多分、言われなければ気が付かなかった。 言われて初めてこの何年かを思い返してみて、 そういえばそうだったな、と納得してしまったほど気にもかけていなかった。 むしろそんなことを考えたことすらなかったが、 そう気づかされてしまうと急に気になり始めてしまう。 確かに俺とサイファーは 手を繋ぐ習慣がない。 手繋ぎ鬼 「手を繋ぐ」と言えば、恋人同士でよく見る光景だ。 ガーデン内でもそこかしこで、街に出掛ければそこら中で。 目にしない日の方が少ないから、世間一般で言う「恋人同士」と言うものは、往々にして手を繋ぐものなのだと言う常識を一応俺も持っている。 恋人同士という枠を離れたとしても、スキンシップの一環としてそれはあるべきものなのだろう。 ましてや恋人同士となると、もう手を繋ぐなんて当たり前すぎて気にも留めないような行為だろう。 そう考えると普段から過剰にスキンシップを求めるサイファーがそれをして来ないのは、酷く不自然なことに思えてならない。 しかし現に今の今まで…付き合ってきたこの長い期間の中で、俺とサイファーは手を繋いだことがないのだ。 喧嘩をして掴み合った、とかそういうことはあったかもしれない。 けれど手を繋いで歩いたり、見つめ合って握ってみたり、そういう光景はとなると、さっぱり記憶にない。 そもそも俺は人前に限らず2人でいる時もサイファーに触れたいと思うことは少ないから記憶にないのも頷けるのだが、 あのサイファーが手を繋ぎたがらない理由、と言うものがどうにも想像できない。 SeeDなんてやって人を殺して、そんな汚れた手で…なんてデリケートなことを考える人間でもない。 それは俺も同じ事だ。 それに今思い出してみるとセルフィの手を握って振り回している姿なんかは何度か見掛けたことがある。 男だから嫌なのかと勘繰ってみるが、そう言えば以前ゼルの手に刺さった棘を何だかんだ言いながら丁寧に抜いてやっていたことを思い出すと、そうでもないようだ。 それはつまり、俺と繋ぎたくない、ということなのか? どうして俺と繋ぎたくないのか。 もしそれが本当だったとしても、その理由についてさっぱり見当もつかない。 何か手を繋ぎたくなくなるようなことをサイファーにしただろうか?考えてみるが一向に思い当たる節がない。 人気のなくなった食堂で一頻り唸ってみたが、疑問はさっぱり解消されなかった。 解消されないとなると逆にどんどん気になってしまうのはもう性分だ。 ここまで付き合っていてただ手を繋がないなんて小さな事柄、別に気にするようなことではないのは解るが、 何だか釈然としない。 釈然としないまま部屋に帰ると、散々俺の頭を悩ませていた張本人は雑誌片手にソファに沈み込んでテレビを見ながらコーヒーを飲みつつ菓子を食べていた。 あまりに間の抜けた姿にがっくりと脱力する。 こんなヤツの事を今の今まで真剣に考えていたのかと思うと何やら悲しくなって来る。 「…あんたそれ自分でちゃんと片付けろよ」 「おー」 気の抜けた返事に溜息を吐きつつ、その隣に腰を落ち着ける。 何もすることがないままぼんやりとテレビを眺めていたが、 座り込んだ自分の腿の近くに投げ出された左手を見つけると、さっきまでの釈然としない気分が蘇って来た。 恋人同士ならこんな時、手を握ったりするもんだろうが、と妙にイライラした気持ちになり、それと同時に、そっちが握らないならこっちからすればいいだけのことかと単純なことに気付く。 サイファーがぼりぼりと菓子を噛み砕くくぐもった音を聞きつつ、テレビに集中している振りをする。 上を向けたままだらりと投げ出されているその手のひらにそれとなく自分の手のひらを合わせるように被せて、ぎゅ、と握ってみた。 「? 何だ?」 