「だあああ!ジャマだてめぇ!ちょこまか出てくんじゃねえよ!」

「そっちこそ視界に入るな目障りだ!!」


本来なら静寂と緊張感に包まれているだろう深夜の森である。
一寸先も見えない、肌にまとわりつくような漆黒の闇に非常に場違いな、それでいて耳障りな怒声が絶え間なく響き渡る。


「やると思ってた…絶対やると思ってた…」


散々注意され、阻止しろと言われて最悪の事態として想定していたとは言え、
遂に起こってしまった事態に、その場に居合わせた青年は頭を抱えてしゃがみこんだ。


「あーあー……始まっちまった…」












罵倒ロマンス












メンバーを聞いた瞬間から嫌な予感はしていたのだ。
毎年春に行われる「SeeD試験」
今年の試験はトラビアの雪原に棲息するモンスター退治で、場所柄的に危険だと言うこともあり
高ランクSeeDのスコールと、ゼルが引率することになった。
そこまでならまだいい。
問題は、試験を受ける面子の中に最もスコールと組ませたくない顔があったことである。

以前までは万年候補生、そして今となっては元魔女の騎士、何で今更SeeDになりたいのかすらよく解らないが試験を受けている

サイファー・アルマシー。

しかもスコールの引率する班の班長だったりしたらもう。
2人をよく知らない人間でも既に噂だけは聞いたことのある「最悪の事態」を想定せずにはいられないのも頷けるだろう。



何事もなく。本当に何事もなく1日目は終了した。
だがそれは正しく「嵐の前の静けさ」に他ならず。
何事もなかったことを喜びつつ雪原に点在する森に野営地を決めテントを張り、明日に向けて就寝を言い渡そうとしたその時、


漆黒の茂みを割って、素晴らしいまでの巨体を誇ったモンスターが現れたのである。
雪原などと言う場所では滅多に出会うことなどないその巨体は、ドラゴンイゾルデだった。
全身の血が音を立てて引く音を聞きながら候補生達に危険を知らせ、引率のSeeDを呼び集めようと地を蹴ったその時、
すかさず2つの影がモンスター前に飛び出した。

右の影はスコール。
左の影はサイファー。

その2人が同時にモンスター目掛けて一歩を踏み出そうとしてお互いの肩がぶつかり合い──、
そこからみるみるうちに、止める間もなく。「最悪の事態」が始まった。







「うらぁ!」


サイファーの渾身の一撃がモンスターの皮膚を切り裂く。
そのまま勢いに乗せてガンブレードを振り抜こうとするが、竜の鱗は必要以上に固い。
憎々しげに舌打ちし、ハイペリオンを抜こうとしたそのすぐ横に、今度はスコールがガンブレードを振り下ろし、
トリガーを引いた。
刃を伝わった振動がモンスターの身体に走りその傷口からどす黒い血が迸り出る。
そして、その振動がそのままサイファーのガンブレードに伝わるのはもう自然の摂理と言うヤツで。


「が…っ!て、めえよく見てやれ!目ン玉どこについてやがんだ!」

「俺は自分のタイミングでやった。あんたが遅いだけだ」


慌てて獲物を引き抜き痺れる両手をグーパーしながら怒鳴りつけるサイファーを尻目に、スコールは次の一撃を繰り出すために走り出した。
動きの鈍いモンスターの足を踏み台に跳躍し、頭に狙いを定めて獲物を振り下ろそうとし、
ぶわっ、と黒い霧に包まれ、目の前が真っ暗になる。


「……!!」


ブラインだった。

ドラゴンのような大型のモンスターにブラインをかけるのは基本的な戦略だ。
現にスコールと同時にブラインを受けたドラゴンは視界を奪われ、明後日の方向に向けて腕を繰り出し始めた。
ブラインを放ったサイファーもそれに従っただけのことである。
…スコールが頭に最接近する瞬間を狙って、だが。


「…っサイファー!」

「あー悪ィ悪ィ。でも大丈夫だろ?お偉いSeeD様だしなあ!」

「…ああ、そうだ。あんたみたいにノーコンじゃないからな!」


勢いのついたガンブレードが空を切り、空中でバランスを崩したがどうにか着地を果たしたスコールは
そのまま皮膚で感じる温度と微風を頼りにガンブレードを振り上げる。
ざくり、と鈍い音がしてモンスターの悲鳴が辺りに響き渡った。
頬に熱い液体を浴びて顔を顰め、

