満月の綺麗な晩だ。 上空でごうごうと風が音を立てている。 真冬の、今にも凍えそうな風が開けっ放しの外套の合わせ目から容赦なく侵入して体温を奪っていく。 吐き出した息は霧のように白い。 今にもすべてを凍り付かせそうな風と月光を背に受けながら、 「サイファー、勝負だ」 スコールはすらりとガンブレードを抜き放ちサイファーに向き直った。 月光を反射した刃がぎらりと光る。 その神妙な立ち居振る舞いに、刀を向けられた方はひたすら困惑するしかない。 スコール…本気か…! 『また別の話』 まんまとキスティス達のいいように使われて、スコールを部屋まで送っていかなければならなくなった。 嫌々ながらもタダ酒のために折角歩いて来た道をなんでまたスコールを連れて嫌々戻らなければならないのか。 そんな面倒臭いこといちいちやっていられるか! そう思い、どこか適当に人目のない場所でさっさとスコールを気絶させて店に戻ろうと思っていたのだが、 そう簡単にはいかないようだ。 どこで当て身を喰らわすかと前を行くスコールの後について歩いていたサイファーに、 スコールはバラムの街を出て少し歩いた草原で、いきなり斬りかかってきた。 「ちょ…待て!」 「待ったなし!!」 すんでの所でなんとか躱して無意味なバトルを回避しようと説得を試みるが、 完全に酔っぱらったスコールは聞く耳持たない。 サイファーは自分もガンブレードを取り出した。 こんな酔っぱらい相手に得物を抜くのは正直嫌だが、相手が持ち出して来た以上はこっちもガンブレードを使わないと危ないかもしれない。 それに隙を見て峰打ちでも喰らわせればさっさとこの面倒臭いバトルも終わるだろう。 サイファーは次々と繰り出されるガンブレードをひょいひょいと躱して行く。 いくら技術が優れているとは言え、相手は酔っぱらい。 いつものようにスピードに冴えはないし、 単純になった思考回路そのままに太刀筋も一本気になっているから、避けるのは簡単だ。 だが、細っこく見えるスコールでもスタミナはやはり人並み以上にある。 長く続くとしんどいものはしんどい。 本当の真剣勝負ならまだしも、こんなよっぱらいの戯れに付き合うのも嫌になってくる。 が、いくら攻撃が疎かになってもスコールの実力は本物だ。攻撃する隙がなかなか見つからない。 切り上げる隙がが見つからず、サイファーもイライラして来た。 ここは一気に攻めるか…と思案していると、 「どうしたサイファー!諦めて俺のものになれ!」 スコールがまた奇怪なことを言いながら振りかぶった一撃を繰り出してきた。 つうかまだそんな事言ってんのかよ!!ふざけんな! あまりのしつこさに今まで我慢してきたサイファーも堪忍袋の緒が切れた。 「…っのやろ、いい加減にしろ!」 怒鳴りつけざま、振り下ろされるガンブレードをぶら下げたままだったハイペリオンで力一杯上に跳ね上げる。 場合によっては刃が折れるかもしれない荒技に刀身がギシギシと嫌な音を立てた。 突然渾身の一撃を跳ね上げられたスコールの正面は無防備だ。 本来のバトルなら、胴を薙いで終わり。だが、さすがにそこまでは出来ない。 はずみで殺しでもしようものならこっちの身がどうなるやら。 だから、とりあえずサイファーはハイペリオンを投げ捨てる。 「!?」 その行動にスコールは驚いたのか、一瞬動きを止めた。 その隙を逃さず、サイファーはまだ上がった状態のスコールの両手首を掴んで草地に引き倒す。 背の高い草が生えた地面に2人でもんどり打って倒れ込んだ。 「いてて…あー畜生。なんで俺がこんなメに…」 咄嗟の行動だったために受身も何も取れなかったが、草がクッションになって大した痛みはなかった。 