと声を掛けようとした時、さっき爆笑していた辺りから「3番出てこーい!」と大声が上がった。
どうやら呼ばれているらしい。

遠足御用達の虹色レジャーシートから立ち上がり、呼ばれた方へ歩み寄る。
おーい3番ー!と騒いでいる男子の眼前に箸を突きつける。


「俺だ」


その瞬間、どわっと一斉に大声が上がった。
ギャーギャーキャーキャー、うるさいことこの上ない。
思わず両手で耳を押さえると、周りに群がってきた男子群に肩を叩かれるわ背中をどつかれるわでもみくちゃにされた。
スコールマジでやんのかよ!笑えるやべー!!などと普段なら声を掛けてこないような顔も知らないような人間にどつき回される。
これがアルコールの力、そして無礼講というヤツか。
しみじみと思うが、一体全体自分は何をすればいいのか。
さっき声を掛けた男子に何とか近寄り、聞いてみる。


「で、俺は何をすればいい」

「聞いてなかったのか?3番と18番、野球拳」

「やきゅうけん?」


今まで同じ年頃の人間と盛り上がったりする機会のなかったスコールは「野球拳」も知らなかった。




「あーつまりだな、野球拳ってのはじゃんけんして、負けた方が服を一枚ずつ脱いでくってゲームだ」

「へえ」

「で、脱ぐ物がなくなった方が負け」

「なるほど」


何とか大騒ぎ状態を静まらせて、何故か周りをギャラリーにぐるりと囲まれた状態のその真ん中で、
スコールは対戦相手に野球拳のレクチャーを受けていた。
対戦相手は見慣れたトサカのゼルだった。

お互いクジ運いいなーとへらへらしているゼルを見て、安心しなかったと言えば嘘になる。
やっぱり気心知れた相手がいると多少ぼうっとしていても勝手にフォローしてくれるので有り難い。

単純で解りやすいな、と何度も頷いているスコールの肩に腕を回して引き寄せて、
ゼルはごにょごにょとスコールに耳打ちする。


「ところで今日サイファーは?」

「昨日から1週間出張だ」

「ああそう…」


よかった…と胸を撫で下ろしたゼルが、よっしゃやるぞー!と腕を振り上げて宣言する。
その宣言に、もしかしてスコールがゲームの内容に怒り出したりやっぱやらないと帰ってしまうのではと固唾を飲んで見守っていた生徒達も雄叫びを上げた。




ところで、本日のお互いの服装といえば、
スコールはいつもの格好といたって変わらない。
ベルトも手袋も革パンツもごつい革ブーツもいつもの通り。
ただ暑いのでジャケットだけ脱いでいたので上は白シャツだ。
他ももっと暑いだろうとは思うが、スコールにはそれが常態なので特に疑問はないらしい。
対するゼルはTシャツ、短パン。以上。
履いていたビーチサンダルはとっくに脱ぎ捨ててあったので裸足だ。

これは自分が有利すぎるだろうとスコールは思った。
思ったのだが、そうではなかった。

ゼルは恐ろしくじゃんけんが強かったのだ。

スコールもじゃんけんが弱い方ではない。
だが負けた。負けまくった。
今日の運をカードの引きで使い果たしてしまったのではないかと思う程に負けた。
スコールが負ける度に酔っぱらった女子がキャーキャー黄色い悲鳴を上げる。
あれよあれよという間にベルトを取って、ブーツを脱いで、シャツも脱いで。
何でジャケットを着てこなかったのかと後悔する。

何度かそれを繰り返せばお互い何ともお粗末な姿だ。

スコールの格好はといえば、すっかり裸で生白い体に下着一枚。
ガンブレードを操る長い両手の先に何故か、革手袋。
有り体に言えば、パンツいっちょ+革手袋。
日常生活ではちょっとお目にかかれない格好だ。
異様な格好に周囲は軽く混乱した。

何で手袋を外さない!?
手に怪我でもしてるのか?
いやおそらく何かの訓練のための手袋なんだ!
いやいやきっと見られたら消える選ばれし勇者の印があるにちがいない!

