祝い事の日に





「スコール指揮官お誕生日おめでとうございまーす」

「ああ……ありがとう」

……まただ

突如かけられた女子生徒の声にうんざりしながらも俺は一応片手を上げて反応を示す。
朝食を取るために寮の部屋から出た瞬間から、夕方に至る今まで何十回……いや、きっともっと繰り返され たやりとりだった。

まだ朝のうちはよかったのだ。
戸惑いはあったが、まだ新鮮だった。
午前の執務中学園長のところへ向かう折り、ちょっとしたことをニーダに聞きに行く折り、十数人に声をか けられだんだんと面倒臭くなってきた。
昼食を食べようと食堂に向かう途中、何十人と声をかけられれば、いい加減イラついてくる。

俺の誕生日が何かめでたいのか?
だいたいどうして他人の誕生日を覚えてるんだよ
理解できない……

俺は朝声を掛けられるまで自分の誕生日などというモノは記憶からきれいさっぱり抜け切っていた種類の人 間だから他人の誕生日をいちいち覚えている人間は理解の範疇外だ。
まあ、ありがたいことにプレゼントは控えてくれているようで、本気で雲隠れする気にはならずに済んだ。

これでプレゼント付きだったらキレてるな、絶対

そんな物騒なことを考えながらも身体は自然と表面だけのやりとりを繰り返す。
それでなくとも今日は雲隠れとは言わずとも目立たないように過ごしたかったのに。
……こんなに名前を連呼されながら歩くことになろうとは。

雲隠れしたくなる原因の張本人……サイファーとは食堂でばったり会ってしまった。
……会いたくなかったのに。

原因は、3日前手合わせした折りに普段からの不摂生と睡眠不足がたたってか散々で……。
目が覚めたのは何故か保健室だったことだ。
そこでカドワキ先生から「サイファーあんたのことお嫁抱きで持ってきたよ」なんて聞かされてしまったら もう。
悔しい。と言うかそれ以上に屈辱的すぎる。
運ばせてしまったことに負い目もあったから、それ以来サイファーを避けて回っていたが俺ももう子供では ない。
その辺りの分別はつけて、4日目になったらもう1度勝負を申し込もむつもりだったのだ。
今日は3日目。
今日は絶対会いたくなかったのに。と、
げんなりしたように目線をそらしたのに、サイファーはいつものイヤな笑いを浮かべてこっちの方を窺って くるもんだから頭に来て食事も早々に席を立った。
その際声をかけられたが徹底的に無視してやった。

「スコール指揮官お誕生日おめでとうございます!」
「ああ、ありがとう」

回想に耽っていたはずなのに反射的に言葉を返す自分に、自分でびっくりする。
……さすがに何時間もやっていると身体に染みつくのだろうか?
そうだよな、朝キスティスに「ちゃんと笑って返事くらいしなさい!指揮官でしょ?」と睨ま れたときから「笑って」のところ以外は実行しているからな。

「スコール指揮官、お誕生日おめでとうごさいます」
「ああ、ありがとう」

……これはもう条件反射の域だな。
こんなこと条件反射になってもちっとも嬉しくないけどな。
この書類を指揮官室に持っていけば今日の執務は全て終わる、イコールこのお誕生日地獄からも抜け出せる。
そんなことを思うと自然と足取りも軽くなるものだ。
道々かけられる声も嬉しくない条件反射でかわして、どうにか俺は自室への帰還許可をキスティスからもら うことができた。

「スコール指揮官!お誕生日、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」

寮への帰り道にかけられる声もだいぶ苦痛ではなくなってきた。
これはきっともうすぐ解放されるからだろうな……などと思いながら寮への渡り廊下に足を踏み入れようと した時、

「スコール指揮官おたんじょーびおめでとーございまーす」
「ああ、ありがとう」

背後で聞こえた妙に間延びした声に、俺は躊躇いもなく振り返り……きっと笑顔だったろうな。ああ、笑顔 だったろうさ。
同じ行動の繰り返しでハイになっていたんだ、俺は。
そこにぽかんとした表情のサイファーが立っているのを認めて、固まった。

しん、とその場が綺麗に静まったのがわかる。
ああもう畜生、ひっかかった。しかもいとも簡単に!

固まったままで自己嫌悪に陥っていると、サイファーの体がぶるぶると小刻みに震えだす。
……何であんたが震えるんだよ。震えたいのはこっちだ。
その意をこめて睨みつけると、

「ぶっ」

サイファーが、吹いた。
続いて、大爆笑。

「くっ、くくく……ああ、ありがとうって……」

何がおかしいんだ。いや、おかしいさ俺だって!
とどまることを知らない馬鹿でかい笑い声が神経全てを逆撫でする。
いつまで笑ってるんだ?あんたは。……いい加減腹が立ってきた。

「うるさい!」

怒鳴って踵を返そうとすると、サイファーが俺の腕をがしっとつかんできた。

「何だよ!放せ!」

「いや、悪ぃ……マジ、ツボ……」

それだけ言って床に膝をついてまで爆笑しているサイファーを、俺は黙って見ているしかなかった。
帰りたくともサイファーが腕を放してくれないので帰ろうにも帰れない。
しばらく経ってようやく笑いが収まったらしいサイファーが顔を上げた。

「あ〜、久々にこんなに笑ったぜ」

そうか?あんたは大抵いつも楽しそうだがな。

「この手を放せ。俺は帰りたいんだ」

「お、やっと口きいたな」

涙を人差し指で拭きながらサイファーが嬉しそうに言った。
その一言に更に機嫌を損ねた俺はサイファーを振り払おうと腕をぐいぐい動かしたがどうにも離れない。
馬鹿力め。あんたの手は万力か?