どこかを捻ったとかそういう事もないようだ。 こんな酔っぱらいの喧嘩ごときでそんな怪我をしたら…などと思うと情けなくて涙が出る。 スコールもどこかを痛めたようではなかったが、転げた衝撃でガンブレードを取り落としたようだ。 それを見て安堵の息が漏れる。 とりあえずこれでもう斬りつけられることはない。 スコールの手は押さえたまま、サイファーは念のためにと手を伸ばしてリボルバーを掴むと、ハイペリオンの方に投げ遣る。 と、今度は下から腹に強烈な足蹴を喰らった。 「うぐ…て…てめえいい加減にしろっつっただろ!」 「うるさい!勝負はまだついちゃいない!」 「もう充分ついてんだろ!あんま騒ぐとマジでこのまま殺すぞコラ!」 「むぐーー!」 ぎゃあぎゃあと喚く口を手で塞ぐと、じたばたと抵抗は続けていたがやっとスコールは静かになった。 はぁー…と深い溜め息をついて、サイファーは考える。 とりあえず、このスコールをどうすべきか。 まさか本当に殺す訳にも行かないし、適当にそこらに置いて行くか、 バラムのホテルにぶち込んでおくか、文句を言われそうだが一緒に店まで戻るか、 ガーデンの寮まで送ってやるのは…それはさすがに面倒だ。 …やっぱり、店まで一緒に戻るのが一番楽な気がする。 ほっといてまた眠り込まれて凍死されても困るし、あそこなら連中がいるからスコールのお守りだってしてくれるだろう。 そうと決まれば、といつの間にやら抵抗すらやめていた酔っぱらいに目をやると、 それは口を手で塞がれたままぐったりと目を閉じていた。 「うおっスコール!死んだのか!?」 慌てて手を離してガクガクと身体を揺すってみるが、反応がない。 まさか本当に殺っちまったんじゃあ…とサイファーが青ざめかけたその時、 スコールからすう、と息が漏れた。 その後にも、また規則正しくすうすうと深い呼吸が続いている。寝息だ。 抵抗に疲れたスコールはまた眠りの国に行ってしまったらしい。 「…紛らわしいにも程があるんだよ…この野郎…!」 はあー…と再び深い溜め息をついて、サイファーは項垂れた。 とりあえず、殺してなくてよかった。 さて、スコールが死んでいなかったことはめでたいが、状況は何一つ変わっていない。 というか、むしろ悪くなった。 こんな爆睡中の人間をこんな野っ原に置き去りにする訳にはいかない。 凍死するかもしれないし、多分それより先にモンスターに食われる。 起きていたさっきまでならともかく、これでは店に戻ることも出来ない。ブーイングが来るに違いない。 こうなったら、バラムのホテルにぶちこむか、寮まで送るかだが… 生憎サイファーには所持金がなかった。スコールのジャケットの中の財布を勝手に確認してみるが、 ホテルに泊まれるだけの金額は入っていない。 つまり、残されたのは『寮まで送る』という選択肢のみだ。 「マジかよー…」 めんどくせえ! 痛む頭を抱えて他に良い方法はないかと探ってみるうちに、 段々腹が立ってきた。 「何で俺がこんなメに合わなきゃいけねえんだよ… っつーか何で俺がスコールの面倒を見なきゃなんねえんだ。 忘年会でタダ酒なんてのに乗せられなきゃよかった…つーか そもそも俺、酒飲んでねえし!タダ働きかよ! …クソこうなったら何が何でもタダ酒飲んでやる。ヤケ酒だこの野郎!」 一人でブツブツ言って挙げ句に切れた。 切れた後のサイファーの行動は早かった。 まず地面に転がったままのスコールを無理矢理肩に担ぎ、バラムに戻る。 バラムに戻ったら商店街へ。 