贈る物と理由と











蒸し暑い。


じっとりと汗ばむ額をシャツの袖で拭きながら、夜道を歩く。
終電にはまだ時間があるから、見慣れない町並みをぶらぶらと進んだ。
しんと寝静まった街は、どこまで歩いても住宅しかない。
右を見ても左を見ても前を向いても後ろを向いても、見事に住宅だらけだ。

いつもは通過するだけのこの町に初めて下りたのは、仲間内で行われるパーティーがあったからだ。
格安キッチンつきのいい場所みつけた!と示されたのがここだった。
その貸家は住宅に紛れてもはや住宅にしか見えなかったが、確かに他で借りるよりかなり安かった。
セルフィが友人から聞いたというそこは、かなりの穴場らしい。

パーティーは、アルコールあり美味い手料理あり微妙な手料理あり泣き上戸ありという賑やかさだった。
自分もここのところ忙しくてキッチンに立っていなかったので、主役は座ってなさいという言葉を無視して腕を振るった。
そのうち酒の回った男共が肩を組んで歌い出し、女子も喜んでそれに参加し始め、最終的には強制的に合唱に参加させられたりもした。
賑やかな雰囲気は嫌いではない。むしろ前より好きになったと思う。たまに混じったりするのも面白い。
しかししまいにはゼルが庭で夜空に向かって「スコールおめでとー!!」などと大声で吠え始めたので、
いい加減それは殴って止めた。
この静かな住宅街で少しばかり騒ぎすぎたかもしれない。

ぼんやりと思い返しながら、またシャツの袖で顔を擦る。
煙草を取り出そうとして、行きで切らしてしまったことを思い出し、諦める。


それにしても、暑い。


風がないわけではないのだが、如何せん気温が高いので生ぬるい。
こんな時期が誕生日だなんて我ながらおかしくなる。
夏生まれだと言うと大抵の人間は驚いた顔をする、そして似合わないと言う。
夏という季節が性質的に似合わないという自覚はある。
もっと冬や秋や春や…ともかく夏以外なら自分でも納得できるのに。
生まれた季節は人間の性格形成というものにはまったく関係ないらしい。


じっとりとした風を浴びながら歩いていると、暗い中にポツリと明かりが見えてきた。
駅だ。

入り口の階段を上がるが、見事に人気がない。
乗客どころか駅員の気配もない。
無人駅だっただろうかと思いながら切符を買う。
ここからバラムまでは思ったよりかからない。
のんびりとした鈍行だからそう感じるだけで、距離的にはあまりないのかも知れない。

改札を通って、すぐにある自動販売機で煙草を買った。
新しく買った煙草の包装をその場で解いてゴミを屑籠に捨てて、鞄のポケットにしまい込む。
そのままホームへの下り階段の右側を下りた。
右側で下りたホームから乗った方がバラム駅の出口に近い。


ホームへ下りる階段も、見事に人気がなかった。
この駅に下り立った夕方には結構混雑する駅だと思ったが、さすがに終電間際ともなると利用者もいないのだろう。
階段を下りた先のホームも、やはり人っこ一人いなかった。

否、ホームの真ん中に据え付けてある青いプラスチック製のベンチに、
見慣れた黄色い頭の男がだらしなく腰掛けていた。

サイファーだ。
何でこんな時間にこんなところにいるのか。
会いたくもない相手に会ってしまった。

いつもの白コートとは違ってラフなシャツを着て、煙草を咥えたその男もそう思ったのだろう。
一瞬こっちに視線をくれるとひょいと片眉を上げて、そのまま何も言わずふいと視線を前に戻した。

こっちも何も言わず、背中合わせに置かれた反対側のベンチに腰を下ろす。

背後の気配が少し気になったが、わざわざ振り返って声を掛けるほど、自分達は気安くない。


黙したまま、街灯に照らされた民家を眺めているとカチ、と背後で小さな音がした。
視線をやると小さな火が灯ってすぐ消える。
そして香る草の匂い。

そう言えば前に煙草を吸ったのは行きの電車に乗る前だったな、と思い無性に煙が恋しくなる。
煙草の入った鞄のポケットに手を伸ばしかけて、やめた。

サイファーがいる。

煙草を吸うことは誰にも秘密にしていた。
それは勿論それが知れれば心配性な仲間…特にキスティスあたりが目くじらを立てて怒るからだ。
現にサイファーが指揮官室で喫煙したことに対して文句を言っていたのを聞いている。