ざわざわ騒がしい周囲と、ジロジロと遠慮ない視線に舌打ちしたくなる。
情けない姿を晒している自覚はこれでもかというほどある。
だが、スコールにも事情があるのだ。

怪我をしている訳ではない。
手袋に鉛とか仕込んでない。
そもそも勇者とかじゃない。

問題は、左手の薬指にあった。
そこにはまっているのだ、指輪が。
しかも、サイファーがくれちゃったりした指輪だ。

昨日の晩、お前の誕生日にいないからとサイファーは先にプレゼントをくれた。

つきあい始めて最初のプレゼントだから気合いを入れた、というロマンチストの言うとおり
その指輪はかなり細工の細かいシルバーの一点物で、包装を開けた瞬間うっかりおお、とか間抜けな声を上げてしまった。
それを聞いてニヤニヤと嬉しそうな顔をしたサイファーは、恭しく指輪を左手の薬指にはめて来た。
そのわーいやったー大成功ーと思っていそうなアホな顔が何となく可愛かったので、
何となくそのまま外さずにいて、何となくそのまま流れで野球拳なんかに雪崩れ込んでしまったのだ。
その、指輪が。


本当は手袋は最初に外そうと思った。
だがしかし、指先を引っ張った瞬間に指輪が手袋に引っかかった。
いつも左手に指輪なんてしないから、一瞬なんだ?と思ったものの、
次の瞬間気づいて血の気が引いた。

別に指輪を見られてやいのやいの騒がれるのが嫌だという訳ではない。
問題は、この指輪を後生大事に左手の薬指にしていたという事実が誰かの口からサイファーの耳に入ることだ。

きっとあの男は調子に乗る。
調子に乗った時のムカつく顔を思うと段々と腹が立ってくる。
きっと「俺のこと大好きじゃーんかわいいやつめ」とか言ってくるに違いない。
好きだと言うことは否定しない。
しないが、好きであることを知られるのは面白くない。

ハッキリ言ってただの意地だ。


「これが最後の勝負だな…」

「おう、いつでも来い!」


変態的な格好で影を背負っているスコールとは違って、ゼルはTシャツを脱いだだけの姿だ。
ちなみに、この勝負では全部脱ぐのは禁止、つまり最後の一枚になった方が負け。
女子もいることを配慮したルールである。

最後の一枚、ゼルは短パンを脱いで下着一枚になればいい。
スコールも、手袋を外して下着一枚になってそこで終わればいい。
だがしかし、手袋は外したくない。
死んでも外したくない。
調子に乗ったサイファーにしつこくされてヘロヘロになって、
深夜にベッドの中でとんでもないことを言わされるような事態だけは絶対に避けたい。

単純だ、この勝負に勝てばそれでいい。

スコールはギリギリと拳を握りしめた。
素手でブラスティングゾーンとか出せそうな気迫で、右手を振り上げる。


「行くぞッ!!」

「じゃーん」

「けーん」

「ぽん!!!」



スコールはグー、

ゼルはパー。



スコールの見事な負けが決定した瞬間だった。

よっしゃー!と無邪気に喜ぶ勝者を横目に、敗者はガクリとその場に膝をつく。

敗北感に打ちひしがれていると、周囲の野次馬が口を揃えて何かを言っているのに気づいた。
よく聞くと、いやよく聞かなくてもその単語は「脱げ」だ。
酔っぱらい達が腕を振り上げ調子を取りながら「脱ーげ!脱ーげ!」と騒いでいる。

そうか、負けたんだから脱がないと…と立ち上がり、そこでスコールは動きを止めた。
果たして、どっちを脱げばいいのか。

手袋は、諸々の事情で脱ぎたくない。
下着…脱いだら人としてそれはどうか。

何でホイホイとこんなゲームをやるなんて乗ってしまったんだろう。
後悔すれどももう遅い。

やると言ったのは自分。有利だなんて思って油断した自分が悪い。
男に二言があってはいけないのだ。

脱ーげ!脱ーげ!というコールの中、周囲の熱気にあてられて頭がグラグラと煮えてくる。
ついでにさっきまで啜っていたビールのアルコールが急激に回ってきた。
立っているのが辛い。裸なのに暑い。サイファーのムカつく顔が頭にチラついた。