目さえ見えていれば、返り血なんて浴びないものを、と歯噛みする。

体勢を整えるために後ろに大きく飛びずさる…と、後ろから凄まじい勢いで走ってきたサイファーとぶっついた。


「!」

「!!」


ウェイトも勢いもサイファーの方が遥かに上。そうなれば後ろ向きに飛んだスコールが見事にはじき返されて草の上に転がるのは当たり前だ。
しかも最悪なことに倒れたスコールの足に蹴躓いたサイファーもまた勢いよく転んだ。


「むぎ!」


地面とサイファーの胸に頭を挟まれたスコールから奇声が上がる。
暫しの沈黙。
そして、2人のこめかみに同時に青筋が浮かんだ。


「…てめえ、邪魔すぎ…」

「そっちが邪魔だくそ重い!何食ってんだ早くどけ!」


188センチもある巨大な身体に押し潰されれば重いし痛いし苦しい。
衝撃で涙がちょちょ切れそうになりながらもスコールは冷静に自分にエスナをかけ、同時にサイファーの鳩尾に膝を叩き込んだ。


「おごッ!!」

「邪魔なんだよ、うすらデブ」


ドズムと重い音がしてサイファーが草の上を転げる。
蹲って咽せ込むその姿を鼻で笑うとスコールはガンブレードを拾い上げ、モンスターに向き直った。


「てめえッ!」


どうにかダメージから立ち直り、既に一撃を加えて間合いを取っているスコールの背中目掛けて地を蹴る。
一撃、更に一撃と攻撃を加えているスコールの後ろからドラゴンに向けてハイペリオンを振り下ろそうとしたその時、
何の前触れもなくスコールが移動した。
何を思ったかハイペリオンの切っ先が振り下ろされようとしたその場所である。


「…っ!」


危ない、と思う間もなくサイファーのガンブレードがスコールのジャケットの背を切り裂いた。
ぐらりと状態を傾がせたスコールがモンスターから距離を取り、ジャケットを脱ぎ去る。
地面に叩きつけられたジャケットの背中の中央はスッパリと裂けていたが、
すんでの所で身を躱したのかそれを着ていた本人に刃は到達していなかったようだ。

が、突如サイファーがキレた。


「てめえ!邪魔すぎんだっつってんだこのどチビが!てめえはどっかその辺で小さくなって震えてろ!!」

「ウドの大木には言われたくない!あんたこそ邪魔さえしなければSeeD百人より役に立つ!」


ダン!と地を踏みつけて明後日の方向を指さすサイファーにスコールもついにキレたらしい。
そこまで怒鳴り合って睨み合い、2人は唐突にモンスターにギッ、と向き直る。
ガンブレードを握る手袋がギリリと音を立てたかと思うと、2つの影が一斉に獲物目掛けて駆け出した。








白と黒の2つの影が、モンスターを挟み、時には並んで刃を振るう。
その見事な連携プレーに候補生達の口から感嘆の声が上がった。これはこれでいい勉強になるのであろう。
耳さえ塞いでいれば、それはもうこれ以上ない程に息の合った完成されたバトルだと思うのだが実際は、


「そんな腕じゃ羽虫一匹倒せないんじゃないのか!?」

「そのなまくらでよくここまで生きて来られたもんだぜ、ああそうかずっと隠れてれば戦わなくて済むからなぁ!」

「出てくるなと何度言ったら解るんだ!あんた言葉通じないのか!?ハッ、そのオツムじゃ理解できないか!」

「それはてめえだろタコ頭が!」

「あんたと会話してると頭が悪くなる!時間の無駄だ!」

「それはこっちのセリフだっつーの、てめえの存在自体が無駄だ!!」

「引っ込んでろ青二才!」

「失せろもやし野郎!!」

「どけ、木偶の坊!」

「うぜえ!!」

「消えろ!!」

「ボケ!!」

「カス!!」

「虫!!」

「芋!!」


…聞いているだけで頭が痛くなるような罵詈雑言が延々と行き交っている。

2人とも通る声をしているだけ、その声が頭にガンガン響く上に森中に響き渡った。

不穏な空気が自分たちに向かって来る気配を感じ取り、ゼルはあわわ、と震える。
うっかり初めて見るこの状況に呆然としてしまっていたが、我に返ってテントを畳めと候補生に指示しようと振り返る。
が、既に殆どの候補生が移動の準備を終えて2人の激しいバトルを眺めていた。

