ふと、考えてしまうことがある。
それは考える必要があるような、ないようなもので、
そのことを考えることすら本当はいけないのかも知れない。
それでも、考えずにはいられないことだ。


このままでいいのだろうかと。










時を心に刻む










「……ただいま」

「ん、おう」


無意味に疲れた任務から帰って声を掛けると、
サイファーはソファに埋もれて雑誌に目を落としたまま片手を上げて見せた。

恋人の帰還にしては冷たい対応かも知れないとは思うが、
お互い共にいつもこうなのだからもう何とも思わなくなっていた。
サイファーの見慣れた後頭部辺りに少々視線を巡らせる。


部屋に入りガンブレードを壁に立て掛けてジャケットを脱ぐと、
血の臭いが鼻孔をついた。



…今回は何人殺しただろう。









今日の任務は最悪だった。
簡単な反乱鎮圧だけのはずがクライアントが出した命令は
全員殺して来いという残虐極まりないもので。

本来ならば逆らってもよかった。
あの戦争以来SeeDにも依頼を選ぶ権利がある。
それでも否と言わなかったのは、このクライアントがガーデンに出資していることを
皮肉にも知っていたからだ。

気が重かった。

殲滅を終え、リーダーの男の死体をクライアントの足元に放り出すと、
その男はニヤついた笑みを浮かべて返り血を頬に跳ねさせている自分の顔を見た。
そして、


「SeeDの中でもトップクラスの地位を持つのにわざわざ前線で戦うのは、人殺しが好きだからかな?」


そうのたまったのだ。



一瞬にして、血が冷えたのが解った。


自分は、高い地位にいるからこそ、前線で戦って行くと決めていた。
それは命令だけ下して何もしないような人間になりたくはなかったからだ。
手を汚さずにしたり顔をするような、この男のような人間になりたくないから
だから、前線に立っているのだ。
もし自分が死んでも、後に就けて問題ない人材には恵まれている。

人を殺したこともない、
死ぬことを真剣に考えたこともないこの男には何も解らない。

解らないのだと、
感情に動かされてしまいそうになる拳を握りしめて当たり障りのない返答をした。



人殺しが、好きなわけではない。
仕事だからしていることだ。
そこはきちんと割り切っているのだと、そう思ってはいるのだが、
時折、人を殺すという行為についてふと考えてしまうことがある。

そんなことをいちいち考えていたら立ち行かなくなることは解っていて、
本来ならもうそんなことは考える必要はなくなっていないといけないのだと言うことも解っている。
けれど、考えずにはいられない。

自分は人の人生を終わらせているのに、
任務が終われば帰る部屋があって、
待っている仲間がいて、
恋人がいる。


それでいいのだろうか。









振り向くと、サイファーは変わらぬ体勢を保ったまま、まだ雑誌を捲っている。
気分はあれから最悪のままだ。


「……サイファー」

「あー?」


まだ血の臭いのするジャケットを握りしめたまま、男の後ろ頭に問いかける。


「サイファー、俺、あんたと別れた方が、いいかな」


こんなことを生業にする自分に、恋人がいる意味があるのか、と。
そんなことを聞くのは単なる甘えだと解っていながらも。








「で?俺に甘やかしてほしいのか?スコールちゃん」








長い沈黙の後、サイファーはまだページを捲るのをやめないままそう言った。

かっ、と頭に血が上ったのが解る。
何かを言い返そうと思ったが、言葉が何も出てこない。


この男がそう言うであろうことは解っていた。
解っていて言ったのだ。
そして、多分自分に何があったのか知らない癖に辛辣な言葉を吐く男は
今もこちらを振り向こうともしない。




こう言うことに関して、サイファーは優しくない。
決して優しくない。




時折、ほんの少し見せる甘えにも応えようとすることはない。
欲しい言葉も与えず、
その代わりこちらの心を抉るような事を言うのだ。
ほんの少しの方向も示さず、自分のことは自分で解決しろと簡単に突き放す。

そう言う優しくないところが、嫌いだ。


しかしそれは、自分にも言えることであり、
自分たちに甘え合い、凭れ合うような関係は欠片も必要ない。
だからこそ、こうして今も関係が続いているのだろう。

甘え合っていたら、おそらく、もう終わっている。
きっと、自分はここからは消えている。
自分たちの関係は、そういった類のものなのだ。



「……うるさい、馬鹿」


ようやっと出た言葉はそんなものだった。
それを聞いてサイファーの頭が上下に揺れた。
笑っているのだろう。
全く腹の立つ男だ。

サイファーは優しくない。
けれど、そんな優しくない優しさが好きでもあるのだ。


「俺、もう寝る」

「スコール」


部屋のドアを閉じようとした手を、サイファーの声が止めた。


「俺は、自分が幸せなことを恥じたりしねえぜ」


一瞬、言われたことの意味が解らずに瞬いたが、
頑なにこちらを見ようとしない金髪を見ていて、気が付いた。


「…なんだ、今日は優しいじゃないか」

「……うるせえ、馬鹿」


きっと、今日サイファーにも何かあり、
ほんの少しだけ甘えてみたかったのだろう。

二人とも自然と小さく笑いが漏れる。


ジャケットをそのままに歩み寄り、そっと後ろからその金髪に触れると、
男は気持ちよさそうに目を細めた。


















お互いの甘えを一切許さない自分たちの関係は、
通常の恋人同士という枠からはかなり外れているのだと思う。
それでも
ほんの時折、紛れもなく自分たちは恋人同士だと、

そう感じる時間があるのも、確かなのだ。



そんな時間があるから、
決して無意味な関係ではないのだろう。






それでいいと思うのだ。

































我々がいま生きて様々なことが出来るというのは、
誰かを踏み台にして誰かの犠牲の上に成り立っている。
だが、そのことに自分で気づかない限り、平気で無視していられる。
気づかない限り、人は無責任でも無神経でもいられる愚かな存在なのだ。
知らず気づかないゆえに、心に感じることのない心の時間を
我々は何としばしば浪費していることであろうか。



心に感じる心の時間というのは、


そういう無駄な時間のほんのはざまにある。






















































2003.04.26

今回もやたらと暗めモードですみません…。
ですが、かなり私内オフィシャルサイスコに近くなっています。
こういうのがサイスコだと思うのですよね、ある一面では。

時期が時期的にこの内容はどうかと思ったのですが、
この波を逃すと次にこの波が来るのがいつか解らないので…
ちゃきっと書いてしまいました。

文体的にはまだ昔ジャンルで小説が最盛期だったころの文章を思い出しながら書いています。
こんな感じにだらだらと薄ら暗いのが本来の私の文体なのですね…きっと。

ところでこの述べるを一言で言い表すのなら、

「しかし、それが本題ではない」(BYゲイナー)

爆。





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