俺は、猫と暮らしていた。















ふと、目についた空き家だった。

その日暮らしの生活で、今晩の宿はどうしようかとそこらを散策している時だった。
何の気もなしに、柵を乗り越えて侵入した。

埃の舞い上がる床を踏みしめながら家の中を探索していると、
何かが臑の辺りにごつんと当たった。

何度も何度も当たった。

何事かと思い、ライターで照らし出してみると、それは猫だった。
猫が、俺の臑に頭をしきりにぶつけていた。
暗い色を全部混ぜたような、お世辞にも綺麗とは言えない毛色の猫だ。

何だこいつは、と思いながら見下ろすと、
俺の目を見て猫はにゃあ、と鳴いた。

乱雑に頭を撫でてやると、猫は嬉しそうに手のひらに顔を擦りつけて来た。

猫は、相当人に懐いているようだった。
恐らく以前この家に住んでいた人間が飼っていたのだろう。
以前の飼い主は猫を置いて別の場所に移ったか、それとも死んだか。
猫は家につくと言う。
だったら、どっちにしろこの猫には関係のないことか。

ふと思い立って、猫を抱き上げてみた。
黒い色のシャツが一瞬にして毛だらけになって、抱き上げたことを後悔した。



そのまま、しばらく猫と暮らした。



猫は、年寄りのようだった。
毛艶が悪く、動作が異様におっとりとしていて、目の上が禿げていた。


猫は、リビングの窓辺にある1人掛けのソファが定位置のようだった。
飯やトイレで動くとき以外、ずっとそこにいることが多かった。
猫が離れた時に座ろうとしてみたことがあるが、威嚇された。
何か思い入れでもあるのだろうか。そう思ったが、相手はただの獣だ。
獣相手にまるで人間に対するような考えを持つ自分がおかしかった。


猫は、外に出たことがないようだった。
空き家には手入れをされてはいないが立派な庭があり、ソファに面している窓は常に開いていた。
外に出るのが怖いのか。あるいは以前ここに住んでいた人間に外に出るなと言われていたのか。
決して開けっぱなしの窓から外に出ようとはしなかった。



猫は、相変わらず俺と目を合わせるとにゃあと鳴き、
俺の足に頭をぶつけて擦りつけ、
頭を撫でてやると手のひらに顔を擦りつけながら気持ちよさそうに目を細めた。

食料を分けてやるとゆったりとした動作で平らげた。
抱き上げると俺のシャツに爪を立てながらごろごろと喉を鳴らした。

それ以外はずっとソファの上で丸くなり、
うとうとしているか、毛繕いをしているか、部屋の隅を見つめているか。
それだけだった。



空き家に住んで大分月日が経った。



ある朝、猫はソファの上で眠ったまま動かなくなっていた。
手を伸べて腹の辺りの毛並みを撫でてみたが、
抱き上げた時に感じるゆるい体温はなく、それはただひんやりとしていた。
ああ、ついに死んだか。そう思った。

いつまでもそのままにしておく訳にはいかないから、その晩、
決して出ようとしなかった庭に猫を埋めてやった。



そのまま、またただ時間が過ぎて、



日雇いの仕事から帰った家の、リビングに続くドアを開けて、俺は驚いた。
猫がいつもいたソファの上に、ひどく見知ったものが丸くなって寝ていた。
一瞬、猫が戻って来たのかと思ったほど、その姿はあの猫に似ていた。

そっと近づいて傍らに立って見下ろすと、それは目を覚ました。
そして俺の目を見て、サイファー、と一声鳴いた。
手を伸べて鈍色の髪を撫でてやると、手のひらに頬を擦りつけながら気持ちよさそうに目を細めた。
その仕草があまりに猫と同じだったから、あの猫がこれの姿をして蘇ったのかと思ったほどだった。

猫か?と問うと、それはあの猫とは違う色の眼を瞬いて、
にゃあ、と間延びした声で返事をした。

ふざけるなよ、と言うとそれは笑った。



その笑顔を見て、ああ、こいつは本当にスコールだ、と確信した。



抱き締めても、俺のシャツが毛だらけになることはなかった。
ただ、俺の名前を呼ぶ声と、あの猫と同じゆるい体温が残った。


























俺は今も、猫と暮らしている。








































2005.07.06
久々の…(吐血)

うーん、猫とサイファーさんという組み合わせはよく見掛けますよね。
ほのぼので可愛いです…。

…ということで猫だった訳ではなく、ただこういう書き方で書いてみたかった
だけなのでありました!(爆)





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