どっちにしろ2人がいないと移動も出来ない。
置いて行ってもいいが、給料が減るのは嫌である。







「これで終わりだっ!!」


上段から振りかぶったハイペリオンがドラゴンの首を捕らえる。
肉を切り骨まで断つかと思われた一撃だったが、勢いが足りずに半分程まで埋まった所で止まってしまった。
舌打ちし、もう一度…とガンブレードを抜こうとするサイファーの反対側から、
スコールのライオンハートがドラゴンの首から突き出たハイペリオンの切っ先を打つ。
金属同士ぶつかり合う嫌な音が響いた瞬間、スコールは迷わずトリガーを引いた。


「だっ…!!」


バシュ、と言う重い音と共にハイペリオンを通じた振動が、離す間もなくそれを掴んでいたサイファーの手にまで伝わる。
骨の芯まで伝わる細かく重い振動は、かなり痛い。
だが、その振動のお陰でドラゴンの首切断は叶った。
ガンブレードを取り落とし、ゴロリと転がるその首の横でサイファーは辛うじて体勢を立て直す。


「スコール、てめっ折れるだろが!!」

「折れたらそこまでってことだ。それより」


ハイペリオンを取り落とし睨みつけるサイファーに、スコールは上を指さした。


「?……うぶっ!!!」


訝しげに見上げたサイファーの目線の先にあったのは、ドラゴンの首の断面。
避けようと思う間もなくそこから迸った体液だか血液だかをサイファーはもろに浴びた。
全身に浴びた。黄色い頭から真っ白だったコートからもうドロドロである。


「………スコール、てめえ…」

「臭い、寄るな」


ねばねば糸を引きつつずしゃ、と足を踏み出したサイファーにスコールは間髪入れず鼻を摘んで一歩引いた。
酷く嫌そうな顔をしている。汚物を見る目である。
そんなスコールに汚物扱いされた側が怒りを覚えない訳がなく──


「…てめっ!ふざけ」

「もう終われー!!!!」

「ムガッ!!?」


再び怒鳴り散らそうとしたサイファーの口の中にゼルはすかさず晩飯で残ったパンを突っ込んだ。







アラームと言う罠がある。
宝箱などに設置されていて、迂闊に開けると大音量のアラームが鳴り響き、モンスターに囲まれるという代物だ。
スコールとサイファーのバトルは正に人間アラームである。
腹を空かせたモンスターに「オレはここだ!食ってくれ!」と宣言しているようなものだ。

更に最悪な事に、2人の闘気で周囲の気配を感じる能力が鈍る。


とっとと撤退!と指示をしようとしたゼルの後ろで、カサ、と風もないのに茂みが鳴った。
ぎくりと振り返ると、あちこちの暗闇からこちらを狙う眼がギラギラと輝いている。


ああ、キスティスなら鞭一発で止められたのに…。
もしかしてこの事態を防げなかったオレって、減給処分?

ゼルは血の気が下がり切る心持ちだったが、もう遅い。
現実逃避も許されない。観念するしかない。


これが「最悪の事態」なのだ。
























「ああ…ガーデンが眩しい…」

「お帰りなさい。お疲れ様2人とも、これ明細ね」


酷く長い3日間だった気がする。

結局あの後候補生全員と自分、そして突如生き生きとし出した例の2人で徹夜の行軍となった。
あれだけのモンスターに囲まれて、それでも尚怒鳴り合いを続ける2人に最終的にキレたゼルが
スコールにヘッドショックを喰らわせそこらに転がす有様だった。
1日目の夜でそれ。残りの日程がどうなったかは推して知るべしである。

精神的に一月近い疲労をためたゼルにとって今はガーデンほど愛おしいものはない。
引率手当の明細を手際よく渡してくるキスティスさえ通常の6倍ほど美しく見える。
…それは単にゼルが候補生及び自分のぼろぼろで薄汚い状態を見慣れてしまっていたからかも知れないが。

明細を握りしめて放心気味なゼルの様子を見て、キスティスは苦笑する。


「…その様子じゃやったのね、あの2人」

「そーなんすよ…オレ…この先何があってもあいつらとは仕事したくないっすよ…」

「あらまあ、ご愁傷様」


騒ぎを起こしまくったとは言え、サイファーはどうにか試験に合格したらしい。
あれだけのモンスターに遭遇したにも関わらず死人が出なかったことで、スコールもお咎めナシらしい。
これから先、もしかしたらあの2人と組むことになるかもしれない…
そう考えるだけでSeeDなんてやめて隠居したくなる。


