初めて名前を呼ばれたのはいつだったか。


もう覚えていない。





ただ、今でも鮮明に覚えているのは、

浜辺に座って海を眺める俺のシャツの背中でボロボロ零れる涙を拭きながら
俺の名前を呼び続けている涙声と、


多分その時初めて感じた刺すような痛みと、
つられて泣きそうになって突き飛ばしたことだ。
















「サイファー!」


ガーデンに入学したての頃、俺はスコールのお守り役だった。
決して自分から志願したわけではない。
どこにいても俺の名前を連呼しながらすっ飛んでくるスコールが
俺以外には懐こうとしなかったからだ。


「サイファー!」


無防備な顔でまとわりついてくる小さいスコールは可愛いものだったが、
まとわり付いてくるスコールを見たクラスの奴らにからかわれたり楽しく盛り上がっている所に水をさされたり
いくらなんでもそんなことが長く続くと嫌になってくる。鬱陶しい。
そのうち俺はスコールを避けるようになった。

俺に煩わしいと思われていることに気づいたのか、
次第にスコールも俺に近づかなくなった。

それからしばらくはふとした瞬間にスコールのことを思い出したりもしたが、
授業や実技に明け暮れているうちに、すっかり忘れてしまっていた。








スコールが再び俺の目の前に現れたのは、それから何年後だっただろう。
ガンブレードの実技授業だった。
真新しいガンブレードを持ってわいわいと群れる新人共から少し離れた所に、スコールはいた。
まだガキ臭い顔立ちだったが、俺にまとわりついていた頃の無邪気さはさっぱり感じられない無表情でじっと支給されたばかりのガンブレードを睨み付けている。
背ばかり伸びてひょろひょろしていた。

そのひょろひょろが慣れない動作でガンブレードを振り回したり、隅の方で筋トレしたり、
俺はそんなスコールを時折遠くから眺めていた。
スコールは俺が見ていることに気づいていたようだったが、こっちに視線を向けたり苛ついた素振りを見せるようなことはなく、ただ黙々と訓練を続けていた。



それから更にどれくらい経っただろう。

一日の授業が終わり寮に帰ろうとガンブレード片手にぶらぶら廊下を歩いていたら、背後から声を掛けられた。


「サイファー」


誰だうざってえと思いながら振り向くと、そこにスコールがいた。
気にしてはいたがまさか向こうから声を掛けてくるとは思っていなかったもんだから、咄嗟に言葉が出なかった。


「…おう」


ちょっと間を開けてそう返すと、スコールは妙な無表情を顔面に貼り付けて今俺が出てきたばかりの訓練施設に視線をやった。


「ちょっと相手してくれ」

「……おう」


本当はうざってえ帰ると言いたかった。
けれど、スコールの手にしたくたびれたガンブレードや多少逞しくなった腕、こっちを睨み付けてくる生意気な目を見たら、
これからバラムに買い出しに行こうとしていたことや、図書館で借りたい本があったこととか、ちょっと感じていた空腹感とか、
そんなものが全部吹っ飛んだ。
我ながらバトル野郎だと思う。とにかくスコールと戦ってみたかった。





「行くぞ」

「おー」


戦ってみて、驚いた。
ガンブレードを振り回す力も満足にありそうには見えなかったスコールは、
事実ガンブレードに振り回されながらもうまくその重量を利用して予測もつかない攻撃を仕掛けて来る。

腕力でガンブレードを振り回している俺には思いつきもしなかった攻撃法を面白く思って数分防御に徹していたが、
やっぱりまだ未完成な筋力には辛いんだろう、あっちこっちにぶれる刃先を眺めているいちに段々つまらなくなって来た。
とっとと終わらせようと打ち込んだ一撃をまともにガンブレードで受け、スコールが大きくバランスを崩す。
そのまますっ転ぶと思ったが半歩後ろに引いて何とか転倒を免れ、それどころかその反動を利用して思いっきり横薙ぎに攻撃して来た。
鋭い一撃に一瞬目を奪われる。
躱そうとしたが次の瞬間、ガンブレードの峰が俺の脇腹を打っていた。
反撃のために体勢を整えようとしたが地面に放置されていた丸めたコードに足を取られて見事にすっ転び頭を打った。


