「サイファー」


不機嫌そうな声が部屋に響いた。

返事はない。


「おい、サイファー」


もう一度呼びかける。
更に不機嫌な声は、テレビの音が部屋に満ちていてもはっきりと聞き分けられるほどに音量が上がっている。

だが、返事はない。


何故ならば、呼びかけられている男は爆睡中だからである。









こたつみかん









いつからだったかは覚えていないが、サイファーは夕飯を食べてから11時頃までの短い間、炬燵で寝るようになった。

本人曰く試験に向けた深夜までの勉強と、朝早くからある授業の所為で睡眠時間が少ない故に、そこで睡眠を補っていると言うことなのだが、
そんなことは知ったことではない。

炬燵で寝ると風邪を引きやすい。その上電気代がかかる。 風邪を引いたら面倒を見なくてないけないがそんなことは御免被りたいし、
電気代を払うのは二人で住んでいる以上折半である。

諸々の事情で炬燵寝は禁止だ、と常々言い聞かせているのにサイファーの転寝癖は一向に改善される気配がない。

問答無用で引きずり出してもいいが、面倒臭い。
そもそもこの重そうな男を引きずると言う試み自体に無理がある。


両腕を枕にぷぅぷぅ言って寝ている男を睨みつけるが、もちろん睨んだだけで何かが起こるわけでもない。
プライベートでしか見ない前髪を下ろした髪型と、目つきの悪い目が閉じられているせいで少しばかり幼く見える寝顔が今は異様に憎らしく見えた。

テレビの音量を下げつつおもむろにぶん、と右手を振り上げ


「おいっ!」

「うぐ…」


ガスッ、と前髪のかかるその額に手加減なしでチョップを叩き込む。
叩き込まれたサイファーは唸り声を上げて目を開けた。
暴力作戦は成功のようである。


「…んだよ、寝かせろ…」


額を押さえて機嫌の悪さげな声を発したサイファーはもそもそと上体を起こす。
テーブルの上の煙草とライターを手繰り寄せると一本くわえてカチカチと何度かライターを鳴らし、
つきゃぁしねぇ、と呟くとライターを投げ出してそのまままた目を閉じてしまった。

また寝る気である。

折角起きたものを、と何度か声を掛けて起こそうと試みたが、既に眠りの国の住人になってしまった男に効果は薄い。
さっぱり起きる気配を見せないサイファーに、うんざりとした気分になる。
もういい、とそのまま放置することにした。

風邪を引いても面倒は見ないし、電気代もサイファーに炬燵分を要求すればいい。
あと困るのはこの男だけだ。


あまり興味のないテレビ番組の知識を脳に蓄えつつ何とはなしに手元にあった蜜柑を手に取り、
のし、とその乱れた前髪の上に手元に置いてみる。
安定のいい場所を選び、そっと手を離すと…乗った。

炬燵の天板に顎をのせて煙草をくわえている寝惚けたサイファーの上に、
蜜柑は見事に鎮座坐した。


「ぶっ……」


愉快すぎる。あやうく笑い出すところである。
片手で顔を覆い、その面白すぎるオブジェから目を逸らした。
見たら絶対爆笑してしまう。

肩を小さく揺らして爆笑を耐えているのに、そこまで馬鹿にされているにも関わらず頭に蜜柑を乗せた男は一向に目を覚ます気配がない。
ここまで寝惚けているのを見るのは初めてである。
ふと、悪戯心が湧いて来た。
こんなに珍しいことはないのだ、だからこそ、楽しむに限る。


「サイファー」

「んー」


まだテレビの方向を向きながら…サイファーの方を見たら笑ってしまうからだ。
声を掛けると、くぐもった返事が返って来る。


「あんた、こないだのテスト赤点取っただろ」

「んー…うん」

「俺のカップ割ったのあんたか?」

「んー…うん…」


案の定、「うん」しか返事が返事が返ってこない。
更に愉快な気分になりつつ、質問を重ねてみることにした。
…ついでに、普段訊く気も起きない質問も。


「犬、好きか?」

「んー…うん」

「今月の給料全部俺にくれるか?」

「んー…うん」

「あんたバカだろ」

「んー…」

「サイファー」

「…ん」




「…俺より先に死ぬなよ」



「死なねーよ、バーカ」

「!!!」


急にサイファーの声が寝惚けていないしっかりしたものに変わったと思いきや、
後ろ頭に柔らかいものをぶっつけられる。
ころころと天板の上を転がって行くのは、さっきサイファーに乗せた蜜柑だ。

反射的に振り返ると、煙草を燻らせたままのサイファーがニヤリと笑う。
もうとっくに起きていたようだ。
つまり、まんまと寝たフリに騙されてしまったと言うことである。


「つーか、死なせんなよな」

「…起きてるならそう言え、悪趣味だな」


ぎろりと睨め付けるがサイファーはさっぱり話を聞いていないようで、
なあなあ、と顔を覗き込んで来る。

それを無視してさっき投げつけられた蜜柑に手を伸ばす。
むいむいと皮を剥いていく指先を眺めながら、サイファーは頬を緩ませた。


「お前も俺より先に死ぬなよ?」

「…じゃあ死ねないじゃないか」

「じゃあ死にたくなったら心中でもするか」

「冗談じゃない」


剥き終わった蜜柑を一房口に含み、真ん中から割った半分を煙草を灰皿に捻り込んでいる男に押しつけると、
憮然としてそっぽを向く。
その後ろ頭を見てサイファーは少し笑った。

口に放り込んだ蜜柑は既に結構しなしなになっていた。味も薄い。これは押しつけられる訳である。


「じーさんになってもこうやって二人で炬燵入って蜜柑食えたらいいな」


味のない蜜柑を二人で味わいつつ、わしわしと髪を掻き混ぜられる感触を楽しみながら、
実際、"じーさん"になった姿を想像してみる。

そこまで一緒にいられる確証も、そんな年まで生きていられる保証もないのであるが。


「…そうだな」


それはそれでアリかも知れない、と思ってしまう辺り、
炬燵で転寝するのが大好きなそこの男から一生離れられないような、



そんな気がした。































































2004.01.24

と言うことで某様のお絵かき掲示板に描かせて頂いたイラストからここまで妄想がですね!(爆)
そもそもその絵を描いてしまったのは筋肉少女帯を聴いていたからでして。
「あ〜あ〜こたつみかん♪あ〜あ〜こたつみかん♪」今も聴いてますが激しく脱力しますね(笑)

まあそれはなかなか筋少らしくイヤンな歌詞なのですが(笑)別にどっちかが神様の側でみかんむいたってかまいませんが(爆)
今回はこの形なのでした。ハイ。

ええと、サイハーさんのセリフについて妻に助言を強要してすみませんでした…!
こうやって人様の意見を聞き入れて行くことで更なる広がりが…!(ホントですか)
ちょっと変えてしまいましたが助言いただいたのは「死なねーよ死なせんな」の部分であります。
ご協力、感謝です…!!(ヘコー)

そしてスコールがやたらと「面倒臭い面倒臭い」言っているのは、
妻に私の書くスコールは私の臭いがプンプンすると言われたので。
「すげえやる気ない」臭を前面に押し出したからであります。自分で読んでいて自分を見てるようで嫌ですね!

…読みようによってはパラレルにもオフィシャルにもなります。ハイ。
パラレルの場合スコールは大学生、サイファーさんは、に…2浪………(ガーン)





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