「そんなことより俺は部屋に帰りたいんだ。放せ」

「まあそんな焦んなって。で?何がいい?お誕生日プレゼント。何でも好きなモンくれてやるよ」

……は!?
おたんじょうびプレゼント?
何を言ってるんだこの男は?どこかで頭でも打ったのか?だいたい

「……何であんたが俺の誕生日を知ってるんだ?」

「知るかよ。ったくよー、朝っぱらからどいつもこいつもわいわい言ってるから聞こえちまったんだよ」

まあ、たしかにあれだけ騒いでいれば知らないはずもないか……でも、問題はそこじゃない。

「どうしてあんたが俺に祝いの品をくれるんだよ。あんたは俺と一切関係ないじゃないか。」

俺がそう言うと、サイファーはもどかしそうにがしがしと頭を掻いた。

「知ったからには何かしてやんなきゃ気がすまねえんだよ、俺は!」

……は?
やっぱりおかしいぞ。道に落ちてる物でも食ったのか?
何でもいいからさっさと言えよ、でなきゃ放さねえぞ、と脅してくるサイファーに腹も立ったが……
無理矢理振り払うよりも効率的な方法が浮かんだので俺はそっちを使うことにした。

「わかった……じゃあ、」

つかまれていない自由な方の手で、サイファーの白いコートをむんず、とつかむ。

「このコートをくれ」

「あ?」

サイファーが眉を寄せた。
このコートはサイファーの一張羅のはずだ。手放すはずがない。
よし、行ける。

「くれないならこの手を放せ」

勝ち誇ったように言い放つとサイファーはしばしの沈黙の後軽く舌打ちして俺の腕を解放した。
妙な勝利感に包まれつつも、さて部屋に帰るか、と踵を返すと

「ほらよ」

次の瞬間、頭に何かが落ちてきて視界を覆い目の前が真っ白になった。

「何するんだ……」

頭の上に被さってきたものをはぎ取りサイファーに文句を言おうと振り返ろうとして、俺は言葉を止めた。
俺が手に持っている……これは、サイファーのコート?

「やる」

俺が手に持った白い物体を眺めていると、サイファーはそれを指さしそう言った。
しかも、かなり「しょうがねえなあ〜」な感じの表情だ。
何であんたがそんな顔するんだよ。本気にしたのか?ならただの馬鹿だぞ?

「は?何言ってんだあんた。あれは冗談だ。俺はこんなものはいらない」

「いーや、やる。やると言ったらやる。」

サイファーが近づいてきたと思ったら、コートを取り上げられてまた頭から被せられた。
おまけにサイファーがコートごと俺の頭を押さえたから逃げられない。

「いらない!」

と怒鳴ろうと思って息を吸うと、酸素に混じってどこかでかいだことのある匂いが鼻孔を刺激した。
これは……。

「……サイファーくさい」

「あ?」

こなれるまで着尽くされたコートだ。匂いがつかない方がおかしいが、 こんなもの余計にほしくない……。
無理矢理コートを引き剥がそうとやっきになっていると

「何でお前がオレ様の体臭を知ってるんだ?あら、スコール君たらやーらしーい。いや、そうか。寝るとき はオレ様の香りに包まれてオレ様に想いを馳せながら眠りたいとおっしゃる。それじゃあしゃーねーなあ。 やるから好きに使えよ〜?あ、ただしクーリングオフはきかないからなー覚えとけよ」

「…………」

「おーい、スコール?聞いてんのか?」

「……馬鹿か!」

子供の頃から一緒にいれば嫌でも覚えるだろ、普通!!
よくそんな次から次へとでまかせが言えるな!!
言いたいことを言って満足したのか、サイファーはやっと手を放した。
しかし、急いでコートを引き剥がしてもそこに奴の姿はなく……。
あったのは全力疾走で去って行く奴の後ろ姿だけ。

「スコール!俺をはめようなんざ20万光年早いぞ!!」

途中で振り返り、サイファーが勝ち誇ったかのように大声で言った。

「うるさい!!!」

ていうか光年は距離だ。

「これ、どうすればいいんだよ……」

サイファーが去ってしまった今、俺の手元に残されたのは奴にしてやられたという果てしない屈辱感。
それと奴の匂いの染みついたサイズの合わないコートだけだった……。
















あのとき渡された使い道のないコートが今も俺のクローゼットの奥底にしまわれていることは、
現在俺の恋人というポジションに収まってしまったサイファーには絶対に秘密だ。










































2001.09.21

もう、なんでしょうコレ。
ああ〜もう。すいませんホント。
結局何が書きたいんだ自分。いつものことですが。
今日も恥死。

サイファー臭…かいでみたい(笑)





back--→