"永遠の愛"

















ガーデン内の見回りを終えて、やっと自室に帰って来られたのは日付がすっかり変わってからだった。

昼間の任務と夜間の仕事で疲れ切った身体をソファに投げ出す。
すると、肩胛骨の辺りで思い切り何か固い物を踏んだ。
慌ててそれを引き出すと、
それはSeeD専用の無線機。

任務から帰って放り出しておいたのをすっかり忘れていたらしい。
朝一番で返却すれば問題ないか、とそれをテーブルにまた放り出して、
シャワーでも浴びようかと身体を起こす。
そもそも任務と仕事でかいた汗で身体がベタついて気持ち悪い。

床に足を下ろした瞬間、
無線のランプが赤く点った。

さっき踏みつけた時にスイッチが入ってしまったようだった。
今晩は誰も深夜任務で無線を使うとは聞いていない。
誰かこんな深夜に無線を使っているのだろうか?
しかし、無許可での無線仕様は勿論規則違反だ。
誰かふざけて使っているのなら注意しないといけない。

そんなことを思いながらイヤホンを装着すると、
酷く聞き慣れた声が耳を打った。


「………で地獄に突っ込まれたみたいな気持ちになっても、心が溶けるかってくらい泣いたって、結構なんとかなるもんだし、
意外とやり直せるもんなんだって思った」



抑揚の少ない口調で淡々と言葉を続ける声は、
無線を通してよく耳にする、自分たちの指揮官であるスコールの声。


「…お前そんな泣いたことあんのかよ?」


そして乱暴で不遜な口調のこの低い声は、
無線で聞いたことはなかったが、おそらくサイファーの声。


2人が無線で会話をしている。

身の裡を衝撃が走り、どっと冷や汗が吹き出した。
早く、知らせなければ。


「あるさ、…あんたと別れたとき」

「へえ」

「…だからさ、あんたもすぐに立ち直って、不思議とすぐに彼女とか出来たりして」

「……」

「あんたが大事にしてるものをなくしたとしよう、でも…」

「スコール」

「……何だよ」

「お前が言う"大事にしてるもの"ってのがお前だって、解ってて言ってんだろうな?」

「…だから例え話にしてるんだろう」



ガーデン指揮官のスコールと、その補佐官だったサイファーは、ある日突然交際宣言をした。
その発表にガーデンは一時物情騒然とし、混乱した。

それでもその事実を生徒たちも認め、騒ぎが落ち着こうとする中、
頑としてそれに反対する人間がいた。

かつて、スコールと共に闘ったメンバー。
そして、シド学園長。


「……あれから半年か」

「ああ?…ああ、そうだな」

「まさかあんなに反対されるとは夢にも思わなかったな」

「俺もだ」

「…まさかセルフィが筆頭に立って反対するとは」

「そしてチキン野郎に庇われた」



まだあの戦争を終えたばかりで、世界情勢も落ち着かないままサイファーを保護し。
各国からの風当たりも強かったガーデンにとって、
世界を救った伝説のSeeDと世界を荒らした魔女の騎士の恋愛は、大きすぎるスキャンダルだった。


学園長は2人を呼び出して厳重注意を与え、
メンバーは気の迷いだ、普通じゃないと2人を説得し続けて、
結局二月も経たずに2人は別れた。


「別れたとき、何だっけ?」

「あー、あれだ」

『スピード破局』



声を揃えて言ってから2人は小さく笑う。

そう。確かにそう言われるほど、2人はあっさりと別れた。
そして、サイファーは補佐官を降ろされ、一SeeDに戻り。

ただのよくありそうな騒動だっただけのはずが
それ以来、学園長の命令でスコールとサイファーを2人きりで会わせてはいけないという決まりすら出来た。
何もそこまで神経質にならなくても、と思わなくもなかったが、当の2人は至って気にしていないようで。


廊下ですれ違う度に軽く挨拶を交わす2人を見て、
あんなに騒がせた割には不思議とさっぱりしたものだと思ったのだ。


だからこそ、今もこうして隠れて連絡を取っているとは、誰も思わなかったはずだ。
もしかしたら無線だけではなく、実際に会っている可能性もある。


「隠れてた分もあるから全然スピードじゃねえんだけどな」

「………」

「スコール?」

「…サイファー、あのとき、悪かった」

「あん?」

「結局、別れたいって言い出したのは、俺のわがままだ」

「でも今だってこうやって隠れて会ってんのは俺のわがままだろ」

「俺だって会いたいんだから、それはナシだろ」

「へえ?会いたかったのか?」

「…あんた腹立つ」



そこで、また2人は笑った。


本来なら、2人が一緒にいる所を見掛けたら即、連絡をしなければいけないことになっている。
それなのに電話に伸びようとする自分の手が鈍るのは、
今思えば、あれ以来本当に笑っている顔を見せなくなってしまったスコールと、
どことなく昔以上に頑なになってしまったサイファーが
以前のように自然に軽口を叩き合っているのを止めてしまうのが惜しいからだ。

