写真の話









至って通常通りの朝だった。

いつものように騒がしい食堂でガツガツと朝食のBランチを片づけているサイファーの携帯が鳴る。
これは、忙しい立場にあるサイファーにはよくあることだ。
着信番号を見ると、自分の部屋…つまるところ、スコールからだった。
これも、珍しいとはいえまだよくあることだ。
通話ボタンを押した途端、


「帰って来い!!今、すぐにだ!!」


隣のテーブルの人間にまで聞こえるのではないかと思うほどのすさまじい怒声が耳に突き刺さる。
そしてそれだけを言い放って、何か言い返そうとする前にブツッと切れる。
…これはさすがに、初めての事態だった。


「…何だあ?」


まともに度を超した大声を叩き付けられた耳を押さえながら、サイファーはとりあえず席を立った。




コツコツと足音を響かせて廊下を自室に向かいながら、さっき電話から聞こえて来た怒声を思い返す。
何度か喧嘩をしたことはあったが、あそこまでスコールが怒鳴り散らすのを聞いたのは初めてだ。
一体何があったと言うのだろうか?
それとも意識せずにスコールの機嫌を損ねるようなことでもしでかしたのだろうか。

頭を捻りながら廊下を進む。

食堂から部屋までは大して時間はかからない。
疑問符で頭を一杯にしながら部屋に辿りついたのは、電話を受けてから10分も経たないうちだった。

つまり、部屋を出てから20分足らず。

その20分の間に、部屋は別世界になっていた。




「スコール?」


声を掛けながらカードキーでドアを開け、まず、入ってすぐに目に入ったのは、粉々になった花瓶だった。
自分の記憶が確かなら、それはリビングの電話の横に置いてあったはずのものだ。
それが玄関まで吹っ飛んで来ている。しかも粉々。

何かがおかしい。
その状況を訝しみながら破片を踏んでリビングに続くドアを開けて、
そこでサイファーは目に飛び込んできた惨状に硬直した。
荒れ果てた部屋。
食器棚は倒れ、埃のたまった背面が剥き出しだ。棚の中身がどうなっているのかは想像もしたくない。
ラックに刺さっていたはずの雑誌はカーペットの上にぶちまけられ、その上で新聞が引き裂かれている。
キッチンのガス台の上からは鍋やらなにやらことごとく薙ぎ払われて床の上に散乱し、冷蔵庫も開けっぱなしで傾いでいた。
ダイニングのテーブルと椅子がばらばらのパーツになって惨めな姿を晒し、自分の部屋のドアはボコボコになって半分外れている。

その荒れ果てた空間の中で、来客用のソファセットだけが綺麗に残っているのが、妙に恐ろしかった。


「なっ、何だこりゃ…」


おぼつかない足取りで、床上に散乱する家具、及び家具の残骸を避けてそこに辿り着き、無事なソファに腰を下ろす。
そこで一度目を閉じ、深呼吸して、改めて部屋の中を見回す。
やはり部屋の中は地獄としか言い様のない荒れ模様だった。

強盗か何か、とも考えたが、それはない。
何故ならこの部屋にはスコールがいた。この部屋から電話をしてきているのだから間違いはない。
それはつまり、この部屋をこんなとっちらかった状態にできるのは、ただ1人、と言うことだ。


「サイファー」

「!!!」


テンパった頭を無理に働かせている所に突然声を掛けられ、サイファーは文字通り飛び上がる。
ぎこちなく首を巡らせると、スコールが自室から出てきた所だった。

某かの束を持ってこちらに歩み寄って来るスコールは、その手に得物を…ガンブレードをぶら下げていた。
それを見ただけでスコールがリビングの花瓶を投げつけ、力任せに食器棚を引き倒し、調理器具を薙ぎ払い、冷蔵庫に蹴りを入れて、ガンブレードがダイニングのテーブルと椅子を解体し、自室のドアを殴る蹴るなどしてボコボコにする…その映像が見えたような気がした。


「おいっスコール!こいつはど」


ドカッ!