適当な酒屋に入り、その軒先にスコールを放置してスコールの財布から勝手に金を借用して買えるだけの酒を買い込み、結構な量になったそれを持つためにスコールを背負うと、酒瓶をガチャガチャ言わせながら夜道をガーデンに向かって歩き出した。 「あー…重ぇ…」 物騒な夜道を怒りの勢いに任せてのしのしと歩いてきたサイファーだったが、 ガーデンまで後少し、という場所まで来る頃になると流石に息が上がってきた。 バラムからガーデンまで普通に歩いて30分もかからない。 が、やはりスコールを背負い、酒をぶら下げた状態は辛い。 酒の入ったビニール袋は手袋をしていても手のひらに食い込み、痛い。 持ち替えたいが荷物を背負っているのでそれも無理だ。 それより何より…背負っている荷物が…スコールが重い。 これで意識があれば少しは楽かもしれないが、完全にぐったり脱力しているから重いことこの上ない。 最初は楽々背負えていたが、時間と共に重くなる。 ずっしりと背中にのしかかるその様はどこぞの妖怪のようだ。 「あー…捨ててっちまおうかな」 そんな実際には出来ないことを呟いてみる。 スコールはそんなことも知らずサイファーの背中ですよすよと健やかな寝息を立てている。 あまりの重さに俯きがちな顔を上げて見れば、ガーデンはもうすぐそこだった。 そうだ。部屋に帰れば酒が飲める。 酒のためだ。気合だ俺! 今にも放り出しそうになる荷物を背負い直しながら自分を叱咤すると、 その振動で目が醒めたのかスコールがもぞもぞと身動きした。 「起きたのか?」 そう声を掛けたが返事はない。 それどころか何を思ったか外気に晒されて冷えた頬をサイファーの首筋にぴたりと押しつけてきた。 「っっっっ!!!!」 今までの道のりをスコールを背負い強行軍して汗が滲むほど体温の上がったサイファーにはそれはかなりの衝撃だった。 あまりの冷たさに上げそうになった悲鳴を何とか押しとどめる。 いきなり何を!?と首だけ振り返って睨みつけてみるが、街頭もない場所ではスコールの表情すら掴めない。 しかしどうやらスコールは寝惚けていただけのようで、サイファーの後頭部に鼻を擦りつけてすんすんと匂いを嗅いだりしている。 こいつは動物か。しかし一体どんな夢を…と半ば呆れてガーデンへの道のりに戻ろうとしたその瞬間、 がぶり。 「っぎゃああああぁぁ!!??」 首筋を噛まれた。しかも思いっきり。 突然の行動に混乱したサイファーは噛み付いてきた背中の荷物を思わず背負い投げの要領で投げ飛ばす。 酒類が地面に落ちたが割れ物の心配をしていられるほど冷静な筈がない。 「てっ、てっ、てめえ何しやがる!!」 今日噛まれるのは二度目だが、まさか首に来るとは。鳥肌が立った。 まだ歯の感触が残る部分を必死に手で擦りながら怒鳴ると、投げ飛ばされた仰向け状態のままスコールは悪びれもせず笑う。 「うまそうだったから」 「……………!」 最早何が言いたいのかも解らない。 だが何かを言わなければ気が済まない。 そんな衝動でサイファーが口をぱくぱくさせていると、スコールはまだ酒の残った様子でへらへらと笑ってみせる。 「部屋まで送ってくれるんだろ?俺立てないからおぶえ」 「っ誰が!背負うか!!!!」 締まりのない顔でぬけぬけと言ってのけるスコールに、さっきの驚きも作用してサイファーはまたキレた。 地面に落とした酒を拾い上げると、がっつとスコールのジャケットの襟首を掴む。 「おい!何だその扱いは!」 「うるせぇ!てめぇなんざコレで充分だ!」 そしてそのままずるずるとソレを引きずって歩き出した。 引きずられたスコールが抗議するが、無視して歩みを進める。 地面との摩擦がある分、背負うよりそっちの方が重労働なのは充分解っている。 