コーヒーが








"淵"








スコールはコーヒーが好きだと思う。


仕事中でも、休憩中でも、食事中でも大抵ヤツの飲んでいるのはコーヒーだ。

以前はそんなことに気がつきもしなかった。
だが、書類仕事用の席替えをして、スコールの斜め前の席になって気がついた。
休憩中、コーヒーの匂いがやけに鼻につく。

気がつくと俺はそんなスコールを観察するようになっていた。

美味そうにコーヒーを飲むスコールを見ていて、いくつか気づいたことがあった。
まず、必ずブラックで飲む。
たまにミルクを入れたりするが、大抵はブラックだ。
食堂や外で飲むときは仕方ないらしいが、
この部屋で飲むときは備え付けのコーヒーではなく、
自分のデスクから取り出した自前のコーヒーを淹れている。
そして、それを決まって一人で飲む。
誰かに頼まれても絶対自分のコーヒーを淹れることはない。

だから、そんなスコールが俺にカップを差し出して、


「飲むか?」


と聞いてきた時にはさすがに驚いた。
理由を聞くと、スコールは顔をしかめて、


「飲んでるたびにそんな物欲しそうな顔されたらコーヒーがまずくなる」


と返してきた。
じろじろ俺が見ているのを、そう受け取ったらしい。
しかし、俺は決して物欲しそうな顔なんてしていない。

俺はコーヒーが嫌いだ。

どこが嫌いかと言われれば、全部、としか言いようがない。
匂いも苦手だし、苦いのもダメだ。
飲むと逆に眠くなる。飲んだあと胃の調子が悪くなる。
何だかわからないものが、あの真っ黒い液体の中に凝縮されている感じがとにかく嫌だ。
そんなコーヒーを毎日毎日信じられないくらい摂取している人間が物珍しくて観察していたに過ぎない。

返す言葉を探していると、デスクにドン、とカップを置かれた。
声を掛けようとしたが、相手はもうとっくに自分のデスクに戻って優々とコーヒーを楽しんでいる。
スコールの姿を見る限り、コーヒーがとてもそんな不味そうなものには見えなくなってくるから不思議だ。
それだけ美味そうに飲む。
案外、今まで飲んだコーヒーがよくなかっただけなのかもしれない。そうとまで思えてくる。
それにこの場でコレを捨ててしまうのも、今の波風のないスコールとの関係を壊してしまいそうで何だかもったいない。

久しぶりに口に含んだコーヒーはやっぱり濃厚に苦くて、
内心、うええ、とか舌を出していると、
それが表情に出たのかスコールが珍しくちょっと笑って側までやって来て、
俺のカップを取り上げると粉末のミルクと砂糖を入れた。

ぐるぐるとかき混ぜて再度渡されたコーヒーはさっきよりは飲みやすい。
でもやっぱり内心気分が悪かった。
何とか飲み干してカップを返すと、スコールはまたちょっと笑った。
だから俺もちょっと笑い返した。
随分前までのあのいがみ合っていた関係が嘘みたいだなあ、と思っていると、
スコールもそう思ったらしい。
次の日から、スコールがコーヒーを淹れるたび、俺にも差し出されるカップ。
中にはなみなみとコーヒー。
正直、もういらん!と思ったが、コーヒーを渡してくる時、カップを返したときのそのちょっとした、
本当に解りづらい笑顔や、嬉しげにコーヒーを淹れる背中に、なんとなく

ああ、いいなあ

とか思っちまったりして。
断るに断り切れず毎日苦いコーヒーを飲み下す作業を続けた。


そんなことが続いて何日経ったか。
妙に寝起きがぼんやりした。
やっぱアレだ、コーヒーだ。

今回こそ断らなきゃなあ…と思ったが、
相変わらず笑顔で差し出されるコーヒーを断るなんて出来るはずもなく。
いつもと同じようにほこほこと湯気を立てるカップを前にため息をつく俺がいる。

一気に飲んでしまえば苦みなんて気にならない、
すぐ水を飲んでしまえば後味も気にならない。
そうは思うが、どうしてもその時はカップに口をつける踏ん切りがつかなかった。

スコールが少し席を外したその時に、
俺は自分のデスクから身を乗り出して、手近にあった何だかよく解らない木の植わっている鉢植えにそれを流し込む。
帰ってきたスコールに礼を言ってカップを返しながら、心の中で謝った。
覚悟はしていたが、結構、罪悪感があった。
折角スコールが好意で淹れてくれたコーヒーなのに。

コーヒーを淹れて、笑顔で差し出してくれるスコールは好ましい。
それでもやっぱり、コーヒーは嫌いだ。
俺は毎日コーヒーを捨て続けている。






やっぱ悪ぃことしてるよなあ…。

スコールじゃないヤツから、スコールの淹れたヤツじゃないコーヒーを受け取って、
つらつらとそんなコトを思う。
スコールが長期出張に出て1週間になる。
だがしかし、同じ部屋で働いてるヤツはこうして帰る間際などにわざわざ俺のためにコーヒーを淹れてくれる。
スコールのせいで俺もしっかりコーヒー好きだと周りのヤツらには認識されてるらしい。
ありがたいが、まったく迷惑な話だ。
真っ黒い液体はそれだけ見れば同じだが、匂いはやっぱりスコールの淹れるコーヒーとは違う
…ような気がする。
そもそも詳しいことは解らない。俺は飲めればそれでいい。