事を問いただそうとしたサイファーの声を、何やら固い音が遮る。
スコールがその手の得物を床に突き立てた音だ。
常日頃から手入れを怠らないそれは、易々と堅いフローリングの床に簡単に刃先を埋めてみせる。
窓から差し込む光を反射して鋭く光る刃を目の当たりにして一瞬感じた怒りが急速に冷えていく。
むしろ全身から血の気が引いた。

口を開いたままの形で硬直したサイファーの向かいに腰を下ろしながら、スコールはニコリと笑った。


「あんたの部屋を掃除していたら…こんなものを見つけたんだが」


そしてそう低い声で言うと、スコールはガラス張りのテーブルの上に20枚ほどの写真の束を広げる。
無造作にばら撒かれた写真にぎこちなく目を落とし…サイファーは再び固まった。


「げっ…!」


その写真に写っていたのは、何人かの女子と、金髪の男…つまり自分。
しかもそのことごとくが過多なスキンシップを…簡潔に言えば「いちゃいちゃ」している写真だ。
間違いなく何年か前、かなり女遊びが激しかった頃の写真だった。
スコールの部屋に移った時に捨てた筈だったが、どこかに紛れていた束があったらしい。
そしてそれをスコールが見つけてしまった。

そしてあの剣幕。この部屋の荒れ模様。
事の次第を瞬時に理解したサイファーの背中に冷えた汗が流れる。


(こっ、殺される…!)


今の所、目の前のスコールは激している様子ではない。
普段通り。むしろ落ち着いている方だと思う。
だからこそ、その静かな仮面の下の怒りが見て取れるような気がした。


「こ、これはだなスコール」


とりあえず、このままでは命が危ういかもしれない。
ソファに腰掛けてこちらを見据えるスコールの顔色を窺いつつ、釈明を試みる。


「浮気とかじゃなくて…昔の写真だ。ホラ、今より若いだろ?こっちに越して来る時に全部捨てた筈だったんだがなあ…なんかどっかに紛れ込んでたみてえだな。…お前、何か疑ってるか?俺が浮気なんてする訳ねえだろ。今はお前一筋…」


ふと、ただサイファーの言い訳らしきものを聞いていたスコールが動いた。
やたらとゆったりとした動作で利き手の拳を振り上げ、


「俺は今、そう言う話をしてるんじゃない…ッ!!」


それはそのまま顔面の真横に突き刺さった。

繰り出された拳はサイファーの座っていたソファのカバーを突き破り、中のウレタン材を突き抜け、木枠のフレームも難なく破壊してみせた。
巻き起こった嫌な風が頬を叩く。
アルテマを力に100個ジャンクションの威力を肌で感じ取って、サイファーはひい、と青ざめて硬直した。


「こんな写真はどうでもいい!」


スコールはバン!とテーブルの上に並べられた写真をはたき落とす。
そのあまりの力強さに天板の強化ガラスが砕けそうだ。


「問題はこの写真だ!」


もはや恐怖で目線を動かす気力もない眼前に、恐怖の源はテーブルに残された何枚かの写真を突きつける。
目の前に出されすぎてぼやけて見えるその写真に焦点を合わせると、写っているのは紛れもなく…


「…俺?」


自分だった。
それも今の自分ではなく、恐らく15かそこらの昔の写真。
その今より幼い自分が…夏だろうか、短パン一枚で床に転がって寝こけている。
今は短くして上げるようにしている前髪もまだ長さがあった頃だ。
ぐしゃぐしゃの髪でタオルケットに埋まっているその寝顔には警戒心の欠片もない。
ある意味、かなり恥ずかしい類のものだ。


「…で、この写真が…?」

「そうだ。この写真を………」


そこでスコールは一旦言葉を切り、一度深呼吸をする。
ソファに突っ込まれたままの右手が震えてガタガタソファを揺らしているのが恐ろしい。
そして、人生最大の敵が目の前にいるかのような鬼気迫った表情で言い放つ。







「くれ」







「あ?」

あまりに突拍子もない要求にうっかりと聞き返してしまった。
しまった、と思う間もなくスコールは殴りつけた時と同じ勢いで突き刺さった腕を抜き取る。
その動きに引きずられてソファが大きく傾ぎ、バランスを崩されてテーブルにしがみつく羽目になった。
その耳元に降ってくる低い声。


「…くれるだろ?」


引きちぎられたウレタンが宙を舞う。
拒否権を欠片も許さない恐ろしい声に、とにかくここを逃げ出したくなった。
だが、妙なに威圧感に気圧されて動くことも出来ない。
もし出来るものならとっくに「助けてママ先生ー!」などと叫びながら部屋から飛び出していただろう。