だが、また背負う気になんぞなるものか。 また噛みつかれたら…と思うと死ぬほど疲れた方がまだマシだ。 スコールもじたばたと抵抗していたようだが、ガーデンの門をくぐる頃にはすっかり大人しくなっていた。 様子を窺うのもいやだが、多分またぞろ寝たのだろう。 引きずられるうちにどこかに頭でもぶつけて昏倒したのかも知れないが。 「…んだ、この部屋ぁ?!」 ずるずると重い荷物を引きずったまま寮を歩き、 初めて足を踏み入れるスコールの部屋のドアを開けて、サイファーはそう呻いたきり絶句した。 スコールの部屋は…汚かった。 普通、いくら散らかっていても雑然としている、くらいのものだろう。 コレはちょっとそれを超えている。 足の踏み場もないほど物が散らばり、壁際には本や書類が乱雑に積み上がっている。 テーブルには使用済みと思われる食器がそのまま放置されているし、洗濯済みと思われる衣類が畳まれもせずに山になっていた。 コレはいくらなんでもひどい。怖くて裸足で歩けない。 サイファーの部屋も汚い方だが、それよりひどい。 そう言えばスコールは他人を部屋に入れることはないと言う。 まさかその原因がこの…惨状だとするなら頷ける。 これは人には見せられない。 仕事上ではあんなに几帳面で神経質で、書類の角を折っただけでも文句を言うようなヤツなのに、 何故自分の部屋はこんなに汚いのだろうか。 AB型のムラッ気がこんなところで顕著に現れているのだろうか…。 そんなことを思いながらとりあえずズカズカと部屋に侵入する。 数歩歩いた所で何かバキッと固い物を踏んだがもう気にしない。 汚い方が悪い。 部屋の中央にあるソファの上に投げ出されているガンブレの手入れ用具だとか謎の布きれだとかを適当にその辺に落として、 そこへスコールを投げ捨てる。 テーブルの上の…これまた放置されっぱなしと思われる食器だのグラスだのを端に避け、ついでに雑誌類も床の上に落としてやっと場所が空いたそこにアルコール類を置く。 …そこで、サイファーは自分の座る場所がないことに気づいた。 ソファは一つしかない上にスコールが占領している。 スコールをソファから床にでも落として座ってもいいが、またスコールを持つのが面倒臭い。 とりあえず座りたい。 ソファからテーブルを挟んだ向かい側にある洗濯物の山を蹴遣り、どっかりとそこへ腰を下ろした。 「あー…疲れた…」 さて、何はなくとも酒をとまずはさっき飲み損ねたビールに手を伸ばす。 プシューと音を立ててプルタブを開けると、やはりさっき落とした時にそれなりの振動が加わっていたのだろう。泡がドバーと湧き出て来た。 溢れ出た泡を洗濯物の山の中からタオルを引っ張り出して拭き取る。 コレはグラスか何かに注いだ方がいいか…とは思ったが、もう腰を落ち着けてしまった状態からまた立ち上がるのが億劫だ。 それにリビングでこの有様なら、キッチンはもっとすごいに違いない。 使えるグラスがあるかどうか解らないし、そもそも、そんなキッチンは見たくない。 グラスは早々に諦め、半分ほどなくなったビールをごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干した。 「あー生き返る!」 一息で500ミリリットル缶を飲み干すと、握りつぶしてその辺に捨てる。 圧縮された缶は軽い音を立てて何かに当たって転がった。 既に汚れきった部屋だ。罪悪感は微塵もない。 さて次は〜とビニール袋を漁りながらテレビのスイッチを入れる。 もう既に自分の部屋にいるようなリラックス状態だ。 まあ、あれだけ手間をかけさせられたスコールの部屋だ。 