ガーデンから車で山に分け入って15分。
舗装もされていないでこぼこ道をひたすら進むと、車道が途切れる。
そこから獣道を無視して歩いて5分も経たないうちにぽつんと木造の小屋が現れる。
誰が作ったものかも解らない、だが、誰も住んではいない。
木々もなく、小さな広場の様に急に拓けた草むらの真ん中に建っている。

車道からすぐの所にある割に誰にも気づかれないその小屋は、

忙しい仕事をサボって昼寝をしたかったり、
あまりに暑い日に涼みたかったり、
ただ単に2人になりたかったり、
ぼんやり考えごとをしたかったり、

そんな時に訪れる、俺たちの『隠れ家』だった。









木床の記憶









ここに来るのは一体どれぐらいぶりだろう。
そう思って夜空を見上げると、ぽっかりと空いた木々の間から満天の星空が見えた。

そういえば、夜に来るのは初めてかもしれない。
ここに来るときは必ず日帰りで、夕方にはガーデンに戻っていたから。

そよそよと気持ちいい風に吹かれて小さな虫が鳴く声を聞きながら、
手入れされずぼうぼうに生い茂った藪を足で掻き分けて、ひっそりとたたずむ小屋まで進む。
外から見た限りでは、何の変化も伺えない。
原型を止めているし、壁にも屋根にも穴はなさそうだ。
ボロだボロだと思っていたが、案外丈夫な小屋だったのかもしれない。

さくさくと草を踏みつけながら入り口のドアまで進み、ドアノブに手をかける。
久々に握ったドアノブは、ひんやりとしていた。


小屋に鍵なんて上等なものはついていない。
盗まれるようなものは何一つないからだ。
あるのは、こぢんまりとしたベッドと、小さいコンロと凹んだケトル、スプリングのイカれたソファ。
ガラス戸の外れた食器棚にはコーヒーカップが2つとプラスチックの皿が2枚。
傾いたテーブルとパイプ製の椅子。

価値のあるものなんて何一つありはしない。

さび付いたドアノブを捻って軋むドアを開けると、
何一つ減りも増えもせず、変わらぬままの小屋がそこにあった。

胸ポケットから愛用のジッポを取り出し、それを光源に小屋の中を進む。


最初に目に入るのは、おんぼろのテーブルと、一つだけの椅子。
テーブルが斜めなのは、口喧嘩をした時スコールが八つ当たりにけっ飛ばして、脚を一本折ったからだ。
2人でああでもないこうでもないと修理しているうちに、喧嘩はうやむやになった。

斜めのテーブルの上には、スコールが持ち込んだキャンプ用のガスコンロ。
このコンロとそこらのゴミ捨て場で拾ってきたケトルでコーヒーを淹れるのは、俺の役目だった。
時折トーストを持ち込んで直接コンロで焼こうとして、焦がしたりもした。

一つだけの椅子には、じゃんけんで負けた方が下になって座った。
長時間下になって座っていると、足が痺れた。
今2人で座ったら、きっと崩壊するだろう。


テーブルに背を向けて置いてあるソファ。
スプリングがほとんどきかなくなっていて、座ると想像以上に尻が沈んで居心地が悪かった。
右端の肘掛けにあるシミは、コーヒーを零したシミ。
正確には、喧嘩してコーヒーをぶっかけられた時のシミだ。
ここで昼寝をしていると、いつの間にかスコールが腹の上に座っていて、その重みで魘された。
腹が立って腹の上の身体を蹴落とすとそれすらも愉快そうにスコールは笑って汚れた床に転がった。
思い出しながらそっと背もたれに手を掛けると、もうもうと埃が上がった。


ソファから3歩半離れたところにあるのは、小さすぎるベッドだ。
あまりに小さすぎてスコールですら窮屈そうに身体を縮めて横たわっていた。
無論、俺が入る余地なんかない。
一度無理して入ろうとしたら、スコールが押し出されて反対側に落ちた。
壁との隙間に挟まって手首を捻ったらしく保健室の世話になったので、
それ以来入ろうとは思わなくなった。
日に当たっていつもほこほこしていたシーツとタオルケットは、湿気っていた。


そういえば、この小屋にもひとつだけ価値のあるものがあった。
スコールが持ってきた、お気に入りのクッションだ。
本当に高価なものかは解らない、あくまでスコール談のそのクッションはスコールには全然似合わないピンクで、
すべすべの気持ちいい肌触りをしていた。
この小屋にいるときスコールは大抵それを抱えて、窓の下の床に寝転がっていた。

