「…俺、何やってるんだろう…」


心地よい波音が響くバラムの港で、
どこまでも続く青い空と白い雲を眺めながら溜息をついた俺に、


「釣りだろ」


隣に座ったサイファーは、釣り糸の先を眺めながら当然のようにそう答えた。








めんどくさがりの愛








そもそも、釣りに行こう、というサイファーの申し出を断ればよかったのだと思う。
いつもはのこのこついてなんて来ないのに、俺も休日でヒマだったしやりたいことも特になかったしで、二つ返事で承諾してしまった。
その返答を聞いて、そんじゃ行こうぜ!と嬉しそうなサイファーにやたらと重い荷物を持たされてボロ車の助手席に押し込まれて、

やって来たのがサイファーお気に入りの釣り場らしいバラム港だった訳だ。

サイファーは嬉々としてパイプ製の折り畳み椅子を堤防の縁に設置してそこに腰掛け、隣に同じように椅子を置いて俺に座れと促した。
俺がそこに座るとぽいと渡されたのは釣り竿だ。
まさか俺にまで釣りをしろと要求してくるとは思ってもいなかったから、さすがに驚いた。
いらない、と返そうと思ったがサイファーはひどく上機嫌で、
フンフン鼻歌など歌いながら釣り針の先に器用にミミズのような餌をつけている。
何で今日はこんなに機嫌がいいのだろうか?
そう思いながらどうすればいいのかさっぱり解らず目の前の男の挙動を見つめていると、サイファーはひゅん、といい音をさせて釣り竿を振った。
しばらくして、遠くの方から気の抜ける水音が聞こえる。
どうしようかと迷ったが


「お前もやってみろよ」


と上機嫌な声で促されてれてしまえば仕方がない。
俺も見よう見まねで餌をつけ、サイファーに倣って遠くに投げる。



それを何度か繰り返して、2時間経った。



つまり、先程のサイファーの返答は、さもありなんな訳なのだが、
釣りを初めて2時間で、もう俺は飽きていた。

サイファーがやけに嬉しそうだったから釣りも以外と楽しいのかもしれない…と思った俺がバカだった。
一匹も釣れない上に、やることと言ったら海を眺めるか雲を眺めるか他の釣り客を眺めるか考え事をするかしかない。
本かノートパソコンでも持ってくればよかったと後悔して溜息が零れる。

会話などとっくにない。
そもそも俺とサイファーは会話が噛み合わないことの方が多いのだ。

けれどこのままこうやって無言で釣り糸を垂らし続けるのも気まずいから、
何か話題を探そうと思うが…それがめんどくさかった。
そんなに嫌なら帰ればいいとは思うが、それをして喧嘩に発展した場合、
後でサイファーの機嫌を取ってやるほうが果てしなくめんどくさい。

…つまり、俺はめんどくささの果てにこうしてまったりと釣り糸を垂らしている訳だ。

ひたすら無言の空間に、波の音と時折サイファーが釣り糸を垂らすぽちゃんという音が響く。
俺はもはや投げ直す気力すらなくただ釣り竿を持っているだけの状態。

会話のない気まずさを少しでも考えないために、
隣のサイファーと手元の釣り竿を意識から切り離して俺は思考の海に没頭することにした。


釣りなんてどこが面白いのだろうか…
魚ならバラムのマーケットにだって売っているだろうしこんな手間をかける意味がわからない。
サイファーはよく来ているようだがこんな何もしない時間ばかりで飽きないのだろうか。
毎回一匹も釣れないのになんであきらめないのだろうか。あんなに飽きっぽい男が。
数分ごとにリールを巻き直して餌をチェックしてまた投げての繰り返しがめんどくさくはないのだろうか。
なんでサイファーは俺を釣りに誘う気になったのだろうか。
俺なんて連れてきても押し黙ることしか出来ないというのに。
サイファーは俺のどこがよくて付き合ってるんだ?