俺が何をしようとお前の責任、と言ってしまえば済む気がする。 それから2時間近くテレビを肴に黙々と飲み続け、 あらかたの酒を片付けた頃、サイファーはふとスコールに目をやった。 騒がしくテレビがついているのに気にも留めずぐうぐう寝こけている。 テレビを見るのも飽きたし、そろそろ一人で飲んでいるのはつまらなくなってきた。 サイファーはふらりと立ち上がると、スコールの肩に手を掛けて揺すってみる。 「おーい、スコール」 「んんー」 うるさい、と口の中で呻いてスコールは眉を寄せる。 「スコール、ヒマだ。付き合え」 もの凄く機嫌が悪そうだが、それだけで引き下がるようなサイファーでもない。 根気よく揺すり続けると、 「…起きた。俺は起きたぞ」 またとんちんかんなことを言いながらスコールは目を開けた。 割と寝起きはいいらしい。 ぐあぁ、と欠伸をする姿を酒で濁った頭でぼんやりと見ていると、どうしても気になってはいたが怖くて到底聞けなかったことを質問してみるか、という気分になった。 気分になった、というより酒の勢いで聞いてしまえ、と覚悟が出来たと言った方が正しいだろうか。 「おい、ちょっとこっち来い」 がらがら、と空き缶をどけながら自分の隣の床を示すと、スコールは寝起きの胡乱な顔つきのまま大人しくそれに従った。 「とりあえず飲め」 「いただきます」 ずいと缶ビールを差し出すと、またもや大人しく受け取る。 プルタブを開けると、そのままぐいと呷り一気に飲み干した。 そんな一気に飲んでまたぶっ飛ばれたら困る、と思ったが、一本ぐらいは平気だろうとサイファーはその様を眺める。 「まずい!」 眺められているとは知らないスコールは、ぶはーと酒臭い息を吐いた。 普段からは想像もつかないようなオッサン臭い姿だ。ファンが見たらきっと泣く。 カラになった缶をぐしゃりと手で握りつぶすと頓着せずその辺に投げ捨てる。やっぱりこの部屋はこうして散らかったらしい。 ふと思って見回すとこの部屋にはゴミ箱が見あたらない。 とりあえずゴミ箱設置しろ。と言おうと思ったが、それより言うべき事があったのでそっちを先に言うことにする。 「お前…さっきの店からずっと俺が好きだのどうだの言ってるが…あれは何だ」 「そのままの意味だ」 固唾を飲みつつ答えを待っていると、 次の酒を品定めしていたスコールから逆に解りにくい答えが返って来た。 「そのままって」 「だから、そのままだ。俺はあんたが好きなんだ。大好きだ」 「それはアレだよな。人間性が好きだとか、そ…そういうアレだろ?」 大好き…。 嫌な汗をダラダラかきながら質問を重ねると、テーブル上の梅酒を瓶から直接飲んでいたスコールは 「いや。恋愛感情として好きだ。ぞっこんラブ」 そんな恐ろしいことをさらりと言ってのけた。しかしぞっこんラブは古い。 スコールの発言に、サイファーの顔色は一気に悪くなった。 折角摂取したアルコールも醒める勢いだ。 「いや…落ち着けスコール。トチ狂うな。俺は男だぞ」 「俺は落ち着いているし、正気だ。あんたが女だったらそれこそ狂うわ」 「俺だって狂いてえよ!」 おお怖い、と身震いするスコールにリアルに自分の女の姿を想像してしまった。 …想像するだけでおぞましい。気が狂う。 妙な想像にゾーとサイファーが背中に鳥肌を立てていると、 「だから、俺のものになってくれと」 「また話飛んだー!?」 またすっ飛んだ。 スコールをよくよく見ると、アルコールが回って来たのか顔に赤みが差してきている気がする。 どうやらまた変なスイッチが入ってしまったらしい。 しまった、と酒を与えたことを後悔したがもう遅かった。 「飛んでない。