5年と5日











1日目。


やべえ、何か好きかもしんねー。


ふとそんなことを思ったのは、暑苦しいほど気温の上がった昼下がりだった。

出張任務から帰ってきたらしい集団が校門の前にたまっていた。
買い物をしにバラムへ行こうとその横を通り過ぎた時、それが目に止まった。

人の輪から少し離れたスコールが、車輌に積み上げられている荷物を下ろしている。
トランクから取り出しているのは馴染み深い寝袋だ。
それをわし掴んではポイポイと道の脇に放って行く。
本来なら荷下ろしは紛失していないか、破損していないか、チェックしながらする。
スコールはチェック表をパンツの後ろに突っ込んではいるが、チェックする気はないようだ。
なんとも適当にポイポイ投げまくっている。
投げられた寝袋がぶつかり合って戻ってきたのを足蹴にして群れに戻したりしている。
きっと誰にも見られていないと思っているんだろう。
かなりいい加減だ。

スコールは何でもきちっと、完璧に神経質にやるもんだと思っていた。
ちょっとの乱れも、汚れも許さない。完璧主義。
イライラしながら何でも整えるようなイメージをずっと持っていた。
だからそれは結構、かなり意外だった。
あいつもいい加減なとこあんだなーとか思いながら見ていると、どうやら寝袋チェックは終わったらしい。
運転席のそばにいる男子に何か言いながらチェック表を渡している。

声は聞こえなかったが、その男子と少し会話をしているその中で、
スコールの横顔がちょっと緩んだ。

あ、笑った。そう思ったら、
胸に何かをぐいと刺し込まれたような感じがして、ふと思った。


やべえ、何か好きかもしんねえ。
いや、ありえねえ。


もちろんすぐ否定した。
何しろスコールは男だ。
こっちだって男だ。
好きとか嫌いとか、それはまあ人間としてはあるかもしれないが、
恋愛っぽく好きだの嫌いだの、そんなことはありえないだろう。

そういう性癖の人間がいるということぐらいは知っているが、
こっちはいたってノーマルだし。

大体、あいつとは元々ソリが合わない。
寄ると触ると睨み合いだったし、ネチネチと文句を言い合いもした。
お互いガンブレードを向け合って、本気の殺意を撒き散らしながら打ち合ったりもした。
好意とはかけ離れた関係だったんだから、やっぱりありえない。

思い出してみるとガーデンに入ったばかりの頃は仲良くしていたような気がする。
一緒にメシを食べたり、お互いの部屋に遊びに行ったり。
それがいつの間にか疎遠になって、
あの騒動が終わって帰って来てからなんてまったく接点がなくなった。
校内放送で声を聞いたり、訓練施設で後ろ姿を見かけたりしてもこっちから声を掛けるような気にはならなかったし、
向こうから声を掛けてくるなんてことは必要最低限以外全くなかった。
たまに廊下やら食堂やらで出くわしたり、目が合ってもすぐに逸らす。
まあ、先に逸らすのはもっぱらヤツの方だったが、今はそんな間柄。

それを考えると、あいつとの関わりはこっちから働きかけなきゃ何もないんだなーと気がつく。
それって何だか一人相撲だ。
何だかますます悔しいような寂しいような妙な気分。

そう思うってことはやっぱりスコールのことが気になってるんじゃないのか?
…あまり深く考えないようにした方がいいのかもしれない。






2日目。


煙草を喫おうと校庭に出たら、木陰でスコールが寝ていた。
いつもなら見て見ぬフリ。
珍しく寝てんなーくらいで通り過ぎる筈が、
こんなとこで寝てると風邪引くんじゃないかと思ったらうっかり足が止まってしまった。
止まってしまったら、もう動けない。

寝転んだスコールの脇に立ち止まったまま、 木の影が落ちたスコールの顔をじっと見る。
昨日はこの顔が笑ったのを見て、好きかも、なんて血迷ったことを思ったのだ。
今日、今のスコールはいつもの無表情な顔に、ちょっと眉間に皺を寄せて目を閉じている。
その眉間にざっくりついているのは、お揃いの傷だ。
こいつは寝てる時もこんな機嫌悪そうな顔なのか、と思う。
悪い夢でも見てるんだろうか。