肺一杯に煙を吸い込みたい欲望を抑え、ため息を吐いた。
そっと見やると、煙を吹き出しているサイファーの斜め後ろ姿。
気兼ねなく吸えるサイファーの立場に羨ましいものを覚えていると、紫煙を吹き出す後ろ頭が不意に振り返った。


「何じろじろ見てんだよ」

「別に……」


ゆっくりと視線を外すと憎々しげに舌打つ音が聞こえて来た。
沈黙した空間に背後から漂ってくる重苦しい不機嫌オーラと吸いたいのに吸えない煙草の匂いに苛々した気分になる。

じっとりと高い湿度が更にそれを助長させる。
せめて風が吹いて匂いを流してくれれば。

どうにも苛々を持て余し飲み物でも買おうと席を立とうとした時、膝上に何かが投げ寄越された。


「やるよ」


背後から投げかけられた声に投げ寄越された物を見ると、見覚えのある紙の箱に一本だけ。


「…返す。俺は吸わ」

「吸うんだろ?」

「…………」


振り返る前に強い声で断言されて沈黙するしかなかった。
絶対に他人に知られてはいないという自信があったのに。


「…確かに吸うが、あんたに物を貰う理由はない。返す」

「やるっつってんだろ。誕生日プレゼントだ、貰っとけ」


投げやりに返された言葉内に返却は受け付けないという色を察知して渋々と頷く。
ベンチから半分ずり落ちそうなだらしない格好で後ろに座っている男から物を貰うのは癪だが一応誕生日ではあるのだし。
そもそも、この男が自分の誕生日を知っていたことに驚きを隠せない。
誕生日にプレゼントを、なんて習慣のある男だなんて思ったこともなかったので、少し感心した。

殆ど潰れた紙の箱から最後の一本を抜き取り、咥える。
鞄から取り出したライターで火をつけ深く煙を吸い込むと


「…軽いな」


意外なほどの軽さに驚いた。
もっときついものを吸っていると思っていたからだ。


「まあな」

「…何で知ってたんだ?俺が吸うこと」

「何でって、見たからに決まってんだろ」


そんなに解りやすい場所で吸っていただろうか。
この分では他の仲間達の中にも知っている人間がいるかも知れないと内心頭を抱える。


「あんただけか?」

「いや、俺と、雷神と風神」

「…吹聴したりしてないだろうな…」

「してねぇよ。ま、お前にしては上手く隠れてたんじゃねえの?」


そう言って性質の悪い笑みを浮かべる男に虚脱感を覚えた。
この男はいつもそうなのだ。
気に掛け、守ろうと躍起になっていることを軽いなんでもないことのように扱ってみせる。
自分はどうしたってそう行動することは出来ないと自覚している分サイファーの行動は腹立たしい。

しかし、自分とサイファーは立場が違う。
物の考え方も違えば、捉え方も違う。ほとんど共通項なんてない。
だから、いちいち腹を立てていてはキリがない。
仕方ないことだ。

そう考えればほんの少し、気分が軽くなったような気がした。
苦い煙を吐き出すと話題を変える。


「あんた…こんな時間にこんな所で何をしてたんだ?」

「あ?俺はこれから深夜任務ですよ指揮官殿」


そう言ってサイファーはごそごそと身体を探った。
新しい煙草を探しているらしい。
深夜任務を割り振ったのは間違いないがこんな乗換駅でもない辺鄙な場所に、
しかも集合時刻まであと一時間足らず。
それにベンチに座ってからこっちサイファーの方から漂ってくる微かな匂いといい。


「…女か?」

「んだよ、解ってんなら聞くな」


苛々と言い捨てああクソ、切れてんだっけ、と呟く。
ひとしきり探したのかごそごそと身体を探るのはやめたが、
今度は煙草がないのがイライラするのかコツコツと指でベンチの背を叩き出した。
落ち着きのない男だ。

サイファーに渡されて空になった煙草を箱をぎゅっと潰して、側の屑籠に投げ入れる。
空箱は屑籠に吸い込まれていった。


「ところで、お前は何でこんなとこにいんだ」

「パーティーだ」

「パーティー?」

「誕生日祝うって、皆が」

「誰の」

「俺の」


そう答えると、サイファーからの返答は一瞬止んだ。
そして、


「あ?お前今日誕生日だったのか?」


心底驚いたらしい声が飛んできた。


「は?あんた知ってたんじゃないのか?」

「いんや、今知った」


つまり、さっきの誕生日云々は適当な言葉だったらしい。
感心損だ。
そして、少しがっかりする自分に驚いた。


「じゃあさっきの煙草は何だったんだ」

「そうでも理由をつけなきゃお前、受け取らねーだろ、ああいうの」


ぼそぼそと呟かれるバツの悪そうな声に、ああ、と思った。
確かに自分はそうでも言わなければ受け取らなかっただろう。
サイファーと自分は、物を差し出したら素直に受け取ったり、そういう関係ではない。