「先生…何であの2人あんなんなんですか…」

「気づかなかったの?ゼル」


ジャケット弁償しろ、ガンブレードの修理代はてめえが払え、自分で出せ、クリーニング代も出せ、まだ臭い近寄るな、等。
剣呑な空気を醸し出しながら蕩々と話し合っているスコールとサイファーを見て本気で隠居したくなるほど嫌気を漂わせているゼルに
キスティスは苦笑した。


「あの子達、お互いの姿見たくないからって怒鳴り合ってお互いの距離計ってるのよ」

「へええぇ…そんな戦法になってるんですね」


それは気づかなかった。成る程そう言われれば怒鳴り合っている間の方が連携が上手く行っていた。
感心してぽむと手を打つゼルと並んでサイファーとスコールを眺めつつ、
キスティスは腹の底から溜息を吐く。


「まったくねえ…怒鳴り合うなら愛の言葉とかにすればいいのに」

「ハッハッ先生何馬鹿なこと言ってんですか、気色悪い」


渡された明細をヒラヒラと振りながらキスティスの言葉を否定すると、
それを聞いた彼女は心外そうに眉を上げてゼルを見る。
そしてにこりと笑い、


「あら、知らなかった?あの2人付き合ってるのよ」

「はああああああ!?」


さらりと告げられた爆弾発言にゼルは目を剥いた。

そんな馬鹿なことが信じられる筈がない。
あの2人に限ってそんなことがある筈がない。
あそこまで険悪なバトルを散々見せつけられた後にそんなことを言われて信じられる方がおかしい。
信じられる人間をここに連れて来て欲しい。説得する自信があるぞ!

いやしかし、目の前にいる真面目なキスティスがこのテの冗談を言う筈もなく。

そうこう思った彼は視線を巡らせ、見てしまった。
先ほどまで腹が減った肉が食いてえ、自分の肉でも食ってろデブ、なんだと鶏ガラ、多々どうでもいいことを言い合っていたスコールが、
臭い臭いと頻りに言っていた相手の首にぶら下がるように抱きついた。
サイファーもサイファーで慣れた手つきでスコールの腰に両手を回して抱き寄せ、相手の肩に鼻先を埋める。
そして何事か囁き合っては笑い声を漏らす。
それは明らかに友人の度を超した抱擁であった。

「なっ、なっ」

「何よゼル、あんなことしょっちゅうやってるじゃないあの2人」


震える指で抱擁真っ最中の2人を指さすゼルにそれを見たキスティスはあたかも当たり前の事のように肩をすくめただけだった。
周りを見ると、他の候補生やSeeD達も気にせずその脇を通り過ぎている。キャーキャー黄色い声を上げる女子生徒もいる。
知らなかったのは、本当にゼルだけだったようだ。


「ゼル、知らなかったの?」


キスティスが心配そうに何事か問いかけて来るが、最早ゼルには聞こえていない。

ただ頭の中に先ほど見た抱擁のシーンと、あとは何やら考えたくもない色々な想像や、
何故か過去祖父と過ごした幼き日々の思い出や昨日食べた乾パンの形が変わっていたなァ
そういやこないだ食堂のオバチャンが野菜の質が落ちたって言ってたっけスコールに仕入れのことを聞かないと思ってたんだっけか
…等の思考が入り交じってぐるぐると回っているだけである。

かなりの混乱ぶりだ。

放心し、がっくりと地に膝をつき項垂れてブルブルと震えるゼルを見てキスティスは微笑む。


「あらまあ。ホントに知らなかったのね…ご愁傷様」


うふふ、と笑って背を向けた美人教師の背中に、この世の不条理を見た。

ゼル・ディン。18の春であった。
















































2001.12



…書き始めたのが、2001年の12月なんですよ。
驚きですね!(殴)

ルーズリーフに一枚半だけ書いて放置されておりました…が、
この度無事完成いたしまして、一安心でございます。

何故これを書こうと思ったのか…今の私にはちょっと解りませんが(えええ)
書いていて非常に楽しかったのでヨシとします(笑)
何が書きたかったんだろう…罵詈雑言のボキャブラリーを知りたかったのかも知れません?

オチが二通りあったのですが、当初の私のオチより今の私のオチを取りました。
サイスコボンザイ!

怒鳴り声の素敵な殿方は素敵だなあと思いつつ。





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