じっとその顔を見下ろしていると、その顔が人形染みて妙に整っていることに気がついた。
今更だが、今までこんな風にじっくり観察したことなんてなかった。
味も素っ気もないただの顔だとしか思っていなかった。
でもよくよく見てみれば。


タイプなんじゃねえの?このカオ。


小さい顔とか、つるっとした輪郭とか、形のいい眉毛とか、ふさふさしてる睫毛とか。
何だかやけに好みに見える。
今は閉じているが、切れ長の眼も好きだ。

好きだ。と、自然に思ってしまった。
いやだがしかし、それは顔の造作の話であって恋愛には結びつかない。筈。
きっといつも冷たい視線を浴びせて来る眼が閉じていて、憎まれ口を叩く口も閉じているからそう思うに違いない。
寝てるから悪いんだ。そうだ。
そう思ったら、足が出た。

げしっとその尻を蹴飛ばす。


「な、何だ!?」


蹴り上げられた尻を押さえてスコールが素早く上体を起こした。
そしてこっちに気づいて、更に上げたままだった足に気づいて、じろりと睨みつけて来る。


「いきなり何だ」

「何でもねえ」


相変わらず、生意気な眼で、ムカつく声だった。


やっぱ起きるとムカつくな。
あーでも、さっきまでの人形みたいな寝顔より、
こっちのが生き生きしてて好きだな。


またしても、好きだとかナチュラルに思ってしまった。
おかしい。男の顔だというのに好きだの何だの。
整っていることは認めよう。だが、だから、好きって何なんだ。

ちらりと視線をスコールにやると、不機嫌そうな顔のまままだこっちを睨んでいたその視線とぶつかった。
彩度の低い青い眼。
見ようによっては灰色にも見えそうな青い眼だ。
スコールの眼が青いことに、初めて気がついた。
それが太陽の光を浴びて青みを増して見える。
それを何となく綺麗だなー…なんて思ってしまったりして。

脱力した。
本当に、どうかしている。
男が綺麗な訳がない。

急にげんなりした気分になって、その場をさっさと後にした。
後ろでスコールが何か言っているが、聞かなかったことにしよう。






3日目。


気分転換に訓練施設に行ったら、そこでモンスター相手にガンブレードを振り回している奴を見つけた。
何をイラついているんだか、弱っちいヤツにガンガン打ち込んでいる。
相手がちょっと可哀想になるくらいの気迫だ。

荒っぽいながらも相変わらず鋭い太刀筋に感心しながら、そういえば全然手合わせしなくなったなと思う。
思い返すと顔面を傷つけ合ったあれ以来だ。
それ以降は殺し合いだったし。
今手合わせしたらどんなんだろうか。

そんなことを考えている間に、こづき回されていたモンスターはその足下ですっかり屍になっている。
ちょっとゾッとする。
万が一見つかって八つ当たりの相手にされちゃ適わんとその場を後にしようとすると、
さすがに汗でもかいたのか、奴がお馴染みの皮ジャケットを脱ぎ捨てた。
いつものジャケットの下はこれまたいつもの白い半袖シャツだ。
そこから伸びる腕が妙に生白い。

肩にガンブレードを担ぎ上げる瞬間、その腕にぐっと筋肉が盛り上がって、おお、と感心する。
もっとひょろっとしているイメージがあったから意外だ。
しかし考えてみればそりゃそうだ。ガンブレードは重い。
筋肉がなければあんなにも自在にブンブン振り回せないだろう。

ガンブレードを担いだ肩も思ったより幅がある。
しかし、横から見ると薄っぺらい。
その薄さはちょっと不安になるぐらいだ。
黒い革手袋から伸びる手首も生白くて、握ったら折れそうに細かった。
今は手袋が填っている手も、思ったより大きい。

じっとその後ろ姿を眺めながら、
またじっくり観察してしまっていることに気づく。
普段の生活で見ることなんてないし、興味もなかったし、
バトルの時に見ていたのはガンブレードの切っ先とか、腕、あとは眼くらいだ。
何で今こうして見てしまっているのか、と聞かれてたら謎だとしか言えない。
やけに気になる。目につくもんは仕方ない。
何だか少し開き直った気分になる。