「いや、別に」 俺の行動に面食らったらしいサイファーの動揺混じりの声を聞き流しながら、 指の神経に意識を持って行く。 最初に感じたのは、体温。 サイファーは体温が高い。従って、手も熱い。 冷房の風で冷えた指先にじんわりと熱を移される。 冬場にはよく暖めてもらっているな、と思い出す。 夏場は逆に触れられたくもない、と思うことも。 次に、感触。 女とは違うから手入れも何もしない皮膚はガサついている。 まあ、それは俺も同じようなものだが、 固くてしっかりしたこの感触は好きだ。 そう思いながら、指先でサイファーの手の造作をなぞる。 いつも思ってはいたが、やっぱりサイファーの手は全体的に大きい。 一回り違う…なんてことは流石にないが、小さい訳でもない俺の手が小さく見えてしまうくらいには大きい。 しかも手のひらばかりが大きい訳じゃなく、指も長い。 そう言えば俺はサイファーの長い指が好きだと思う。 煙草に火をつける仕草とか、こわごわ野菜を毟ってたり、ちまちまと雑誌の気に入ったページの端を折ってたり、そういう器用なんだか不器用なんだかわからない動作が妙に可愛くて好きだ。 指先ばかりにガサつきが目立つのは、最近書類仕事を手伝ってもらっているからだろうか。 変な所にタコがある。 同じ武器を使っているとは言え、俺は両手、サイファーは片手で持つから、やっぱりタコの出来る場所も違う。 人差し指から小指までの付け根、満遍なくタコが出来ている。 ああ言う重い武器を握る以上、皮は何度も剥けて、どんどん厚く固くなる。 親指の付け根辺りの皮が妙な感じに固くなっているのもそうだろう。 片手で持つから、やっぱり逆の手はまだ柔らかいのだろうか? 手のひらはやっぱり、あんなデカいものを振り回してるだけあって厚い。 そういえばこの肉厚の手で平手打ちされた時は首が飛んでいくかと思ったな。 甲の部分に肉はついていないのに、この手のひらの肉は一体どうやってつけるものなんだろうか。 そこで一度手を放した。 開放されたとばかりに引っ込もうとするそれを掴み直し、引き戻して今度は両手で捕まえる。 掴まれた手の本体が嫌そうに唸ったが、無視。 筋張った手の甲には太い血管だけが浮き出している。 試しに引っ張ってみたが、皮膚はあまり伸びなかった。 対して、俺は恐ろしくよく伸びる。しかも血管が全面に透けて見えるから、我ながら気持ち悪いと思う。 皮膚の厚さの違いだろうか。 手首も俺より太い。 掴んで指が回るかどうかの太さだから、俺よりずっと太い。 出っ張った骨の部分に筋肉はつくものじゃないから、これは手首の筋肉とか云々よりも骨に起因しているらしい。 骨が太いのか…。 同じ部品で出来ているのに、どうしてこうも違うんだろうか。 「おーい、スコール?」 「…ん?」 「楽しいか?」 「ああ」 「…さいですか」 もぞもぞと手をいじる俺に辟易したのか、うんざりした声が返って来た。 ふぅと吐かれた溜息を聞いて、やっぱり意図的に手を繋ぐことを避けられていたらしい、と察する。 今更そんな程度の事でどうこう思う訳でもない、この関係にひびが入ったりする訳でも、 それだけのことで別れたい等と言う気もないが、気になることは気になるのだ。 「なあサイファー」 「何だよ」 ふと力を緩めた隙にまたしても逃げて行こうとした手を逃がすまいと掴んで懐に抱き込み、 最初に捕まえた時から一向に握り返して来ないその手を強く握る。 サイファーがちらと眉をひそめたのを見逃さなかった。 嫌がられている、と思うと何だか虚しくなって来る。 「何で手、繋ぎたがらないんだ?」 「…お前は覚えてねぇと思うけど…」 渋々手を開放しながら聞くと、 サイファーはやっと取り戻した手を握ったり開いたりしながら、らしくもなくハッキリしない素振りで口を開いた。 