目が覚めた瞬間から、雨だった。
折角の休日に、と少しばかりげんなりとする。

雨は嫌いだ。
末端が冷える。








ぬくぬく








元々血流が良い方ではないのだが、雨の日は空気が冷えるから余計に冷える。
しんしんと冷える足先と指のせいで、寒気が止まらない。
熱いコーヒーを飲んでみるが、一向に手足は温まる気配を見せない。
シャワーを浴びてもいいが、湯冷めするのがオチだし、
季節に合わない厚手の靴下を試しに履いてみたが、靴下の中が冷たくなるだけで逆効果だった。
体を動かせば気が紛れるかもしれないが、こんな雨の日に出かけるのはかったるい。
こんな季節に暖房をつけるのも馬鹿らしい。

諦めて読書でもしようと決めた。

ソファに座ってだらだらとハードカバーの本に目を通していると、背後でドアが開く音がした。
同じく休日のサイファーがやっと起き出して来たらしい。
向かいのソファの下の床に直接座り込んでバサバサと紙を広げ始める。


「…レポートか?」

「おう。40枚」

「40枚…あんたバカだろ。しょっちゅうフケてるからそんなことになるんだ」

「うっせーよ。手伝いやがれ」

「嫌だな」


バサバサ、とこれ見よがしにレポート用紙を振るサイファーを無視する。
40枚は気の毒だとは思うが自業自得だし、面倒臭いから手伝ってやる義理もない。
まあ頑張れよ、とおざなりに声をかけると、本に目を戻した。

こっちに手伝う気がないのを悟ったのか、それともそもそも手伝わせる気がなかったのか、
サイファーは特に何も言わずにテレビのスイッチを入れると、
ソファに寄りかかってだらしなく伸びてレポートに取りかかった。


黙々と各々の作業を続けて、30分。
レポートをやっている向かいの男がおもむろに足を伸ばしてこっちの足を踏みつけてきた。
サイファーは、同じ空間にいる時はまるで犬のようにとにかく何の意図もなくスキンシップを取りたがる。
きっとこれもまた同じで何の意図もないのだろう。

熱い足裏が俺の足を踏んだ、と思った直後、それは凄い早さで逃げて行った。
感じた熱さは、足の甲を瞬間じわりとさせて、すぐ消える。


「おい…何だこの冷たさは、正気の沙汰じゃねえな」

「好きで冷たい訳じゃない」


正面のソファから、唸るような声が聞こえて来た。
顔を上げなくても、サイファーが勝手に驚いて勝手に腹を立てているのが手に取るように解る。
まったく解りやすい男だ。

苦笑を前髪に隠して、一瞬だけ暖められた足を持ち上げ、まだ本に目を通したまま左手でさする。
お世辞にも暖かいとは言えない手で触ってみるが、冷えた足には何の効果もない。

芯から冷えた足は、感覚がないと言うより痛い。
真夏ならまだしも、こんな季節に好きで冷えてるんだったらそれこそ正気の沙汰じゃない。
文句を言うくらいなら、そもそも触らなければいいじゃないか。

投げかけられた言葉に腹の底で苛立ちを覚えながらヤケになってごしごしこすってみるが、冷たい足には何の変化もない。
落胆して足を床に戻す、と、思いがけず暖かいものに受け止められた。


「何してるんだ」

「ん?寒いだろ?あっためてやろうかと思ってな」


そう言いながら、俺の足を受け止めた両手で土踏まずの辺りを揉み出した。


「おい…汚いぞ」

「何を今更」


緩やかな手つきがこそばゆい。
足を取り返そうともがいてみる。
しかし何が今更なんだかよく解らないことを言いながらサイファーは尚も俺の足を構うことをやめようとはしない。

「レポートどうするんだ」

「あー、そうだな」


んじゃあ、と言う言葉と共に、床についていた方の足首まで掴まれる。
何をする気かと眺めていると、サイファーはよいしょと俺の両足を持ち上げてだらしなく座った体勢のその腹の上に乗せた。
それだけに留まらず、自分のTシャツの裾を持ち上げるとその中に俺の足を突っ込ませる。
足が乗った瞬間、直に触れた腹筋がすさまじい勢いで硬直した。


「ヒー!冷てぇ!」

「当たり前だ!何がしたいんだあんたは」

「まあ待て待て、そのままそのまま」


退こうとした足を掴んで止められ、挙げ句に揃えた臑の上にレポート用紙を乗せられて、
そのままそこでレポートを書き始められて、逃げることも出来なくなった。
何を言っても無視して黙々とペンを動かしているサイファーに、
もういい、とあきらめて、俺も読書に戻った。


足裏で接したサイファーの腹から、じんわりと熱が登って来る。
あんなに冷たかった足が、かすかな痺れと痒みを伴って体温を取り戻して行く。

ふと思いついて足の指をわきわきと動かしてみたら、


「やめろっつーの」


くすぐったがる素振りも見せないサイファーに、レポート用紙の束で膝を叩かれる。

目を上げるとその弛緩し切った笑顔と視線が合った。
声を出さずに笑い、本に視線を戻す。



ぬくぬくと体温を移された足が心地よい。


きっとこう言うのを、「愛されてる」と言うのだ。





























2005.02.11

久々述べるでした。

冷え性は本当にしんどいですよね…。
と言うわけでいつだか私がよく叫んでいた言葉
「サイファーを踏んで暖をとりたい」
をスコールに実践して頂きました(笑)

ちなみに、書き上げた5月現在。
私の足はまだコタツを必要としています…orz





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