こうなったら気の済むまで観察すればいい。
満足すれば見たくなくなるだろう。
そう決めたら何だかスッキリした。
スッキリした気分で遠慮無く細い首とか、尖った肩の骨とかを眺める。
細くて長い全身のシルエットは、やっぱりどことなく不安になる。


アイツちゃんとメシ食ってんのか?
抱きしめたら折れちまいそうだな、アレじゃ。


ぼんやりそう思って、うわあ、と頭を抱える。
抱きしめるという発想にやけに狼狽えた。
そもそも人間の身体が抱きしめたくらいで折れる筈がない。
リアルに状況を想像してしまったら、もうダメだ。

生白い身体は体温もきっと低いんだろう。
抱きしめたらひんやりしてそうだ。
暖めてやりたいとか思ってしまう。

あの薄い肩をぎゅっと胸に抱き込んでぴったり身体を密着させて
後頭部に顔を埋めたりなんかしたりして。
きっとすごい力で抱きしめてしまうから、ヤツは怒るだろう。
ぎゃーぎゃー喚くのも無視してぎゅうぎゅう抱きしめたい。


おーい、俺、マジかよ。
でもしてーな、ぎゅっと。
あー、死ねる…。


あまりにリアルに想像してしまって顔が熱くなった。
無駄に動悸が激しくなっている。苦しさに呼吸すらままならない。
訓練施設の片隅で、これじゃ間違いなく不審者だ。



もういい、俺はスコールがほんとーに好きなんだ。
それはいいとして、


それが困った。






4日目。


晩飯を食いに食堂に行ったら、ヤツがいた。
カウンターからすぐの席を一人で陣取ってぼっとしながら口をもぐもぐ動かしている。

ふと昨日思ったことを思い出してヤツのメニューを盗み見てみた。
トレイに乗っていたのはトマトサラダとパンと何かのシチュー。それだけ。
ダイエット中の女子がごとき晩飯だ。さすがに驚く。
それだけの栄養で身体が保つもんだろうか?
保つか?と聞かれたら保たないと即答する自信がある。
昨日見た細っこい手首とか、首筋を思い出す。
それだけしか食べなければ、そりゃ細くもなるだろう。
ちぎったパンを咀嚼するヤツを遠目に見ていると、イライラして来た。

ずかずかとスコールのいるテーブルに歩み寄り、さっきまでうたた寝でもしていたのか、ぼーっとこっちに気づかずまだパンをもぐもぐやっている奴の、
その向かいにガン、とトレイを置いた。
大きな音に驚いたのか、スコールがぽかりと口を開けて見上げて来る。
こっちの姿を見て驚いたのか、更に両目もまん丸く開かれた。
何て無防備な顔だ。いつも遠くから見ていたスカした顔が嘘みたいにガキ臭い顔。
そんな無防備な顔を見せられて何だかそわそわした気分になった。が、それを何とか誤魔化す。

スコールの顔をじろりと見下ろしてから向かいの椅子に腰を下ろすと、
トレイから大皿を持ち上げて、まだ半分パンの残っているスコールの皿上にフォークを使って鶏肉の照り焼きを3切れぶち込んだ。
そして、スコールが何か不満を口にする前に、一言。


「食え」


まだまだぼーっとしていたのか、自分の皿に雪崩れ込んできた鶏肉をスプーン片手にじっと30秒は眺めてから、ようやく状況に気づいたのかスコールが勢いよく顔を上げる。


「なんだあんた急に」

「いいから食え」


途端にぶつかってくる棘々しい声を無視して、更に一言。
聞く耳持たん、という主張に身体を微妙に斜めに向けて照り焼きを頬張る。
色々な生徒がざわざわと腹を満たしている食堂をぼっと眺めながらひたすら咀嚼していると、
どうやら諦めたらしいスコールがざっくりと鶏肉にフォークを刺す音をが聞こえた。