「畜生いてえ…」

「だ、大丈夫か?」


立ち上がってバトルを続けようとしたが、情けないことに頭を打ったもんだから目が眩んで上手く立ち上がれない。
ちょうど通りかかったSeeDらしき女子に当たり前だが少し休んでから保健室に行けと言われ、
責任を感じたんだか何だかよく解らないが、スコールもついてきた。





保健室には誰もいなかった。
常駐のはずのカドワキ先生どころか、利用者もいないのは珍しい。

ちょっと困った顔をして医療品のある棚を漁りだしたスコールを横目に、
片付けられもしないで放置されている折りたたみ椅子に腰掛ける。
後頭部と脇腹がズキズキと痛んだ。

背を向けて棚をゴソゴソと漁っているスコールの、まだ成長途中の薄っぺらい背中を見ながら思う。

勝負が完全についた訳ではないし、油断していたけれど、いや、油断していた時点であれは俺の負けだ。
スコールは強くなった。これからもきっと強くなる。
いつか俺に追いついて、追い越して行く日も来るのかもしれない。

同じ位の力を持った人間がいるのはいいことだ。
その分こっちの訓練にもなって俺だって強くなる。
スコールにだけは負けたくない。


「本当に大丈夫か?サイファー」


ぼんやりとそんなことを考えていた耳に、スコールの声が届いた途端、
久々に胸を突かれるような痛みに襲われた。
いや、今まで以上の痛みだった、心臓を抉られたかと思う程の。


「…」


表情を引き締めようとしたその瞬間、ボタボタッと、生暖かいものが手に降りかかった。
一瞬、頭に怪我でもしたのかと思ったが違う。
それは透明な液体で、しかも俺の目から出ていた。

つまり、俺は泣いていた。


「湿布くらいしかない…」


片手に小さな袋をぶら下げたスコールが、ぱっと振り返る。
しまった隠さなければと思ったが間に合わなかった。
スコールは一瞬だけきょとんとしたが、すぐに慌てふためいて駆け寄って来た。


「あんた何泣いてるんだ?!」

「うっせ」


覗き込んでくるスコールの視界から涙を隠すために俯いて、シャツの袖でごしごしと目元をこする。
それでもそれは止まらない。
じわじわ溢れてくる涙にイラつきながら、じっと前に立つスコールの靴を睨み付けた。

と、頭に触れる物があった。
そっと髪に触れて、そろそろと撫でてくる。
スコールが、俺の頭を撫でている。

馬鹿にされていると思った。

その手を撥ねのけようとしたその時、
普段からは考えられないような静かな声で、スコールが言った。


「サイファー、俺、あんたのこと好きだ」


いつものつんけんした声とは違った優しい声に、一瞬にして頭に血が上ったのが解った。
慰められていると思った。馬鹿にされたと思ったのだ。
今さっき自分を打ち負かした相手に好きだ等と言われて、
無性に腹が立って仕方がなかった。


「てめえ、俺を馬鹿にしてんのか?」

「馬鹿になんかしてない」


唸って頭の手を払い除けて、まだ涙がボロボロ出続けている顔のままで睨み付けると、
スコールは戸惑った顔をした。
その顔を見たら、何だかスコールを傷つけたくて仕方なくなった。


「マジってか…気持ち悪ぃ」

「……悪い」


涙を拭きながら吐き捨てるように言うと、スコールは困った顔をして俯いた。
萎れたその姿にちょっと心が軽くなったような気がしてそのまま立ち上がって保健室を出ようとした俺に向かって


「でも、好きなんだ」


そう声が飛んできた。
その声はさっきと同じように俺の心臓にぐっさり刺さって、その痛みと衝撃で俺はキレた。
じっとこっちを見つめているスコールの元に大股で歩み寄るとその襟ぐりを掴んで床に引き倒す。
固い床に背中を打ち付けられて、何が何だか解らないという顔で見上げてくるスコールの襟を掴んだまま、
もう片方の手で肩を押さえ込む。