俺の中ではキッチリつながっている」 「俺にはつながってるようには聞こえねえよ!」 「そうか?」 「つーか、その話はさっきから断ってるだろうが。俺はお前のモンなんかにゃなる気はねえ」 「全然?」 「これっぽっちも」 食い下がるスコールをさくっ、と切り捨てる。 さすがにショックだったらしい。 スコールは梅酒の瓶を抱えたまま少し項垂れ… 「………わかった!じゃあ俺があんたのものになるという話に変えよう!」 「いらんわ!!!」 次の瞬間真っ赤になった顔を上げるとドン!とテーブルに瓶を叩きつけながらイキイキと提案してきた。 もうコレはだめだ。会話にならないどころかスコールがサイファーの言葉を理解しているかすら解らない有様だ。 「そう言うな。俺はいいぞ!有能だぞ!!」 「自分で言うな…ああもう!ちょっとお前そこ座れ!」 「座ってる」 「正座しろ!」 減らない口にイラッと来た。思わず怒鳴りつけるとスコールは素直に居住まいを正す。 サイファーも胡座から正座へと座り方を返る。 説教を垂れる父親と叱られる息子のような構図だ。 「お前、いつも酒飲むとこんななのか?」 「いつもこんなだ」 「酔いがさめたら?覚えてんのか?」 「キレイに覚えてない」 …それは問題だ。 うわあ、と思うが、たしかに全部キレイに覚えていたらもう酒なんぞ飲まないだろう。 元は自分を晒すのが嫌いな無表情ヤロウなのだ。 「…パーティーとかでは飲まねえのか?」 「それはキスティスたちにやめておけと言われてる」 賢明な判断だ。 この調子でパーティーだのディナーに出席しようものなら外交以前の問題だ。 戦争すら始まるかも知れない。 「お前、自分の酒癖が悪いって自覚あるか?」 「俺は酒癖が悪いのか?」 「悪いだろ!寝たかと思えば抱きつくわ締めるわ!挙げ句に好きだとか大声で叫ぶわ」 「そうか…悪かったのか」 「あのなスコール…抱きついたりグチったりはまあ、いいとしよう」 百歩譲って。 実際はそれもものすごく迷惑行為だが、我慢しよう。 「でもな、俺が好きだとかそういうのはやめとけ。アレだぞ?そんなのガーデン中に知れ渡ったら問題だぞ」 「問題なのか?」 「問題だ。お前、自分たちの指揮官が元々敵だったヤツが好きだった!なんてなったらどう思うよ。しかも男同士だぞ?信用度ガタ落ちだ」 「…確かにそうかも知れない」 「だろ?お前、信頼される立場なんだからもうちょっと自覚しろよ。それにそんなのが知れ渡ったら俺も困るし」 「困るのか?」 「困る」 それは考えなかった、と言う顔でスコールは小首を傾げる。 普通は困るだろう。 男とデキてる…などと噂が立ったら恋人の一人も作れやしない。 そう言外に言い切ると、 「わかった…以後、気を付ける」 スコールはそう言ったきりしょんぼりと俯いて押し黙ってしまった。 お互い正座していることもあり、見下ろす角度になった相手はかなり落ち込んでいるように見える。 ちょっと言い過ぎたかな…と思いつつさっきまでスコールが飲んでいた梅酒を呷る。と、 「サイファー!ちゅーしよう!」 「っぶーーー!?」 しん、とした瞬間に頓狂な声で叫ばれ、サイファーはブフォッと思いっきり吹いた。 あれだけしんなりして反省してるかと思いきや、全然してねえ!その辺の洗濯物で酒を拭きつつ心の中で叫ぶ。 その叫びなど知ったものかとスコールは急にずいと身を寄せて来た。 あまりの驚きに硬直した隙をつかれ両肩を恐るべき握力でガッシリと掴まれる。もの凄く痛い。 「いいだろ一回くらい減るもんじゃなし!」 「いいだろってお前…減るからやめろ!」 「大丈夫!減らない!むしろ増える!」 いーやーだーー!