「な、何だってそんなもんが欲しいんだよ」

「…あんた、可愛い。ヤバい。犯罪だ!!」


ソファから引き抜いた手を革手袋が軋むほど握りしめるスコール。その背景のオーラがギラギラと燃えているのが見える気がする。
お前が犯罪だ!とツッコミたくなるのをどうにか耐えて、乾ききった喉から辛うじて声を絞り出す。
もうどうでもいいから一刻も早くこの状況から抜け出したい。


「や、やるよ…」

「ほんとか!?」


パッとスコールの表情が一変する。
…一般人から見れば、ただ単に声のトーンが上がっただけのように見えるだろうが、長い付き合いのサイファーにはそれが読み取れる。
明らかに豹変した雰囲気に、安堵の溜息が漏れる。


「いいから、もう、好きなだけ、持ってけ」

「じゃ、遠慮なく」

「…ところでそう言う訳ならどうしてこんなに部屋が荒れてるんだ…?」

「ああ…悪いな。あの写真を見つけたあまりの嬉しさについ浮かれてしまって、気がついたらこの有様だ」

「そ、そうか…」


自分の言葉に淡々と無感情な言葉を返しつつ、ごそごそと革ジャケットの内懐に写真をしまい込むスコールは音符が飛び出していそうなほど上機嫌だ。
表面上は、無表情だが。

ジャケットの内懐に留まらず、財布の中、スケジュール確認用の小さな手帳、果ては尻のポケットまであちこちに写真を仕込んで満足したらしい。
スコールは突如立ち上がった。つられて立ち上がりかけるのを、手で制される。


「じゃ、俺は仕事に行ってくる。掃除は帰ったらするから」

「い…いってらっしゃいませ…」


ルンルンと無表情でスキップしながら去るスコールの背中を中腰の中途半端な体勢で見送って、
サイファーはへなりとその場に崩れ落ちる。


「た、助かった…」


口に出した途端にどっと脂汗が吹き出した。
自分の命があんな写真の数枚で買えるなら安過ぎるほど安い。




嵐が去った後の部屋の惨状は凄まじかった。

穴の開いたソファ、写真のぶちまけられた床、カーペットはよれてその上にはまばらに足跡が散らばっている。
スコールの部屋はきっと無事だろうが、自分の部屋がどうなっているのかはもう想像することすら難しい。

それほどまでに平常心を失ったスコールを見ることが出来て嬉しいと言えば嬉しいが、興奮して浮かれたくらいでここまで暴れる気性は逆に恐ろしい。


隙間風すら吹き込んで来そうな部屋に一人残されて、
辛うじて形を保っているテーブルに不自然な体勢で突っ伏して一頻り呻いてから、サイファーはぼつりと呟いた。



「あいつは…計り知れん…」








おしまい。




























2005.03.13


…と言うわけで、1月から開催されておりました「ノベイラコラボ」に
投稿させて頂いたサイスコでございました!

いやー…緊張しました…
何せサイスコというジャンルに関わらず、更には男性もいらっしゃる場での投稿でしたので…。
ガチガチの緊張状態の中、唯一の救いだったのは、絵チャなどで仲良くなってくださった方が
拙サイトに訪れて下さっておりまして、「北産サイスコー!」と沢山のコメントを下さったことでした…。

もうもう、本当にありがとうございました!(深々)

そんな公共の場にて(いくら裏ページとは言え)こんなサイスコを投稿してしまう私の神経を
私が一番疑っております。
何考えてんのー!!(驚愕)
本当は、切ない系のサイスコ(書き途中)があったりしたのですが、何か…
恥ずかしくて………(コレは恥ずかしくないのか!)

ひとつ隠し設定を明かしますと、スコール、前半は女の写真にキレて暴れてます。
サイファーの部屋〜ドア辺りがそれで、部屋から出たとこで昔サイファーの写真をみつけて興奮。
…という設定になっております(笑)
スコール激しいなー。

ええと…何はともあれ。

書いてて最高に楽しかったのでいいのです!(うわー)

しかしながら…「スコサイ」と言われたのはかなりのインパクトありました…。
いやもう、本人もどっちだかわかりません!(爆)





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