日当たりも風通りもいいその場所は他の床より板が薄いらしく、そこを歩くたびにギイギイと撓む。
そんな不安定な場所がスコールは気に入ったらしく、
そのうち床が抜けて落っこちるぞ、とからかうと機嫌の良さそうな顔でこっちを見た。
そして俺の淹れたコーヒーを飲みながらふたりで床の上に座り込んでとりとめのない話をした。
ソファもベッドもあるのに床の上なんて妙な格好だったが、話しているうちにクッションを抱えたままころりと横になって
人の話も聞かずにぐうぐう昼寝を始めるスコールを眺めるのを、俺も気に入っていた。

てっきりその場所にあると思っていたクッションが、見当たらない。
もしかしたら、誰かがここで野宿などをしてその際に持って行ったのかもしれない。
ほんの少し残念に思いながら、色あせたカーテンがぶら下がる窓辺まで歩み寄る。スコールの気に入りの場所。
足下でギイ、と音がした。
暗くて気づかなかった。近づいてやっと気づいた。
その場所に、床はなかった。

ぽっかりと床に口をあけた暗闇。
その中に、あのクッションが落ちていた。

ホラ見ろ、落ちるって言ったじゃねえか。

かがみ込んで、クッションを拾い上げる。
床下の土の上にぺたりと横たわったクッションは、じっとりと湿っていて不快だった。
ぽん、と叩くと、ぱらぱらと土が床に落ちた。

きったねえなあ。

そう呟いて、笑おうと思った。だが、できなかった。
歪んだだろう眉と妙な角度に上がった口角はきっと無様で、でも、そんな顔しか出来ない。


ベッドの上にクッションをそっと置き、小屋を出る。
ドアを閉めるために振り返った小屋の中は、あまりに暗くて。
もう一度ジッポを取り出して、火を点けたそれをささくれた木の床に放り出す。

しっかりとドアを閉め、さくさくと草を踏み倒して小屋から離れる。
ある程度離れた所で、振り返った。
本当はこのまま振り返らずに行こうと思った。
だが、振り返ってしまったら、動けなくなった。

そのうち、窓の内側がちらちらと赤くなり、虫の声しかしなかった夜空にパチパチと音が聞こえ始めた。
暗い空に黒い煙が上がり始める。
ゆっくりと燃えて行く小屋。

もっと、一気に跡形もなくなればいい。

そう思った瞬間今までの穏やかさが嘘のように、ごお、と強風が吹いて、急に炎が大きくなった。
距離を取った筈の自分の元に、熱と、焼ける木の匂いが届く。


本当は、時のままに朽ち果てるのを待ってやるのが一番いいことだとは解っていた。
けれど、あの腐って浸食された床のように、スコールの思い出も浸食されてしまうような気がして。

舞い上がる火の粉が皮膚に触れてちりちりと痛んだ。
巻き上がる熱風が吹き付けて、目を焼いた。
それでももう、その場所を動こうとは思わなかった。

そのうち、柱が焼けて、梁が崩れて、炎が全体を飲み込んで、
こぢんまりとした素朴な小屋は原型も止めず、何が燃えているのかも解らなくなった。


真っ暗な空を背景にごうごうと煙を上げて燃え上がる小屋を眺めながら、何故か涙が流れた。
泣けて、泣けて、仕方なかった。
袖で乱暴に涙を拭って、畜生、と呟いてまた泣いて。
あれから随分経つのに。
木の床で寝転んでいたスコールの記憶はあまりにも鮮明で。
燃え落ちて行く小屋を、その炎を、ただただ目に焼き付けた。


















スコールはあの木の床が好きだった。

きしきしと音を立てる日当たりのいい、暖かい床。

日の当たる時間に決まってそこに寝転んで、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

一緒にそこで昼寝をして、一緒にそこでコーヒーを飲んだ。

日に当たった髪を梳くと、嬉しそうに目を細めた。

似合わないクッションをぎゅうぎゅうと抱きしめていた。

ずっとここにいたいな、と我が侭なことを呟いた。

床に頬を押しつけて幸せそうに目を閉じた。











スコールは、もういない。


























































2005.10.09

後半とラストだけ書いて、あとはずっと放置されておりました(爆)
久々に紙に手書きでトライ。

セリフなくってすみませ…久々に暗いのですみませ…
泣くサイファーが書きたかったのかな?多分。

ちなみにコレはサイト内小説と繋がってます。一応…





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