と抵抗するのを無視し、謎の発言をしながらスコールは徐々に顔を寄せてくる。何が増えるのか。 別にキスしたくらいで死ぬ訳でもなんでもないが、スコールの気迫が妙に怖い。何故そこまで鬼気迫るものがあるのか。 何だこの状況。キスどころか頭からかじられそうだ。 食われるのか!?そう思うと恐ろしい。心に刻まれてトラウマになりそうだ。 本能的な危険を感じて身体ごとずり下がろうと後ろに手をつくと、洗濯物に手を取られた。 「もらったァ!!!」 「ギャーー!!?いてえ!!」 体勢を崩した隙を逃さず、スコールが体重を掛けてきた。 なし崩しに洗濯物の山に押し倒される。咄嗟にスコールの顔を押しのけようと手を伸ばしたが、 その前に洗濯物の山の下にある尖った何かに頭が当たった。 ガツンと思い切りぶつけて、あまりの痛みに一瞬目の前に星が散る。 その瞬間、唇を何かが掠めて去って行った。 その感触にあまりの痛みに涙でにじむ目を見開いてスコールを見上げると、 サイファーに馬乗りになったままの相手は「うへへ」と実に嬉しそうに笑っている。 いや…そんな嬉しそうに笑われても、こっちはどうしたらいいのか。 サイファーは洗濯物に埋まったまま肩すかし半分、安堵半分でぼんやりとするしかない。 そのうちスコールはサイファーの上に乗ったままうつらうつらとし始めた。 また寝るのか。 もうホントに何だこの状況。 「はーー……」 ぐだぐだになった状況のまま溜め息をつくと、一日の疲れ、いや、スコールの相手をした疲れがどっと出たのか、それともアルコールの作用か、強烈な睡魔に襲われた。 とりあえず何か大事にならなくてよかった。 「俺も寝よ…」 上に乗っかったままのスコールの肩を押しやると、相手は無抵抗にごろーんと転がった。 結構な勢いが乗っていたのか、床にゴン、と後頭部を打ち付ける音が聞こえたが、それは無視する。 大きく伸びをすると、背骨がボキボキ音を立てた。 さて、このままここで寝てもいいが、それだと確実に風邪を引く。 スコールもそうだろう。色々と規定外でも人間だ。 ここはやっぱりベッドで寝るのが一番だ。 ベッドは一つしかないだろうがこの部屋にエキストラベッドがある訳もない。 今までの様子を見る限り特に何かされる危険性もなさそうだから、一緒に寝ても問題はないだろう。 多少狭いだろうが風邪を引くよりはマシだ。 「よいしょっと」 年寄り臭いかけ声と共に立ち上がると流石に飲み過ぎたのか足元がふらついた。 転がったままのスコールを引っ張り起こす。 そのまま片腕を肩にかけて引きずるようにベッドルームへ入ると、 そこもこれまた想像を絶する汚さだった。 ベッドは起きたまま…どころか無駄に荒れている。 掛布が半分以上もズリ落ちて、毛布が裏返っている。シーツも凄まじい乱れ様。 床を見れば酔っぱらいのものと思われるシャツやらベルトやらが散乱しているし、 下着やら靴下やらに至ってはサイドボードに散らばっていた。 サイドボードに置かれたランプがそれらに埋もれている。 きっとアレは本来の役割を果たさせてもらえてはいないのだろう。 いっそ哀れだ。 「お前…よくこんなところで寝起き出来るな…」 ある意味感心しながら独りごちつつ、散らばる衣類を踏みつけベッドへ向かう。 もうサイファーにもそれらを避けたり片付けたりするだけの気力はない。 足元はフラつくし目は回るしスコールは重い。 一刻も早く眠りたい。 きっと今の状態ならこのカオスな部屋など気にもせず眠りに就けるだろう。 どっこいしょ、と年齢にそぐわないかけ声と共にスコールをベッドに乗せると、そのまま壁側に無造作に転がす。 勢いよく転がされてスコールが壁に激突したらしき音が聞こえたが、気にしない。 