あたたかい食卓




受信メール
from スコール
subject 食材

長ネギ 3本
豆腐 木綿2丁
しらたき 1袋
えのき茸 1袋
白菜 半分
豚バラ 300g
春菊 1束

酒適量

頼んだ








「鍋だ」

「おう」


買い物袋をぶら下げて久々にスコールの部屋に上がり込むと、
いきなりそう言われた。
言われなくとも買った物の内容で解る。
今夜は鍋らしい。

サイファーが上着を脱いだり煙草に火を点けたりしているうちに、
スコールが手早く下ごしらえをする。
白菜と春菊と長ネギを洗って適当な大きさにざくざく切って、豚肉も食べやすい大きさに切る。
豆腐をパックから取りだしてこれまた4分の1に切ってしらたきも袋から出す。
最後にえのきをバラせば終了。
鍋は簡単だからいい。
勝手にビールを飲み始めているとスコールが大きなザルと大皿を両手に持って来た。
ザルの上には白菜、長ネギ、春菊、えのきに切った豆腐、水を切ったしらたき。
皿の上に乗っているのは豚肉。山盛りだ。


「ところで何で春菊だよ。鍋っつったらニラとかじゃねえ?」

「俺は春菊が好きなんだ。春菊の入っていない鍋なんか鍋じゃない」

「変な所にこだわってんな」

「うるさい」


目の前のテーブルにはカセットコンロと取り皿やらお玉やらサイファーには解らない調味料やら。
そこにキムチの素を見つける。
今日は豚キムチ鍋。
キムチの素は誰かから徴収したので必要なかったらしい。
ドサッとザルをテーブルの上に置き、またキッチンに戻ったスコールは今度は土鍋を持って来る。
鍋をするときにいつも使う見慣れた、2人で使うには大きすぎる鍋だ。
スコールがカセットコンロの上に鍋を置くとサイファーがコンロのつまみを回す。
ボッと景気のいい音を立てて火がついた。


「なースコール。前々から思ってたんだけどよ、俺たちそろそろ別れねえ?」

「そうだな。俺も結構前からそう思ってた」

「だろ?雰囲気がなんかそんな感じだったもんな」

「ああ。何かもう飽きた」

「ひでーなそりゃ。まあ、俺も似たようなモンか」


鍋の中には半分より少ないくらいの水が入っている。
サイファーからすれば少ないんじゃないかと思える量だが、野菜から水分が出るから問題ない。
2缶目のビールに突入しているサイファーを尻目にスコールは暖まってきた鍋の中の湯に、
豪快にキムチの素をぶち込む。
ついでに何やらの調味料も加えていく。
概ね入れ終わると、次は菜箸でぐるぐるかき回してその菜箸の先についたスープを味見する。
満足したらしいスコールが腰を落ち着けた。
スープが暖まるまでは待機時間。


「まー、ぶっちゃけ最近グダグダだったしな」

「一緒にいても楽しくないし」

「そりゃお前がムッツリしてるからだろ」

「俺がムッツリしてても前は楽しかった」


ほどなくして鍋の中のスープからほんのりと湯気が舞い始めた。
赤いスープからスパイシーな何ともいい匂いが立ち上る。
まず入れるのは豚肉。
大皿から無造作に鍋の中にボチャボチャ半分ほど落として行く。
肉が終わったら次は白菜。
かさばるので入るだけ入れて萎れるまで少し待つ。


「あんなに盛り上がって付き合い始めたけど、あれも結局何だったんだか」

「あー今思うと恥ずかしいな」

「だろ?いたたまれない」


白菜が少し場所をあけて来たら、その隙間にえのき、長ネギその上に春菊。
豆腐にはまだ早いから一旦蓋をする。
その間にスコールもビールを手に取った。
ぐらぐら言いそうな鍋をにらみつけながら一口、二口。


「何で俺たち付き合い始めたんだっけ?」

「…忘れた」

「俺も詳しくは忘れた。やっぱ長く付き合ってると忘れるもんかね」

「そうなんだろ。実際」


そうこうするうちに鍋が沸騰して来たらしい。
蓋に開いた小さな穴から蒸気がぽこぽこと吹き出してくる。
それを見て、スコールは蓋を開けた。
ぶわっと上がった少しつんと香辛料の匂いのする湯気をサイファーが手で扇いで追いやった。
すっかり沸騰した鍋はグツグツと音を立てて泡を立てていた。
真っ赤なスープが煮立つ様はちょっとばかり地獄の様相を呈している。
やっと豆腐を、と思った瞬間、待ちきれなかったのかサイファーが腕を伸ばして鍋の中に箸を突っ込み、肉の塊を探り出した。


「まだ早い!!!」

「あでェ!?」

「まだその肉は煮えてない」

「いつもの鍋はこんぐらいで食ってるじゃねーか」

「馬鹿。これは豚だ。生で食ったら大惨事だ」

「そうなのか」

「そうだ」


別に大惨事になる訳ではないが、火を通すに越したことはない。
つんつんと名残惜しげに肉をつつくサイファーに「行儀が悪い」と菜箸で攻撃を与え、
豆腐を投入する。木綿だからそうそう崩れはしないが、やはりこの作業は気を遣う。