そして、スコールが明日就く任務を知っているから。
…任務と言うより、義務を。


「なあ、スコール」

「駄目だ、俺は行く」

「行ったらどうなるか解ってんのかよ!?」

「解ってる。だから行くんだ」

「それなら、俺も行くつってんだろ」

「それも駄目だ。俺が死んだら、あんたが指揮官になれ」

「てめえ!」

「……今回だけは引かない。…サイファー、すまない」

「…俺を、置いて行くのかよ」

「……だからさ、サイファー」

「…………」

「俺、あんたと別れて死ぬほど泣いて、それで思ったんだ」





「俺たちの仲が反対されて、死ぬほど泣いたり実際に死にたいとか思ってみたり。…なんか、そういうのってよくあることなんだよな、世界中で。
そう考えたら、気が楽になった」





「例え俺が死んで、あんたが残されても。それも珍しくもないことだ」





「あんたがどんなに大事にしてるものをなくしたって」

「よくあることだって?」

「…そうだ」

「お前は一人しかいねえだろ」

「サイファー」

「俺は嫌だ」

「…サイファー」



スコールが戸惑ったようにサイファーの名前を呼んで、
暫く沈黙が落ちた。


「俺は、指揮官なんてやらねえからな」

「え?」

「お前が帰ってこなかったらガーデンは荒れ放題だぞ」

「サイファー」

「だから、ちゃんと帰ってこい」

「…………サイファー」

「あのな、スコール。俺はてめぇがいなくなったくらいじゃ、多分びくともしねえよ」

「…そうだろうな」

「だから、そんな自分が嫌な訳だ」

「それでいいさ。俺の惚れたあんたがそんなヤワじゃ俺が困る」

「…てめえも大概腹の立つ野郎だな」



そうしてまた2人は笑う。

本当に、一時だけ2人の仲が公認だった頃の様子が不意に脳裏に蘇る。
そう、こんな風に軽口を叩き合っては2人で笑っていた。

そして、そんな時間を壊したのは、間違いなく自分たちなのだ。


「あの、な。サイファー」

「何だよ」

「本当は俺、行きたくない」



今まで抑揚なく喋っていたスコールの声が、俄にくぐもる。

聞いたこともないような弱々しい声だった。
あの、スコールが。


そして、ふと思う。
何故、2人は無線なんかで会話しているのだろうかと。

その気になれば2人きりで会うことなど簡単な筈なのに。



「明日になんか、ならなければいい」



絞り出すようなスコールの声を聞いて、気づく。


「スコール」


もし、会わないようにしているのだとしたら。


「あんたと…会えなくなるなんて嫌だ」


会ってしまったら最後、何もかも投げ捨てて逃げてしまうだろうことが
2人とも解っていて、だからこそ会わないようにしているのだとしたら。


「スコール」



逃げてしまったが最後ガーデンから逃げ果せることが出来るはずもなく、
見つかってしまったら、それこそ本当に引き離されてしまうことが解っているとしたら。


「あんただって、一人しかいないのに」


もし、明日の任務からスコールが無事帰って来ることが出来たなら、
今まで通り隠れてでも会うことが出来る。


「スコール…」


2人はそれに賭けているのではないか?


「…自分で言っておきながら、割り切れない」


どちらにしても別離は確定したに近い。


「しょうがねえだろ」


それは、並大抵の覚悟では無理なのではないか。







衝撃を受けた。

だとしたら、自分たちは2人にどれだけ酷なことを課してしまったのか。


最後の別れを、無線なんかで済まさせて。
なんと言うことをしてしまったのか。







愕然として、後悔した。
勢いに任せて無線機の中の2人に語りかけようとして、結局何も言えない。
どう謝っていいのか、解らなかった。

自分には手の中で赤い光を点滅させる無線機を見ながら、
2人の会話を聞いていることしか出来ない。








「でも、行かなきゃならないから、行ってくる。なあ、もし俺が死んだら」

「スコール」

「こう思ってくれよ。俺が死んでも、あんたと俺と…つけ合った傷は消えないだろ?」

「ああ…なくなりゃしねえよ」

「だから、俺たちの愛も永遠に消えない。永遠に残る」

「ああ」

「何もなくならない。形が変わるだけで、永遠に残る」

「ああ」









きっと夜が明けるまで、2人はこうして取り留めもない会話を続けるのだろう。

そう思ったら、せめてあの時反対してしまったことの詫びとして、
今晩だけでも見て見ぬふりをしたかった。



淡々と語り続けるスコールと、
淡々とそれに相槌を打ち続けるサイファーの声を聞きながら、








「なあ、サイファー。俺、あんたのこと本当に、…………」


























ゆっくりと無線の電源を切った。



















































2003.06.07


はい、思いつくままに書いてみたのですがいい感じに消化不良になってしまいました…。
これもとある曲がモチーフなのですが、モチーフにしたにしてはかなり解釈等変わりました。
うーん。原曲は愉快な曲なのです(笑)

ちなみにスコールがどんな任務に就いているかは決まっているのですが、
入れると説明が長すぎたのであえて入れませんでした。まあ、皆さんの想像で…(字書き失格)
あと、語り手が誰かも皆さんのお好みで…。別に「誰」と決めて書いてはいないです。…多分(笑)

このあとお2人さんがどうなるかは、これまた想像にお任せですが、
私的には無事帰ってきて学園長を脅してトンズラこきます(笑)さすがウチの2人だ!←無意味に隠し

あと、私的サイスコ。この話では「結局自分のことしか考えてない」です。
上手く行ってるのが不思議です(笑)



今回題名は偽りありですが、色々考えてこの題名で。





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