空いたスペースに寝転がると久々にスコールとやり合ったせいか間接が痛んだがもうそれより寝たい。 何より寝たい。 ずり落ちた掛布を引っ張り上げて頭まで被って、 そこでサイファーの気力は尽きた。 「12月24日の夜に、欲しいものを書いた紙を入れた靴下を枕元に置いておくと、願いが叶う」 そんな馬鹿げたまじないを見つけたのは、先週行った石の家の本棚だった。 やけに古めかしい埃まみれの本で、文字も掠れていて、解読するのが大変だった。 解読してその内容を把握しても、その眉唾ものの内容に苦笑すら浮かんだ。 そんな簡単なことで願いが叶うものならとっくに世界は平和だ。 それでもそんな馬鹿げたまじないを試してみる気になったのは、必要なのが靴下一枚、という手軽さからだ。 だから、どうせ叶うもんかと投げやりに「サイファー」と紙片に書き殴って、靴下の中に突っ込み、サイドボードに放置したのだ。 それが確か昨日の昼頃。 目が醒めた今、ベッドの隣に何故かサイファー。 しかも隣にいるだけではなく件の人物に抱き込まれるようにして眠っている自分。 見掛けによらない安らかな寝息を聞きながら脳内は俄にパニック状態に陥った。 掛布をはね除けて飛び起きると、頭がガツンと痛んだ。宿酔いだ。 昨晩、一体何があったのだろうか。 仲間内の忘年会に誘われて、飲みに行ったのは覚えている。 途中でサイファーが来たのも覚えている…が、そこから先の記憶がまったくない。 いつも飲み会では眠ってしまうらしいから、多分今回もそうなったのだろう。 そんな自分をサイファーが部屋に送ってくれたのか? 何となくずっと、サイファーに延々と説教をされる夢を見ていた気はするが全くもって定かではない。 それは良いとして、 何だ、この、この状況。 考えてはみたが、酒の残った頭ではラチがあかない。 考えれば考えるほど何も思い出せないどころか記憶がしっかりしていた部分すらあやふやになって来る。 そのうち胃がキリキリと痛くなってきた。 動悸が異様に激しいせいか脳味噌がミキサーにかけられているようにぐらぐらした。 もういい。考えたくない。 もう何もかもアルコールのせいにしてしまえ。 自分が何かとんでもないことをしでかしていたとしても知るものか。 覚えていないからもうそれは自分じゃない。そう言えばいい。 とりあえずもう一度眠ってしまおう。今できることはそれしかない。 何があったかはサイファーに聞けばわかるだろう。 ごそごそと掛布にもぐり込むと、混乱した思考の中でとある馬鹿げた考えに思い至った。 …これは、「願いが叶った」の範疇に捉えるべきなのか? とりあえず、例の本で読んだ過去にいたらしい偉人に感謝を述べてみた。 「サンタさん…ありがとう?」 2005.12.27 …と言うわけで「だから」の「また別の話」でございました…。 本来「だから」に入れたかったのですが長すぎるのでカットしたシーンと、 それとあとちょこちょこと増やして… な…何でこんなに長くなったんでしょう…謎…。 ともかく… 出来てよかった(爆) 途中スコールがやたらネガティブモードに突入したがるので頑張ってテンション上げながら書きました。 そして最後のスコール部分だけ(擬似)一人称。やっぱサイスコは一人称が書きやすい…。 何だかんだとあっても全然サイスコじゃないようなこの話。 むしろスコサイなのでは。何故そこまで弱いのサイファーさん頑張って…!orz 色々ありますが書いてる間すごい楽しかったのでよしとします! あっ!一番最初に謝るべき事を忘れていました。 あんなスコールでごめんなさい(土下座) |