もう指輪を見られるくらいならいっそ下半身を露出した方がいいような気がしてきた。
それなら自分が恥ずかしいだけだし、問題ない。
まったくもって大変よろしくないが、まともな判断力などもはやない。

パンツに手を掛けると、周りからキャーーッ!!と嬉しそうな悲鳴が上がった。
そのまま一気に脱ぎさろうとした瞬間、


「ちょ…待てえええ!!!」


ものすごい怒声が食堂内に響き渡った。




グラグラする頭で振り返ると、食堂の入り口にでかい男が立っている。
サイファーだった。

眉間に皺を大量にこしらえてズカズカと歩いて来ると、
周囲を取り巻いていた野次馬どもが何かの奇跡のようにさーっと割れた。
そのままの勢いで歩いてきたサイファーに腕をギリギリと掴まれる。

何で、とか出張は、とか疑問を口にしようとしたが、サイファーの声に遮られた。
地を這うように低い、とてつもなく怒っている声だ。


「………てめえ、何やってやがる」

「脱いでる」

「……何で脱いでる」

「野球拳だからだ」

「…何で野球拳なんかやってやがる」

「王様ゲームで当たったからだ」


そこまで問答を繰り返すと、サイファーはこの酔っぱらいが…と憎々しげに呟いて一旦腕を放すと、
床に散らばっていたスコールの服を拾い始めた。


「…いい、とにかく部屋に帰るぞ。服着ろ」


べしっと革パンツを投げつけられる。
えー!!とよっぱらい共が一斉にブーイングを浴びせたが、サイファーに睨まれて不満顔で引き下がる。
その顔を見ていたら、なんでこいつに目標を邪魔されなければいけないんだと腹が立ってきた。
せっかくいい感じに年相応だったというのに。


「…嫌だ」

「あんだと?」

「俺が受けて立って俺が負けたんだからあんたには関係ないだろ!」


ムカッと来て言い返した瞬間、サイファーの頭ら辺からブチッといい音がした。
こめかみをひくひく引きつらせながら、おもむろにズボンのベルトに手を掛ける。



「わかった……お前が脱ぐってんなら…………俺も脱ぐ!!!」



楽しい無礼講の宴会は一転、阿鼻叫喚の地獄へと化した。







次の日、授業の終わった教室で、二人は肩を並べていた。
あの後地を揺るがすような怒号と悲鳴を聞き付けて飛んできた教官キスティスに猥褻物陳列罪とパンツ手袋というとんでもない現場を目撃され、鞭でしばかれた挙げ句処罰を言い渡されたのだ。
現場には同じく上半身裸のゼルもいたはずだが、サイファー登場のごたごたに紛れてちゃっかり服を着ていたので免れたらしい。
処罰であるところの反省文「ごめんなさいもうしませんを百回書く」をしながら、それでもあの騒ぎで手袋の件をうやむやにできたことに思わず安堵のため息が漏れる。
指輪のことを知られるくらいなら書き取り百回くらい軽いものだ。
静かな教室に、カリカリと鉛筆の音だけが響く。

30分ほど経過した時点で、黙々と鉛筆を動かしていたサイファーが話しかけて来た。


「ところで、何で手袋だけだったんだ?」

「…どうでもいいだろ」

「何だよ気になるだろ」

「いいから黙って反省文書け」

「……………」

「……………」

「でもまあ、裸手袋ってのもなかなかエロかったな」

「……………」

「お前変わったシュミしてんな」

「……………」

「よし、今度手袋プレイでもすっか!」

「どんなんだ!!!!」



静かな教室に、殴打音が響き渡った。















おしまい。

2007.08.15




夏のリンクラリーに参加させて頂きましたブツでございました。

一応テーマ投稿だったのですが、実はちょっとテーマを勘違いしておりまして…
迷走しまくって出来たのがコレでございます。
アホ丸出し!!

コレは、前に半裸手袋絵を描いたときに
「裸に手袋ってどういうシチュエーションでなるんでしょうね?」
と話題になったところから色々と考えて…野球拳?と(笑)
それを夏のお祭りに乗せて勢いでやっちまった訳です。

服を着た状態から両手縛られて服をビリビリにされてもなると思いますが
そんなひどいのは書けなかったわけで(笑)

いつも思うのですがもっとまともなものを投稿できないもんでしょうか。




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