濃いカフェインの匂いに自然、眉間に皺が寄る。
やっぱりコーヒーは嫌いだ。

いつもなら誰も見ていないことを確認するが、今はもう誰かがいる時間帯じゃない。
よいしょを身を乗り出して鉢植えに手を伸ばす。
そそくさとカップの中身を空けてから、異変に気づいた。
鉢植えの中身、腰辺りまであったその名前も解らない植物が、しんなりうなだれている。
しかもうなだれてるだけじゃなく、何だか全体的に黒い。しかも何か土までグズグズだ。
……やっぱりコーヒーは植物には悪かったのか。
よく考えれば当たり前だが、まさかコーヒーにこんな効果があったとは。
そういえばスコールが出張に出てからこっち、水をやっていなかった。
つまり、コーヒーしかやっていなかった。


「そりゃ、腐るわ」


腐った葉っぱを眺めながら一人ごちる。
怒られるだろうか…と思いながらも書類仕事に戻る。
ふと時計を見ると、もうかなりいい時間だ。
さっさと切り上げて寝るべ。
そう書類に目を通し始めた時、電話が鳴った。

こんな深夜にここに電話を掛けてくる人間など限られている。
液晶に表示された番号は、案の定スコールの携帯のものだ。


「ういー」

「…あんた、まだいたのか」


気の抜けた返事をすると、ザーザーとうるさい雑音の向こうで、
スコールのどこか驚いたような声がした。
1週間ぶりに聞くスコールの声。
あー、やっぱなんかいいな、と思う。


「おう、いるぜ。っつーかすげぇ雑音」

「ああ、電波状況がよくない」


まったくその通りだ。
こっちの電波状況は悪くなることはないから、
きっとスコールのいる地域が悪いんだろう。
砂嵐と共にスコールの声がブレる。


「…あんたはまた残業か?まだ書類には慣れないか?」

「おう。こういうのは俺向きじゃねえ。さっさと帰って来い」

「努力する」


そこで一旦会話が途切れる。
スコールと会話をしているといつもこうだ。
気まずい沈黙に頭を掻いて、こっちから話題を振ってやる。


「で?用件は何だ?」

「ああ…今日の報告書ファックスで送ろうと思ったんだがうまくいかなくてな、ネット通信で送っても大丈夫か?」

「いーんじゃね?明日プリントアウトしといてやるよ」

「助かる」


そこで、また会話が途切れた。
俺たちの会話はいつもこんなもんだ。
仕事のこと、バトルのことなら会話できるが、ある程度まで行ったらそこまでだ。
元々趣味が合わないからしょうがないが。



「何か、変わったことなかったか?」

「いや、特に…ああ、そういや」


ほぼ諦めの境地で内心ため息をついていると、
スコールから話題を振ってきた。

珍しいこともあるもんだと視線を巡らせ、
これは『何かあった』に入れてもいいだろうか?
まあ、鉢植えの持ち主は多分スコールであるし、
もうちょっと話していたいとも思うしで、
「ちゃんと水やれって言っただろう」と文句を言われることを覚悟して
しなりと首を垂れた鉢植えに視線をやりながら、口を開く。


「部屋にあった鉢植えが腐った」


そう口にした瞬間、相手の気配が冷えた…ような気がした。
相変わらず電話の向こうは砂嵐だ。
だが、妙な沈黙を感じる。

怒らせたのだろうか?
しかし、これはそういう気配とは違う。
今までスコールに感じていたものとも違う。

何も感じていないような、静かに考えているような、
失望しているような、

嗤っているような、そんな。


何だか解らないまま、首の後ろが冷えた。

ごそりと受話器を持ち替える。

べったりと手のひらに汗をかいていたことに気づいた。

全身、じっとりと嫌な汗をかいている。




「スコール?」




じっと雑音を聞くのに耐えかねて口を開く。

ひっそりと笑ったような気配。


そして、


ザザ、という雑音の向こう、

はっきりと、地を這うような音色で、





























「あんた、賢いな」



















































そう、声がした。














































2006.09.12

「怪談」?てゆーか「変なの」でした(爆)

話の意味がわからんちんな方はそのままで(笑)
わかる人はオコラナイデーー!(ガクップル)

部屋にでっかい蜘蛛がいたので、
思い出した話をモチーフに書いてみました。
正しい話とかわからないのでてけとー!

蜘蛛がスコールで、釣り人がサイファーです。

出来上がってみたら、その話より救いのない話になっちまった…
このあとどうなるんだよ…
こえーよ…

自分的に一番怖いセリフは「あんた、まだいたのか」です。こえーよ…



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