カンバセイション03
















隣で眠る男が動く気配で、目が覚めた。


うっすらと瞼を上げたが白い月の光が眩しくてまた目を閉じる。
そのまましばらく眠りが訪れるのを待っていると急に瞼の上に影がさし、
訝しんでもう一度目を開けると今の今まで眠っていたはずの恋人が月光に手を翳していた。


……サイファー?


そう呼びかけたつもりがそれは全く声にならずに辛うじて語尾が吐息になって口から漏れただけで。
それだけでも、俺が起きたことに気づいたのだろう。

「知ってるか?」

と声をかけてきた。

「……?」

「あそこに見えるだろ、半月」

そう言うと翳していた手でその半月を指さして見せた。

真っ直ぐ伸ばされた腕の筋肉と筋と、その逞しさに見惚れる。
長くて、頑丈でしなやかな腕。
…羨ましい。

何も返事をしない俺に、それも慣れたという態度でサイファーは言葉を続ける。

「あと6時間したら、この星はあそこにあるんだぜ」

「…ん?」

正直言って意味不明だったから素直に疑問系で返すと、
サイファーは伸ばした指先で空中にぐるぐると円を描いて見せた。

「だぁら、この星は太陽の周りをこう…ぐるぐる回ってんだろ?
 で、この星の周りを月がぐるぐる回ってる。今日は半月だから、
 この星の進路上に月がある訳だ。
 で、今から6時間経つと今ここから見える月の位置にこの星があるんだと」

「ふぅん。……よけいな知識は豊富だよな、あんた」

何となく解るような解らないような説明だったから俺なりの誉め言葉を投げかけてやったら、
サイファーは急にやる気をなくしたかのように手を脱力させた。

ばふ、と布団の上からサイファーの腕が俺の腹を直撃する。

結構重い。
多分、わざとだ。

「相変わらずムードっつーモンがねぇよな、てめぇは」

「悪かったな」

俺はあんたみたいなロマンチストじゃないし。
それよりムードがないのを承知でそう言う話題を振る方が悪い。

そう思いながら、月を見る。


寒くて澄んだ空気の中では、月光は白くて目が痛い。

6時間後、俺たちはあそこにいるんだな、と思ってみる。
…何だかスケールが大きいような小さいような話だ。

当たり前なことだけれども、この星があそこに行くと、月も回っているはずだから
当然ぶつかるなんてことは有り得ない。
でもたったの6時間じゃあまだ月は半月だろうから、またこの星は月を追って回る。
6時間後また追いついて、でももうその時月は回っていて。

僅かな差だけれど、絶対に追いつけない。

なら、

「……さしずめ俺はこの星だな」

「あ?」

「6時間経っても6時間経っても追いつけない。
 俺は月を──あんたを追いかけてぐるぐる回る、この星だ」

俺がそう言うと、サイファーはやっとこっちを向いた。
何とも珍妙な顔をして。

「そりゃ奇遇だな。俺もお前のケツを追っかけるこの星だぜ」

「いや、俺だ」

「俺だっつーの」

「馬鹿言うな。俺だ」

「てめぇもしつけーな、俺だったら俺なんだよ」

「あんたうるさい。俺だ」

「うるさいだとぉ?ならさっきまでのお前の方がやかましかったぞ!」

「…!変なこと言うな、この老け顔!」

「ふっ!?……てめぇ言いやがったなこの唐変木!」

「何だとこの色魔!!」

「黙れよ鉄面皮!!」

「木偶の坊!!!」

「スットコドッコイ!!!」

「…………」

「…………」

そこまで怒鳴り合って、それから沈黙して、2人いっぺんに吹き出した。

馬鹿だ。あまりの馬鹿で低次元な言い合いが余計に笑えた。
年少クラスのケンカの方が数倍マシだ。


ひとしきり笑って、笑いがおさまって、顔を見合わせてはまた笑って。

いい加減腹筋が痛くなって来て。
そうしたらさっきまでの追いつけないとか追いかけるとか──
その辺の会話まで馬鹿らしく思えて来た。

現に、サイファーはすぐ隣にいるし

「それなら、俺は月でいいか」

「お?何だ負けを認めたか?」

「あんたに追いかけ回されるのは嫌じゃない気分だ。それに」

「あ?」

"それに"は聞こえないように言ったつもりだったのに聞こえてしまったらしい。

俺は極力意地悪そうに笑って
片肘をつき見下ろしているサイファーの頭を両手で挟む。
そしてそのまま問答無用、とばかりに胸に抱き込んだ。

まだ裸の胸にサイファーの癖のある金髪があたってくすぐったい。

「……もう寝ろ」

俺の言葉に、
こんなことされたら余計寝られないっつうの。
などと言うサイファーの頭を抱く腕の力を強めて
それを黙殺した。




日頃の激務のせいかすぐに寝入ってしまったサイファーの髪を撫でながら
月を見上げてみる。

「それに、どっちが月でどっちがこの星でも離れられないことに変わりはないだろ?」



それなら俺は月になってあんたの周りをぐるぐる回ってるってのも

いいんじゃないか?






俺にとっては願ってもないことだしな。





















































2001.12.11

直前まで読書してたので文体がやや伝染ってます(死)
いや、それほど顕著じゃないんですが。

別名、「NHK星のテレビ」(笑)

この「6時間後に月の場所」話、
とある夏の深夜NHKの天体テレビでやってたんですわ。
その話だけよく覚えてます。
身近だった分インパクトあったんでしょうねぇ。
でも8の世界でこの話は通用しないと思いますが(笑)

ところで月はいつまでも半月じゃないわよ、スコール……。(ワタシ)←殺






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