考えないようにしていたのだと思う。
これから先、決してないとは言い切れないことだからで、
だから、余計に。
考えれば、駄目になって行くと解っていたからだ。
けれど、本当は考えなければいけないことなのだろう。


これから先、起こり得ることだ。










まどろみからの覚醒









「……おはよう」

「…ああ」


最悪な夢の後味を引きずり部屋から出て声を掛けると、
スコールはソファに座って新聞を眺めたまま声だけで返事をした。

毎朝、変わらない光景。


息を吐き、顔を洗おうと一歩を踏み出すと、
自分にコーヒーを煎れるためだろう、スコールがソファを立ち、こちらに背を向ける。
これも、変わらない光景だ。
変わらない光景だが、その背を見た瞬間、ぎくり、と足が止まる。

利き腕に蘇る慣れた感触。
そのまま、そこから動けなくなってしまった。



……ああ、やはり似ていたのだ。









昨日は、最悪だった。
仕事自体はいたって簡単で、欠伸が出そうな内容だったが、
仕事中に、一緒に行動していた軍の兵が重傷を負った。
軍に私怨を持つ人間の不意打ちだった。

本来なら、SeeDは任務には関係のないことには触れない決まりだったが、
自分たちを雇った軍の上層部からその人間を拘束して来いと命令が下った。
場合によっては、殺しても構わない、と。

それは、言外に「殺してこい」だ。

別にどうでもよかったが、班長の周章する様に、名乗りを上げた。
そういうことをするのは、自分の役回りだと知っていたからだ。

気が重かった。

男はすぐに発見出来た。
追いかける自分の姿を認めて、
男は泣きそうな顔をしていた。
そして、武器をかなぐり捨て、逃げようと後ろ姿を見せる。

いつもの自分なら、その一瞬に間合いを詰めて仕事を終わらせることが出来たはずだった。
それなのに、自分の足はぎくりと動きを止める。




その男の後ろ姿は、嫌になるほど恋人に似ていた。





逃げる男の髪を掴み地面に引き倒し、その背に体重を掛けて踏みしめる。
扱い慣れたガンブレードをその首に振り下ろすその瞬間、

内臓が冷えるような感覚に襲われる。



確かに、自分は怯えていた。



人を殺す行為に怯えるなんてことはすでに乗り越えた障害だった。
例えそれが顔見知りであれ、同じ場所に所属する人間であっても。
実際、戦場で出会ったこともあったし、殺したこともあった。
そんなことは仕事になれば平気でこなせる。
それなのに、
恋人を殺すことだけは、こんなにも怖いのか。

滑稽だ。

ガンブレードを振って血糊を飛ばすと、
部隊に合流するためにその場を後にする。
あの男の返り血を浴びたコートがおぞましくて
適当に言い訳をして部屋に帰った。



人殺しを好きかと聞かれたら、
別にどちらでもないと答えるだろう。
それで喰って生きている以上、必要なことなのだろうし、
必要がなければ殺さないだけだ。
それでもその時ばかりは考えずにいられなかった。

きっと、無意識のうちに考えないようにしてきたのだろうと思う。
そんなことを考える暇があったら行動に出た方が早いし、
行動に出た以上、後は直感で動くだけだ。
いちいち考えていたらこっちの命が危ない。
それで今までやってきたのだから、
これからもずっとそうだ。

そうだが、


いくら考えても恋人を殺す瞬間を想像するのは恐ろしい。
これから先、そんなことがないとは決して言えないのに。









目を開けると、スコールはまだこちらに背を向けていた。
あの男を殺した感触が、まだ利き腕に残っている。
気分は相変わらず最悪だった。


「スコール」

「何だ」


声を掛けると、素っ気ない返事が返って来た。
それに安心して、やっと足が動く。








昨晩、見た夢の中で昨日の記憶を繰り返した。
多分、その夢を見始めた時からその夢の最後はどうなるか解っていた。
逃げる男の後ろ姿は相変わらずスコールに似ていて、
追いかけるのが酷く嫌だった。
髪を掴んで引き倒した男は、

