寝ぼけるのも程々に





「スコール、サイファー知らない?」


だらだらと午前中の授業を終え、
昼飯でも食べるか、と食堂に向かうために腰を上げたところを、呼び止められた。
目を上げてみると、先ほどまでの授業を受け持っていたキスティスだ。


「…さあ」


サイファーの居場所など知る訳がない。
さっきまでの授業にサイファーは姿を現さなかった。よくあることだ。
サボッてバラムの街まで遊びに行っているのかもしれないし、
どこかで昼寝でもしているのかもしれない。
そもそもサイファーとは親しい訳ではない。
居場所など逐一知る訳もない。

肩を竦めて知らない、と表示すると、キスティスは眼鏡を外しながら困ったわね、と呟いた。


「この課題、サインないと受理できないのよ。期限は今日だし」

「…はあ」


金髪の教師がひらひらと振って見せるのはたしか、この前の授業で提出したレポートだ。
確かにサイン必須だったな…と思い返しつつてきとうに相槌を打ち、
ふと、あ、ヤバイ。と思った。
何故キスティスがわざわざ自分の所にやってきて、こんな話をするのか。
それはもう決まっている。


「ね、スコール。ちょっとサイン貰ってきてくれない?」


ああ、やっぱりか。
ばさりと机の上に置かれた紙の束を見つめつつ、ため息が漏れた。

正直、嫌だ。面倒臭い。
どこにいるかも解らないサイファー探しなど、御免被りたい。
次の授業に出てくれば話は簡単だが、ちゃんと出て来るかも解らない。
しかもこれから昼食をとろうと思っていた矢先にこれだ。

できれば断りたい。
だが、それは無理だ。
相手が同じ生徒だったならともかく、キスティスは教師。
「貰ってきてくれない?」などと懇願口調だが、それは命令以外の何者でもないのだ。
逆らったらどうなるか解ったものではない。


「…わかりました」


ハァ、とため息を吐きつつレポートを手に取ると、よろしくね、と微笑んで人使いの荒い教師は教室を後にした。
その優雅な後ろ姿を眺めつつ、さて、と腰を上げる。

向かう先を食堂から購買に変更しよう。
どこにいるか解らないサイファーを探すのに、暢気に食堂で飯など食べてはいられない。
レポート片手にぶらぶらと歩きながら、ああ、俺のA定食…と嘆いた。


購買で惣菜パンをいくつか買い込みガーデン内を捜索する。
サイファー探しは意外と難航した。
サイファーは良くも悪くも目立つ男だ。
だから適当に聞き込みをしていれば簡単に見つかるだろうと、そう思ったのが甘かった。
サイファーは目立つ、そして記憶に残る。悪い意味で。
探し人の情報は比較的簡単に手に入った。だがそれが問題だった。

校庭で見た。
校門前で見た。
訓練施設前にいた。
図書室で見た…あれ?それは昨日だっけ?

サイファーは行く先々で人の記憶に残るので、情報がありすぎたのだ。
この調子でサイファーがガーデン中をブラついていたとしたら、探す場所が多すぎる。


「くそ、ウロウロ徘徊するなよ…」


2階の廊下を進みつつ、自然と悪態が口を付く。
参った。このままでは買ったパンを食べる時間すらなくなってしまう。
これは先にパンを食べて、その後探した方がよさそうだ。
そう思ってゆっくり出来そうな場所を探す。寮に戻ってもよかったが、如何せんここからだと遠すぎる。
ここからなら2階デッキが近い。
普段は人も多い場所だが、昼休みも半分を切ったこの時間なら、そんなに人もいないだろう。

そうしてたどり着いたデッキへの出口のドアを軋ませながら開くと、
ソレはそこにいた。


「…………」


日陰になる場所でのびのびと長くなって、昼寝をする男。


両腕を枕に仰向けになり、大口を開けてかーかーと眠る姿を見て、頭が痛くなるような気がした。
普段はむっつりと無愛想で凶悪そうな顔とは違った無防備なその顔に、イラついた。

人が腹を空かせて探し回ってやったというのに、暢気に寝こけやがって。
その大口に虫でも突っ込んでやろうか。

ふと本気でそう思ったが生憎と虫はいなかった。


「死んでしまえそのまま」


イライラを込めてそう一言爆睡する男にぶつけると、割とスッキリした。
スッキリしたら、腹がぐきゅると音を立てた。

折角だからここで食べるか…と、眠るサイファーから少し離れた場所に腰を落ち着ける。
バリバリと惣菜パンの袋を破り、その中身にかぶりついた。
もくもくと咀嚼しながら、どうせ暇だしな…とサイファーの書いたレポートに目を通す。
その、「植物系モンスターの成り立ちと分布、繁殖について」は、いくつかあった項目の中で自分と同じ選択だった。
食べ終わったゴミを丸めて新しいパンの袋を破りながら、レポートを読み進める。