今日は偶然自分の誕生日という理由があったから受け取ったようなもので、
実際なんでもない日に同じように渡されたとして、受け取ったかは解らない。
いや、多分受け取らなかっただろう。
今咥えている煙草はサイファーの、「誕生日プレゼント」という苦し紛れの言い訳と、
今日という日付が重なった偶然だ。

そう思うと何となくスパスパと吸ってしまうのが勿体なくなった。


口から離し、じりじりと燃えていく紙を眺めていると、背後でサイファーが立ち上がった。
そのまま階段を上がって行く。
電車の時間にはまだあるから、きっと煙草でも買いにいったのだろう。
改札口の側に自動販売機があったはず。

時計を見ると、自分の電車が来るまであと10分だ。

携帯灰皿に灰を落として、もう半分燃えつきて灰になった煙草を咥え直す。
ゆっくりと煙を吸い込んでじっくりと味わっていると、頭の上にコツンと何かを乗せられた。


「…何だ」

「誕生日プレゼント、正式に」


煙を吐きながら共に背後に立った男に声を掛けると、そんな言葉が返ってきた。
上手いこと頭の上にバランスよく乗っている物体を手に取ると、ひやりと冷たい。
よく見るまでもなく、それはガーデンでもよく見掛けるプラスチック容器入りの乳酸飲料だった。

改札口とは反対側にある自動販売機で売っている、
2本60ギルのサービスなんだか投げ売りなんだかよく解らないものだ。


「…随分、安上がりだな」

「わりーな、金ねんだよ」


ベリベリと剥がれにくい蓋を剥がす音の後、一気にそれを煽って即容器を捨てるカコンという間抜けな音がした。
ソレ買ったおかげで煙草買えなくなっちまったぜとぼやく男の声を聞きながら、
もう唇が熱くなるほど短くなった煙草を携帯灰皿にぎゅっと押しつけ、剥がれにくい蓋を剥がしにかかる。
久々に口にしたその飲み物は、想像以上に甘くて逆に喉が渇いた。


サイファーはまた反対側のベンチに座り、ぼんやりとしているようだ。
何とはなしに空き容器を両手で弄びながら、きっとこの飲み物もさっきの偶然がなければ絶対に受け取らなかっただろうし、
さっきの偶然がなければサイファーも正式にプレゼント、なんてしもしなかっただろうと考える。


そのまま会話もなく夏の生ぬるい風を浴びていると、もうすぐ電車が来るとアナウンスがかかった。

何となく名残惜しく思いながら腰を上げる。
ホームに立って背後を振り返って見ると、サイファーの黄色い頭は幾分沈んでいた。
寝ているのかもしれない。

轟音を立てて目の前を通過し、電車がギシギシとぎこちなく止まる。
開いたドアの中に入ると、車輌の中はさすがにクーラーが効いていて涼しかった。

明るい車内からもう一度サイファーを見る。
見送ったりしたりされたりするような間柄ではないので、サイファーの頭はまだ沈んだままだ。

俺は鞄のポケットからまだ一本も減っていない煙草を取り出し、その後頭部めがけて投げつけた。
コントロールよく飛んだ煙草は、スコンと黄色い頭のつむじの辺りにヒットする。
それで起こされたのか、それとも起きていたのか。
すぐにサイファーは頭を押さえてこっちを振り向いた。


「何だ」

「やる」

「いらねーよ」

「誕生日プレゼントだ」


ドアが閉まる間際にそう言い捨てる。
閉まったドアの向こうでサイファーがぽかんと間抜けな顔をした。


動き出した電車のせいで、次の表情は見えなかった。










































2002.08.20

久々にスコ誕を作文で……
スコールおめでとう!!

さて、この話、かなり以前のスコ誕に上げようとして完成せず、
次の年にリトライしても完成せず、
今年やっと完成しました。
第一稿…5年前とか…爆笑!!!

真ん中だけあって冒頭と後半がなかったので今回書き足しました。
自分とのリレー小説状態…(笑)

5年前のものなので、何を書きたかったのかさっぱり忘れていましたので、
心のままに書き足しました。そしたらこんな何でもない話に…

一応、これ なれそめ なんですけど…orz
見えません!





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