そもそも…

何故恋愛はこんなにめんどくさいのだろうか。

まず、顔を合わせたら会話をしなければならない。
会話のなかで相手の喜ぶようなことを言ってやらなければいけないし、
喧嘩をしたら機嫌を取ってやらなければならないし、
落ち込んでいるときには気を使ってやらなければならない。
朝起こしてやらなければならないし、一緒に朝食をとらなければならない。
休みの日には一緒に出かけなければならないし、
怪我をしたら心配して、治ったら喜んでやって、
任務の時は見送って、帰ってきたら出迎えて、
キスもしなければいけないしセックスだってしなければならない。

サイファーと付き合っているだけで、俺一人でいる時には必要ない項目が無尽蔵に増える。
それが果てしなくめんどくさい。恋愛はめんどくさい。


あまりそうは見られないが、俺はかなりのめんどくさがりだ。
仕事やガーデン内では見せないようにしているから誰も知らないが、
サイファーだけは知っている。
そんな俺がめんどくささの極みの恋愛を、このサイファー相手に4年もやっているのかと思うと、気が遠くなる。
なんで俺は4年もあって途中放棄しなかったのだろう?
これからも続くかと思うとうんざりする。


「何で俺、4年もあんたと付き合っていられるんだろう…」


そうぼそりと零すと、隣に座って水平線を眺めている男は、
俺が何を考えていたのか知るはずもないのにさらりと言ってのける。


「愛だろ」


ああ、そうか。それだ。





………………

……………





いやいや。

それはちょっと違うんじゃないか?
よりにもよって愛とは何だ、愛とは。

そもそも愛って何だ。


何故か一瞬、得たり、と思ってしまったことを自己嫌悪する。
それでもどこか完全には否定できないような気がして、


「何ブツブツ言ってんだ?」


釣り竿を片手に持ち替えてこっちに身を乗り出して来るサイファーの、日を受けて光る頭に手を伸ばす。
そのままくしゃりと髪をつかむと、


「何だよ」


と言ってサイファーは実に嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、がつんと頭をぶん殴られたような気持ちになる。


ああ、くそ。愛か。愛なのか。


趣味の合う訳でもないあんたと会話しようと必死に話題を探すのも、
険悪なままなのが嫌で一生懸命機嫌をとるのも、
自分には関係ないのに怪我や病気に心配したり、
いっしょに出掛けたり帰って来るのを料理作って待ってたり、
男同士なのにキスしたり、セックスなんてするのも、

それも全部愛のなせる技なんだと言うなら
俺は「まったくもってその通りです」と言うことしかできない。

…否定できないことが悲しい。
一瞬でも納得してしまった以上、認めざるを得ない。


「そうだ。俺はあんたを愛しているんだろうさ。これ以上なく」


開き直った瞬間、そんな言葉が勝手に出た。


「!?」


それを聞いたサイファーが、カランと釣り竿を取り落とした。
そして見る間に表情が硬直した。
その表情はあってはならないものを見たような驚愕のそれだ。

…そんなに驚かなくてもいいだろうに。
俺はサイファーにどんな人間に思われていたんだ?
…まあ、今の表情を見れば大体は察しがつくが。


「……………」

「……………」


サイファーは上半身を乗り出した不自然な格好のまま固まって、何も言わない。
サイファーから何かしらリアクションがあるだろうと思って、
俺も、何も言わない。


ざあざあとうるさい潮騒を聞きながら、
しばしの沈黙。



サイファーの顔面が突如真っ赤になった。

体勢を整えようとしたのか、椅子に座り直そうとして重心を崩したらしい。
どんがしゃ、と大きな音を立てて見事にこけた。
慌てて手をさしのべる俺を無視して盛大に椅子を蹴飛ばして一度立ち上がると、へたりと地面にしゃがみ込む。
そのまま立ち上がろうともせず、また動かなくなってしまった。
俯いて地面を見ているサイファーは、もう耳と言わず首と言わず真っ赤だ。

さっきのセリフに動揺しているのだろうか…そうだとしか思えない。

俺の臆面もない告白に照れているらしい。
あのサイファーが。

がっくりと俯いた黄色い頭のつむじを眺めつつ、そう確信した瞬間、
今度は脳天にサンダガを落とされたような気分になった。


サイファーの前に腰を落としてコンクリートの地面に膝をつくと、
衝動に任せてその胸倉をひっ掴む。


ああ、これでまためんどくさいことになるのだろう。
でももういい。めんどくさくたってしょうがない。
これは俺が選んだことだ。
でもサイファーにも責任はある。大いにある。
だから


「ちくしょう、責任取れ」


そう呟いてサイファーの胸倉を掴んで引き寄せて、

目の前の愛している男にキスをした。










































ちなみに、
夕飯に作ったバラムフィッシュ(俺が釣った)のソテーはなかなかに美味かった。


































2005.10.11

…というわけで4周年ありがとうございます!でございました…(遅)

スコール視点でサイファーを愛でようが裏テーマでした。
照れサイファーかわいい…といいな!!
サイファーが始終ご機嫌だったのはスコールがついてきたからですよ。

愛って何だ。躊躇わないことさ!(ギャバンかよ)






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