「やらせろ。俺のこと好きなんだろ?」


そう言って襟を掴んだ手に力を入れると、縫い目が軋んでビキビキと嫌な音を立てる。
それを聞いて今俺が言ったセリフの意味をやっと飲み込んだのか、
スコールの顔が泣きそうに歪んだ。
そうだ、そういう顔をさせたかったんだ。妙に満足した。


「…っ、ふざけるなッ!!」


ケツくらい貸しやがれ、と続けるとスコールが激怒した。
ガンとさっき打たれた脇腹を膝で思いっきり蹴られ、痛みに手を離した隙に顔面に拳が飛んで来る。
それを立ち上がって避けるとスコールも立ち上がり、体重を乗せた右手が今度こそ俺の顔面にヒットした。
まともに喰らってよろめきながら、俺はどこかでこいつマジで怒ってんなーと妙な感心をしていた。
何でか反撃する気も怒る気も起きなかった。
スコールはその後2発俺を殴って、3発蹴って、最後にさっきまで俺が座っていた椅子を力一杯投げつけて
何も言わずに保健室から走り去っていった。

閉じたドアを見ながら、そのまま保健室の床に寝ころぶ。
殴られた顔面や打撃を受けた体が痛くないはずはないのに、何故か心臓の方がずっと痛かった。


「くそ…痛え…」


スコールの泣きそうな顔を思い出しながら呻く。

それでいい。
もう俺に近づくんじゃねえ。
そう思った。





それからスコールが進んで俺に近づいてくることはなくなった。
つまり、あっちから近づいてきたのはあの時だけだ。
接触があるのは何か用がある時や、俺が半ば嫌がらせ近くバトルを吹っ掛ける時のみになった。
あの時以来、俺の姿を認める度にスコールはあの時と同じようにほんの少しだけ顔を歪める。
それを見ると俺は何故か無性に安心した。

それでも、たまに意図せずスコールの声を聞いてしまった時や後ろ姿が視界を掠めた時に
ズキズキと心臓が嫌な痛みを訴える。
もしかしてこいつのそばにいる限り俺はこの痛みを背負って生きて行かなければならないのかとうんざりし出した頃、
俺はようやくスコールから離れることが出来た。


俺を敵として対峙するスコールを見て、何故こんな簡単なことに気づかなかったのかと思った。
向けられる視線に憎しみや殺意は無かったが、あの時以降もずっと感じていたある種の感情は綺麗さっぱり消え去っていた。
このスコールは絶対に俺に好きだなどと言うことはない。
そう確信して安心した。

安心したが、それでも俺の心臓の痛みが消えることはなかった。
以前ならスコールの姿を見たり声を聞いたりした時だけだった痛みは
スコールがいない時ですらじくじくと痛んで始終俺は苛ついた。






痛みを堪えながらとイライラと足掻いてがむしゃらに走って、気が付けば戦いは終わって、
そして俺は今こうしてぼうっと青い海に釣り糸を垂らしている。

発狂しそうな苛立ちはスコールにそれはもうさっくり打ち負かされた時、
血反吐を吐いた俺にガンブレードを向けながら少し泣きそうなスコールの顔を見た瞬間にすっぽり抜け落ちた。

心臓が膿みそうな痛みは、もう俺の日常とほぼ一体化してほんの少しの違和感しか生み出さない。
それでも、時々あの時のように泣きたくなる。
























ごう、と空気が唸った。
青い空に見慣れた機影を認めて、俺は立ち上がる。



あいつはきっとここに来るだろう。
そして、俺ももう逃げる気はない。



もし、お前が俺を見て、まだ同じように俺の名前を呼んでくれるなら
本当は知っていて目を逸らし続けていたこの想いを認めてもいい。






「サイファー」

「おう」






今なら解る。







熱を孕んだ胸の痛み















これは恋だ。





























































2003.07.22

いつでしょう…かなり昔に書き始めて放置され、
某コラボイベントに投稿しようと思って再開したけど「恥ずかしい」という理由で放置され、
今やっと完成しました。

今回書き足した部分でサイファーがボッコボコにされました。
芸風の違いが出たというか何というかサイファーごめん(笑)





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