思い出せる程度の 昔の話をしてみよう。































音楽が終わったら









































音楽の好きな男がいた。

音楽の嫌いな男がいた。






































音楽の嫌いな男は、音楽の好きな男のことが好きだった。


好きだとか言う以上に、愛してもいた。

一生を共に過ごし、
声を掛ければ返事の返ってくる距離で歩いてゆきたいと思っていた。


音楽の嫌いな男は、それを音楽の好きな男に伝えたかった。

だから音楽を聴きながら今も食事に勤しんでいる音楽の好きな男に声を掛けた。



「話あんだけど、今いいか?」

「音楽が終わったらな」















































無秩序でない、
リズムに支配された音を聴くのが何より落ち着くのだと音楽の好きな男は言った。



音楽の好きな男の部屋には、シンプルで小作りなレコードプレイヤーがある。

音楽の好きな男が部屋にいる間は、朝から晩までそこから音楽が流れていた。


しかし朝の陽気な音楽に目を覚ますのは、音楽の嫌いな男にとって好ましくないものだった。

折角の気持ち良いはずの朝の光まで煩わしい。

その中で音楽の嫌いな男に朝の挨拶を告げる音楽の好きな男の声は唯一有機的に感じられて、
音楽の嫌いな男は音楽の好きな男を抱き寄せた。


音楽の好きな恋人は嬉しそうに笑う。



「お早う。キスしていいか?」

「音楽が終わったらな」
















































音楽という枠に囚われず、
整然としたリズムを刻む音は無機的で煩わしいと音楽の嫌いな男は言った。



音楽の嫌いな男の部屋には、必要最低限の家具しかない。

音楽の嫌いな男が部屋にいる間もいない間も部屋の中に流れる音は冷蔵庫の立てる僅かな振動音だけだった。


ただでさえ静かな夜に、更に音楽のない部屋にいるのは音楽の好きな男にとって苦痛でしかなく、
音楽の好きな男はいつでも小型の機械を持ち込んで音楽を聴いていた。

それでも夜と音楽の嫌いな男の部屋独特の雰囲気は音楽の好きな男の気持ちを落ち着かせない。

その中で、音楽の好きな男に話し掛ける音楽の嫌いな男の声は無秩序なはずなのに心地良い音楽に感じられて、
音楽の好きな男は正直にそれを音楽の嫌いな男に告げた。


音楽の嫌いな恋人は嬉しそうに笑う。



「……抱いていいか?」

「音楽が終わったらな」



































ある日、音楽の嫌いな男は音楽の好きな男の死を知った。


音楽が好きな自分の恋人は、ちょっとした誤りで命を落としたらしい。




極めてあっさりと、
音楽の嫌いな男の世界から音楽はその姿を消した。






















音楽の好きな男の葬儀が終わった夜。

音楽の嫌いな男は、音楽の好きな男がよく聴いていたレコードに自分では初めて針を落とした。

流れ出した軽快な音楽はやはり好きではなかったけれど、
音楽の好きだった彼の人を思い出せるのならそれもいいか、と笑う。






「なぁ、泣いてもいいか?」











音楽が終わったら。













































音楽が好きな男がこの世を去って3日後。


レコードを一枚だけ持ち去って
何も告げずに音楽の嫌いな男は音楽が好きな男と共に過ごした場所を後にした。



































音楽を嫌いな男がその後何処へ行ったのか。

何処で暮らし、

どんな人間と過ごしたのか。

どう生きたのか。

どう死んだのか。



音楽を嫌いな男がその人生を終えるまでにそのレコードに針を落とすことがあったのか。






















多分、誰も知らない。








































































2002.03.19

またもリハビリ作です。

この述べるのタイトルは「OVER THE MUSIC」という曲から頂きました。
邦名がコレのタイトルなのですが、
深夜ラジオで初めて聞いたその単語で珍しくもここまで広がったので…。
勢い余って書いてみました。
しかし本物はどういう内容の歌なのだろうか。
素敵なオジサマが歌っていたような(笑)





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