案の定スコールの顔をしていた。


ガンブレードを振り下ろして、その感触に飛び起きる。



最悪だ。








「スコール」

「だから、何だよ」


コーヒーをテーブルに置いたスコールが苛立たしげに声を上げる。
何か言おうと思ったが、何を言って良いのかも解らない。
こういうことをスコールに言おうとしたことはなかったからだ。


「何でもねえ」


結局、そんなことしか言えなかった。


「サイファー?」


そもそも、部屋の入り口から一歩も動こうとしない自分の異変に気づいたのか、
スコールが訝しげに声を掛けてくる。

テーブルから離れ、こちらに歩いてくるスコールの姿を認めて、横を向いた。


きっと今、自分は酷い顔をしているだろう。


そんな顔を見せることは、自分たちの関係では反則だ。
それ以上に、見られたくない。

無言で傍に立ち何も問わずに見上げてくるスコールの後頭部の髪に指を梳き入れ、
引き寄せる。

ごつ、と額同士がぶつかり合った。


「サイファー?」

「…何でもねえよ」


触れ合った部分から低い体温を感じて、
ああ、スコールは生きているのだと、実感した。

きっと今、自分は酷く情けない顔をしているに違いない。


「何でもねえ…」

「…サイファー」


ひやりとした低温の指が頬に触れる。
本人に慰める意志があったかどうかは解らないが、
それだけで充分だった。

今日、スコールは少しだけ自分に甘い。

心地よい体温のその手に掌を重ねて、自分の頬に押しつけた。


スコールは、ちょっとした行動を起こす代わりに何も問おうとしない。
しかし、自分にも言う気がなかった。




慰めや、愚痴や、甘えの言葉は、自分たちの関係には決して必要ない。
もし、仮にそんな言葉を交わしていたとしたら、
甘え合い、凭れ合うような関係に甘んじていたとしたら、
きっと夢に見たようなことが起こるのが恐ろしくて、
この仕事を放り出しているか、
若しくは既に死んでいるか。

みすみすそんな風になる気は、自分たちにはない。


自分たちの関係は、そう言った類のものなのだ。



「何でもねえよ、馬鹿」

「じゃあ、冷める前にコーヒー飲め」


言うと、憮然とした声が帰って来る。
その声を聞いて、気が付いた。


「お前も、今日は優しいじゃねえか」

「何でもない、馬鹿」


妙に優しいスコールは、
きっとまだ昨日の何かを引きずっているのだろう。

二人とも自然と小さく笑いが漏れる。


重ねた手はそのままに
梳き入れた手でその髪を掻き回すと、
思い切り頬を抓られた。


















お互いの慰めを一切必要としない自分たちの関係は、
通常の恋人同士という枠からはかなりかけ離れているのだろうと思う。
それでも
ちょっとした時に、相手のことをかけがえない存在だと、

そう感じる一瞬があるのも、確かなのだ。



そんな一瞬があるから、
自分たちは決して間違ってはいないのだろう。






それでいいと思うのだ。

































相手との関わりが密接なものになり、
お互いに時間をかけてかけがえのないものになると言うことは、
たったひとつしかなくても、それが他の全てのものと同じ意味を持つと言うことである。
かけがえがないと言うのは、たったひとつしかない、と言うことであるが、
それが他の全てのものと同じだけの意味を持つと言うことである。




ひとついいものがあれば、他にはもう要らなくなる、とはそう言うことである。

たったひとつのもの、たった一人の人で幸せになれる、とはそう言うことである。






















































2003.05.04

「時を心に刻む」の後日談であります。
イラストの「慰め所」を描いていて話が出来てしまいました。
イラストはうっすーく背景になっております(笑)

サイファー版にした途端に心理描写が少なくなるのは、
それはもうサイファーですから…としか言えませんよ。
スコールならだらだら書けるのですが…サイファーじゃあ…(遠い目)





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