「石の家でよ、一時期流行ってたんだよ『手繋ぎ鬼』ってのが。あの手ぇ繋いで走り回るアレな」 「ああ…何かやったような気がするな」 石の家はおもちゃのようなものは何もなかったから、遊ぶものと言うと身体一つだった。 それは単なる鬼ごっこから始まり、それが工夫されたり進化したり合体したり。 最終的にかなりの数のそう言った遊びをしていた記憶がある。 今となっては思い出せない方が多いが。 「でよ、俺が鬼で一番最初にお前を捕まえて、次だー!って時にお前がコケて。そん時素直に手ぇ放しておきゃよかったんだけど、俺も追いかけるのに必死でよ。んで、そのまま2人して崖転がって海にドボン」 そう言えば、そんなこともあった気がする。 確かあの時俺は… 「お前、肩脱臼したろ?想像してみろ、目の前でお前の腕が肩から向いちゃいけねえ方向向いてんだぜ?もうアレからお前の手ぇ握るとか考えらんなくてよ…」 真っ青な顔で訥々と話すサイファーがそこでぶるっと身を震わせる。 かなり深刻な顔。 と言うことは、コレは冗談の類ではなく、マジだ。 つまり、その恐ろしい…と本人は思っている経験のせいで、俺の手を握れなかったのか? 怖くて?この、188センチのでっかい男が? リアルに思い出しでもしたのか、ひぃ、と1人で怯えるサイファーの声を聞いたら、 …もう我慢出来なかった。 「ぶあはははははは!」 「笑うなァ!俺にとっちゃかなりのトラウマだぞアレ!」 「悪…いや、でも…ぷっ、あんたっ、か、可愛いな…!」 まだ止まらない笑いを堪えながらひぃひぃ涙を拭っていると、サイファーはむっとした顔で黙り込んでしまった。 ああしまった。拗ねてしまったらしい。 「サイファー」 まだ痙攣しそうになる腹筋をなんとか誤魔化しながら深呼吸をして、ご機嫌を取るためにもう一度手を捕まえようと腕を伸ばすが、避けられた上にこちらに背を向けられてしまう。 やれやれと軽く溜息を吐きながらその広い背中にのし、と体重をかける。 驚いたらしいサイファーがうお、と声を上げる。 その後ろから首に手を回してしがみつき肩胛骨の辺りにぐりぐりと顔を押しつけてから、肩越しに不機嫌そうな顔を覗き込む。 「俺はあんたの手、好きだ」 「……重ぇ」 「そんな昔のことは忘れろ、な?」 こんなにデカくなったんだ。そう簡単に壊れる訳ないだろ? そう囁いて顔を覗き込むついでにこめかみにちゅ、と音を立てて吸い付いてみる俺なりの大サービスに、サイファーの不機嫌顔はたちまち崩れた。 しがみついた腕を掴まれそのまま手首やら二の腕やらにお返しとばかり吸い付かれる。 くすぐったさに思わず腕を解くとすかさず身体の向きを変えたサイファーに大きい手で頭を捕まえられた。 気が付けば、目の前には苦い笑いを浮かべたサイファーの顔があるばかりだ。 「…明日から手ぇ繋いで出勤でもするか…ん?」 「調子に乗るなよ」 額に人差し指を突きつけてキスを迫る顔を押しのけていると、緩く髪を掻き回していた手が俺の手を掴んで来る。 手のひらを解かれ、さっき俺がしたように握られた。 サイファーの手は、やっぱり暖かくて気持ちがいい。 この手が好きだ。 ぎゅ、と握り返した、その手の。 サイファーは今度は、嬉しそうに笑った。 2004.08.09 な、なつかしい…!!! 2004年11月のサイスコオンリーに発行した再録本の書き下ろし3本うちのひとつです。 あと2つは、買った方のみのお楽しみで… 確かコレは、普通にサイトアップしようと思って書き始めて、 結局書き下ろしに回したんだったか…。 あっ違う! アンケートの中のリクエスト欄で、「うぶぶ」の要望が多かったので それに向けて書いたんでした。 せいいっぱいの うぶぶ でした…! 肩すかし食らった方本当にすみませorz |