…ピッ、…ピッ、…ピガコ。




隣の部屋から小さな電子音が鳴り始め、すぐに途絶えたのを聞いて、
俺はいい加減だるくなった手でパソコンの電源を落とし思い切り伸びをした。



……あと10分。



長いことに
俺とサイファーのすれ違い生活は3週間にも及ぼうとしている。








朝風景の一例








事の発端は一ヶ月前に請けた任務。


『インターネット上での麻薬売買組織の摘発』

その組織の売人が某チャットによく現れるという情報を得た俺たちはそのチャットを見張ることになったのだ。
何でもその売人は深夜2時から朝7時までの間しか現れないそうで。

…そのお鉢が回ってきたのが、俺。

チャット監視を始めてから組織が摘発されるまでの2週間。
俺はずっと朝7時に寝て昼頃起きるという生活を余儀なくされたわけだ。



そしてその任務から解放されて1週間。
俺は相変わらず7時に寝て昼に起きる生活を続けている。

…悲しいことにそのタイムテーブルが身体に染みついてしまったらしい。
早く寝られないし、早く起きられないのだ。
まったく情けない。



サイファーの部屋のドアが開いて重そうな足音が洗面台の方に向かったのを聞いて時計を見ると、
7時10分だった。
俺も自分の部屋のドアを開ける。




不健康極まりない任務の間に知ったことだが、サイファーは目覚まし時計を止めてからきっかり10分で部屋を出てくる。
長かったこともなく短かったこともなく、常に均一だ。

一度だけその10分に何をしているのか気になって覗いてみたことがある。
奴はうつぶせになった頭に枕をかぶって、…寝ていた。

…窒息しないんだろうか?

と観察していたらちょうど10分後にすごい勢いで起きあがった。
まあ、寝ている人間を無理に起こすときの常套句、「あと10分」を奴は実行している訳だ。




ドアを開けると、薄手のカーテンを通したやわらかい朝日が俺の目を射る。
……痛い。
その痛みから逃げるように遮光カーテン完備のサイファーの部屋に入り、
そのまま今までサイファーが寝ていたベッドに潜り込んだ。

…これも件の任務中に学んだことだが、眠いわ頭痛いわ手足冷えてるわの状態で冷たい自分のベッドに入るより
人肌のぬくもりが残っているベッドの方がよく眠れる。

さっきまでサイファーがかぶっていた枕に頭をのせて、掛け布団を顔が隠れるくらいまで引き上げる。
体温の高いサイファーが眠って更に上げた体温のこもったあたたかい空気と、
もうかぎ慣れてしまった奴のにおいに包まれて目を閉じる。
じわじわと手足が温まっていくのがわかった。


そのうち顔を洗って歯をみがいてトイレに行ったサイファーが帰ってきて、
ベッド横でごそごそ着替えて
冷蔵庫から水出して飲んで
「行ってくる」と一言残してドアが閉まるまでの音を聞いて
「昼飯喰おう」とサイファーが起こしに来るまで寝ているから、
てっきり今日もそうなんだろうと思っていたら
着替え始めるはずのサイファーが俺のくるまっている布団をべっとはいで隣に入りこんできた。


「ん……あんた今日休み?」

「んー」

まだ半分寝ている声で答えたサイファーは俺の隣でひとしきりごそごそやって、静かになった。
……こうなったのは初めてだから、サイファーはこの3週間休みなしだったんだな。ご苦労様。

「でもあと2時間で起きる」

ビデオ観るから。とくぐもった声で言うサイファーにふうん、と生返事をして目を閉じる。
……眠い。もう寝よう……。

「てめえも起こすぞ」

「……は?」

ぬくぬくとまっ逆さまに眠りに落ちようとしていた俺を、幾分はっきりしたサイファーの声が引きとめた。

「…何でだよ…」

振り返りたかったができなかった。身体が重くて重くて…。
やばいことに眠さのあまり吐き気までしてきた俺に、

「んなの俺が休みだからに決まってるだろ」

などとサイファーは言う。

「あんたが休みだからって……」

何で俺まで起きなきゃならないんだ。

「いいじゃねーか。たまにはデートとかしようぜー」

「何で……」

デートなんかしなくちゃいけないんだよ。

「あんなぁ、最近全然ふれあいねぇし。淋しいってもんだろが」

「……それは」

俺だってわかってるし、俺だって淋しいさ。けど

「だろ?だからちゃんとした生活に戻す努力をしようぜ。ってことだ」

「……サイファー」

あんたの言いたいことはわかるし、直さなくちゃならないってことは俺だってよくわかってる。
でも今こんな話するなよ。
寝かせてくれ。

「今だからするんだろが。何なら一睡もしねえってのでもいいんだぜ?」

「それは」

勘弁してくれ。
わかった努力する。努力するけど今までだって何度も起きようとしたけど改善されなかったんだぞ?

……?

ふと、ここで気づいた。
俺は今までサイファーと会話をしていたけれど、
…半分以上声に出てなかったような気がするんだが…。
よくこんな俺と会話できるよな。

と感心して少し目が覚めた時。
サイファーがいきなりのしかかって来たから、慌てて体の向きを変えると、

「じゃあ目の覚めるようなコトしてやろうか?」

なんていやらしい笑みを浮かべているサイファーがいた。
…俺はこいつに遊ばれるほど寝ぼけてたのか……。

「…大した寝言だな」

とにやにや笑っている顔の鼻をつまんでやってから、
俺は本格的に寝る態勢に入るため壁にひっついた。

サイファーの腕が腰のあたりに巻きつくのを捉えながら
熱い身体と冷たい壁に挟まれて、





……結局その日もサイファーと2人、昼過ぎまで惰眠を貪った。









































2001.11.27



…このスコールの生活プログラムを一時期やっていたのですが、
マジでしんどかったです。(笑)
頭は痛いし体は弱るしで風邪を2回もひきました。
やっぱり人間夜に寝て朝に起きる生物なのねと。納得…。

サイファーのような行動をする人が身内にいるので。
ほんとにちょうど10分で動き出すんですよ!恐るべき体内時計。
でも枕はかぶりません(笑)

後日聞いてみたところ、その微妙な息苦しさで寝ずにすむ模様。(笑)
しかしぴったり10分の謎は解らずじまい…。





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