「何となくもう一緒にいる意味が解らなくなって来た」

「そうだなー」

「このまま無駄にダラダラしてるんだったら別のトコ行った方がいいだろ?」

「まったくもってそうだな。可愛い女の子とかよ」


豆腐を全部無理矢理詰めてから、肉を持ち上げる。
脂とスープに浸されて茹でられた豚肉はほこほこ湯気を立てながら白く茹で上がっている。


「居心地いいけどな。やっぱこのままなら一緒にいない方がいいんだろな」

「俺も、あんたといるのは疲れないからいい。けどやっぱダメだ」

「あー…でもなー。新しい恋人とか見つけるのもうめんどくせー」

「気合い入れろよ」


「よし」とGOサインを出とサイファーは肉をがっつき始めた。
どれほど腹が減っていたのかガツガツと肉を貪るサイファーを眺めてから、
スコールも火が通ってしんなりした白菜に箸を伸ばす。


「あ、そうなるとお前の鍋を食うのも今日が最後か」

「ああ、味わって食えよ」

「おー」


サイファーはもぐもぐとキムチっぽくなった肉の味を満喫し、
そして次にまだ鍋に残っていた肉の塊を箸で掴むと長ネギをかじっているスコールの皿に入れた。
肉以外のものがまだ半分以上入っていた取り皿に強引に突っ込んだもんだから、
肉汁が軽くテーブルに飛び散った。


「もっと肉食え」

「いい。…やめろ」

「肉食わねえからそんな薄っぺらいんだお前は。半分食え」

「半分も食えるか」

「じゃあ何でこんな肉多いんだよ」

「あんた肉好きじゃないか」

「まあそうだな」

「気にしないで食え。じゃんじゃん食え」

「おう。お前せめて今盛ったのは食えよ」

「努力する」


渋々肉を口に運ぶスコールを眺めながら、新しい缶ビールを開ける。
鍋から上がった蒸気で部屋全体が熱いぐらいだ。
寒い冬に熱々の鍋を食べながら冷えた缶ビールが美味い。
何とか肉を食べ尽くしたらしいスコールが、まだ待機状態だった肉と野菜を鍋に追加する。


「そういや冬は鍋ばっかだったよな。何でだ?楽だから?」

「嫌だったか?」

「嫌じゃねーよ。ただいつも色々作ってんのに冬は鍋ばっかだなーと」

「鍋したいって言っただろ」

「お前が?」

「あんたが」

「俺が?いつ」

「恋人が出来て結婚したりしたら、奥さんと子供と鍋つつくのが夢なんだーとか言ってただろ。いつかは忘れたけど」

「そんなこと言ったか?」

「言った。俺たちは結婚できないし、子供できないし。せめて鍋くらいつつかせてやろうかと思って」

「だから鍋オンリー」

「オンリーじゃないだろ別に。鍋って言ったってレパートリーあるし」

「ああ、おでんとかな。アレ美味いよな」

「ま、今となっては新しい恋人に鍋作ってもらえるからいいだろ」

「あーそうだな」



肉はまだ食べたいが赤いスープに浮かぶ白い四角い豆腐が気になった。
その欲望に逆らわずサイファーは豆腐に箸を伸ばす。
一番大きい塊を箸で挟んで、持ち上げる。
しかし、力を入れすぎたのか豆腐はもろくも半分に千切れた。
気を取り直して千切れた半分を箸で掴む。
今度は上手く行ったと思われたが、取り皿に持っていく途中で、また千切れた。
小さくなった豆腐が鍋の中にぼちゃんと落下する。
悪戦苦闘していると、脇からスッとお玉が差し出された。


「これ使え」

「おう、サンキュ」

「…というか、最初っからこんな解りやすいとこに置いてあるんだから使おうと思うのが普通じゃないか?あんたの目は節穴か」

「うっせーよ!」


渡されたお玉で乱暴に無惨な姿になった豆腐を掬う。
ホイと返すと、春菊をもぐもぐ頬張っていたスコールも豆腐を一切れ掬って、
お玉を鍋の端に立て掛けた。
取り皿に直接口をつけてスープごと豆腐を啜る。
熱々の鍋に浸かっていた豆腐はたまらなく熱い。
熱いが、それがまた美味い。
はふはふと咀嚼して、ビールで熱さを誤魔化す。
追加分じゃない底の方に沈んでいた白菜も浚って食べた。
咀嚼すると染み出してくるスープの味を堪能する。