普段授業をサボりにサボったり、ぐうぐうと居眠りばかりしているサイファーのレポートは、意外なほどよく纏まっていた。
どんな適当なことが書いてあるのだろうと思って読んでいたが、結構緻密なデータ分析に驚く。
中にはへえ、と思わされるような考察もあり、悔しいことにかなり夢中になって読んでしまった。

ぺらぺらとレポートを捲りつつもぐもぐとパンを食べていると、
人の気配に気づいたのか、それとも食べ物の匂いに反応したのか、寝こけていた男が身動ぎする。
起きたか?と思ってその顔を覗き込んでみたが、完全に起きた訳ではなさそうだ。
いや、寝ぼけているのだろうか。
サイファーはごろりと体制を変えると片腕でずるずるとこっちににじり寄って来た。
匍匐前進のようなその姿を、何やってんだと眺めていると、
芋虫のように這って来た男は胡座をかいて座っていた自分の膝に頭をぶつけて動かなくなった。
そしてそのまま、またぐうぐうと寝入ったようだった。

…何がしたんだろうか

疑問符を頭一杯に浮かべながら、膝に押しつけられたその頭を引きはがそうと黄色いそれに手を掛ける。
整髪料で固めているらしいその髪は、ちくちくと手に突き刺さる。
それでも痛い訳ではないその感触は珍しい。

おお、おもしろい。

ちくちくとした触感をうっかり楽しんでしまった。
手のひらでぽんぽんと叩くようにしたり、さくさくと掻き分けたりしていると、不意にサイファーが唸った。
その声を聞いてハッとする。
自分は何をサイファーの頭を弄って楽しんでいるのだろうか。

…おぞましい

慌てて手を引っ込めると、更にサイファーが唸った。
そして、膝に押しつけられたままの頭を、ぐりぐりと強くすり寄せて来る。
その様に軽く混乱した。

何なんだいったい!?と思いつつ、その頭を押しのけようとがっしり掴むと、がむしゃらな頭突きが止んだ。
気味が悪いと思いつつ、手を外すと、またぐりぐりが始まった。

本当に気味が悪い。
男にぐりぐりされても嬉しくも何でもない。
相手がサイファーなら尚更だ。


「…何なんだ!」


ばちん、と音がする勢いで頭を押さえると、ぐりぐりは止む。
途端におとなしくなるその姿を見て、ふと、先日野良猫に餌をやった時のことを思い出した。
膝の上に乗った猫は撫でるとぐるぐると気持ちよさそうに喉を鳴らしているのに、手を外すと途端に膝に爪を立てて来た。
それに辟易して撫でると、爪を引っ込めて甘えた声を出して、手を外すと不機嫌になる。その繰り返し。

これがもしやそれと同じだとしたら。
…つまり、撫でろと?

自分の考えついた結論にひィ、と怯えつつも、試しにそっと黄色い頭を撫でてみる。
猫にやってやったように、優しく、ゆっくりと。
すると、サイファーから満足げな吐息が漏れた。
顔を覗き込んでみると、これまた満足気に笑顔を浮かべていたりなんかして。

……うわあ

不本意ながら、かわいい、と思ってしまった。
このデカくて極悪面でふてぶてしい男を。

きっと夢うつつで、頭を撫でているのが自分だということに気づいていないのだろう。
彼女か何かと間違えているのか、それとも昔のことでも思い出して、母親に撫でられている気持ちにでもなっているのか。
その無防備すぎる姿を見て、なんだか爆笑したい気持ちになってきた。

かわいい、かわいくて、バカだ。

必死で笑いをこらえるが、顔がニヤついてしまうのは止められない。
お〜よしよし、と撫でくりしてやりながら、このことで後日からかってやろうと決める。
どんな顔をするだろうか。
照れるか、それとも怒るだろうか。
どっちにしても必死になって否定するだろう。
自分に撫でられて、ウットリしていたなんて。

再び爆笑しそうになるのを必死で押さえていると、午後の授業を知らせる予鈴が鳴った。
手を離すと同時、立ち上がる。
サイファーがまたごそごそと身動ぎし出した。
きっと自分を探しているのだ。

笑い出しそうになるのを我慢しながら、うつぶせて珍妙な格好になっているサイファー脇にしゃがみ込み、
ひとつだけ残ったメロンパンとレポートをそこに置く。
行き倒れとお供え物のようなその構図にまた笑いがこみ上げる。


「成仏しろよ」


笑いの滲む声でそう言って軽く手を合わせると、さっさとその場を後にする。
レポートは渡したし、後は知らない。






目を覚ましたサイファーが目の前に置かれたメロンパンとレポートを見て
「なんじゃこりゃ?」と呟くのは、1時間後の話。


































2006.04.14

リハビリに一発。

寝ぼけて甘えるサイファーとびっくりしつつ甘やかすスコール。
う……うぶううぶぶぶ(混乱)

何か読み返すとスコサイ…っぽいけどサイスコなんですよ!(主張)
サイファーを愛でようの会。





back--→