「可愛い女の子とつきあって、結婚して子供産まれて、家族で鍋とかつついてよ」

「ああ」

「何かいいなそういうの」

「だから、あんたがそう言ったんだって」

「あー。お前と鍋つついてるうちにすっかり忘れてた」


キムチの素しか入れていないはずのスープは肉や野菜のダシとキムチの辛さが混ざって何とも言えず辛酸っぱ美味い。
サイファーは脇に置かれたお玉を手に取ると、スープを掬って取り皿に移して飲んだ。
飲み干して、新しい白菜やしらたきを鍋から掬うついでにまたスープを掬って取り皿に流し込む。
そこに煮えたての肉をたっぷり入れてかっ込みながらスープを飲む。
また豆腐を取るついでにスープを掬う。


「あんた、ガバガバ汁飲むな!」

「うっせーな、好きなんだよ汁が!」

「それにしたって飲み過ぎだ。なくなるだろ!」

「別にいいだろなくなったって」

「よくない。雑炊できないだろ」

「え、雑炊すんの」

「するだろ。うどんがよかったか?」

「いや、雑炊で。是非、雑炊で」


サイファーがぺこぺこと頭を下げてお玉を差し出す。
それでよろしい、と頷いたスコールが脇にあった炊飯器を手繰り寄せた。
菜箸で鍋に残っていた肉の切れ端やら野菜の小さいのやらをサイファーの取り皿に放り込んで、
炊飯器から炊きたてでほこほこ湯気の立つ白いご飯をしゃもじで掬って適当に鍋の中に移していく。
サイファーがお玉でかき混ぜると、ごっそり塊になっていた米が崩れて赤いスープに沈んでいった。
コンロの火を少し強めて、蓋をする。
その間にスコールも2缶目のビールに手をつけた。


「でもって奥さんが皿洗ったりしてるのを後ろから眺めたりして、手伝えとか文句言われてよ」

「俺は今忙しいんだ。とか言って子供の相手して」

「あー、いいな」

「いいな」


そのうちくつくつと音がし始めて、スコールは土鍋の蓋を外した。
お玉で雑炊を少し掬って味見して、納得行く味だったのかサイファーの取り皿に雑炊を盛ってやる。
そして自分用にも鍋の中身を取り分けると、啜るように食べ始める。
サイファーはとりあえずがつがつと一杯食べ尽くし、
次いで2杯目とお玉に手を伸ばし、不自然な体制で鍋の中身を掬う。
取り皿にあける前に雑炊まみれになったお玉からぼたぼた米粒がテーブルに落ちた。


「汚い。あんたは赤ん坊か!」

「うっせ」

「ったく…俺がよそうからあんたはじっとしてろ。汚れてしょうがない」

「おお、大盛りな」

「はいはい」


お玉にこんもりと雑炊を掬って取り皿に盛ると、サイファーは嬉しそうにへらへら笑った。
苦笑しながらそれを眺めて、スコールは布巾でこぼれた雑炊を拭き取る。
残った鍋汁でほどよくふやけてキムチ味になったご飯は、独特の味と風味だがたまらなく美味かった。
たまに混じっている肉や野菜のくずが妙に嬉しい。
夢中になって雑炊を口に運んだ。


「お前、幸せになれよ」

「あんたもな」


その後は無言で、暫しかつかつずるずると雑炊を啜る音。
お玉でごりごり底の方まで擦って雑炊を食べ尽くし、
鍋と皿を嘗めたように綺麗にしたサイファーは静かに箸を置いた。


「ごっそさん」

「どうも」


食後の一服、と早速煙草に火を点けるサイファーを横目に見て、
やや遅れて完食したスコールが食卓を片づける。
取り皿、箸、コップ。
お玉にザル。調味料。
とりあえず洗い物をまとめて水をためたシンクに沈める。
調味料は冷蔵庫の横の棚にしまう。
その間にサイファーは咥え煙草でカセットコンロを片づける。
ガスを抜いて、コンロの本体を適当にティッシュで拭いて箱にしまう。
箱の定位置はテーブルの下。
空き缶をガラガラと片づけている間に戻ってきたスコールが布巾でテーブルを拭いて、
土鍋を持ち上げる。
再びキッチンに向かおうと背を向けたところで、サイファーは残ったビール片手に、帰ろうと腰を上げた。


「ところで明日は」

「おでん」

「おー、いいな。餅巾着入れてくれよ」

「ああ」

「ちなみに春菊は」

「入れるに決まってるだろ」

「俺は食わないぞ」

「そりゃいい。独り占めだな」


シンクの中に、最後に土鍋を沈める。
洗うのは、また明日。



















Fin.

2006.12.15




冬のリンクラリーに参加させて頂いたブツでしたー。
テーマが「冬」ということで…
「冬…冬…冬と言えば…鍋!!」
と呟きながら起きたある日。ネタは決まりました。
ただどうにも無理矢理形にしようとしたせいか上手く行かず…
できあがったらこんなんでした!(爆)

反省ばかりです。ぐはあ…

鍋を食べながらの会話の中にどんな含みがあったかは(あるいは含み皆無でも)
読み手次第でございまー!(逃げた!!)




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