よしよし、食った食った。


なんとなく嬉しくなる。
野生動物の餌付けに成功したような気分だ。
あながち遠くもないだろう。
何しろ相手はスコールだ。鶏肉を残したままトレイを持って去ってしまう可能性も考えられた。
そうならなかったのが嬉しい。

時折シチューを啜りつつ鶏肉にかぶりついているらしい音を聞きながら食事を続けていると、
スコールが低い声でボソボソと何やら呟いた。


「何だ?」

「別に」

「あっそ。美味いか?」


何だかすごい久しぶりにこうやって顔を付き合わせて会話をしている気がする。
どれくらいぶりだろうか?
多分余裕で半年は行ってるだろう。
久々の会話らしい会話を嬉しく思いながら逸らしていた視線をスコールの顔に移す。と。
またしても別に、と言いながらちょっと顔を逸らしたスコールの、
口がやけに目についた。

口というか、唇だ。
さっきまで照り焼きにかぶりついていたその唇は、油にまみれてやけにツヤツヤしていた。
その唇が何か言いながら、時たまスプーンをくわえたりなんかする。
その一部始終を釘付けになって見つめていたら何となく


あー…、キスしてえな。


そう思った。
思ったらうっかり手が出そうになった。
後頭部に手を伸ばして、引き寄せれば簡単に出来ることだ。
でも、それはいけないだろう。

だが、キスしたらどんな感触がするんだろうかとか気持ちよさそうだなとか、
何かテカった唇が妙にエロいなーとかそんなことを思ってしまう。
目が勝手にスコールの口に吸い寄せられてしまう。衝動が収まらない。

いきなりこんな状況でキスとかしたら、どうなるんだろうか。
まあ、そりゃ怒るだろう。
怒って、それで、きっとすごい嫌な顔をされるんだろう。

それを思ったら途端に食欲が失せた。
まだ半分以上残ったままのトレイを持って、席を立つ。


「?」

「…食欲なくなった」


訝しげに見上げてくる顔を見ないようにテーブルを後にした。
食堂を出て寮に向かって歩いていると、腹がぐきゅう、と空腹を訴える。


どうするべきか。
本当に、困った。






5日目。


昼飯を食べてダラッとしながら廊下を歩いていると、前方にヤツを発見した。
ちょっと気持ちが落ち込む。
出来れば会いたくなかったからだ。
会ったら見ずにはいられないし、意識せずにはいられない。
色々持て余しているというのに。

まあ、見つけてしまったもんは仕方ない。
見られるうちに存分に眺めておこうと思う。

相変わらずシャキッとした後ろ姿。
仕事でもしていたのだろう。両手に一束ずつ書類を抱えてツカツカ歩いている。
しかも歩きながらも何やら書類をチェックしているらしい。
前方不注意。危ないヤツだ。きっと転ぶ。
普通なら、ここで一声かけて注意を促すもんだろう。
だがあえてそれはしない。
転ぶ所も見たい。

転べー転べーと念を飛ばしながらじっとその後ろ頭を見守っていると、
ふとその頭に違和感を覚えた。
いつもならすっきりとセットされているはずのその後ろ頭。
そこから一房、群れからはぐれた髪が所在なさげに揺れている。
多分、間違いなく、寝癖だ。
きっと朝セットする時にあぶれたんだろう。
それは頭の持ち主が歩く振動に合わせて上下にひよひよ揺れている。

あんなにカッコつけて歩いてるのに、寝癖。

ぶっはと吹き出しそうになったその時、スコールがおもむろに立ち止まった。
つられてこっちも立ち止まる。

どうやら両手に持っている書類にミスか何かがあったらしい。
立ち止まったまま、左右の手に持った書類を交互に見比べている。

見慣れた茶色い頭が右、左。
その後ろ頭から飛び出した一房もそれにつられて
右にふよん、
左にふよん。


「う……」


わーーやべーー何だアレ!!!
そんなんアリか!アリなのか!!


カーッと一瞬で頭に血が上る。
あやうくその場にしゃがみ込むところを堪えたら妙な前屈みになった。
ヨタタとそのまま壁際まで歩み寄ってスコールを視界から外す。


あー…もうダメだ。やべーあいつ可愛い。
何なんだよ畜生!


可愛いんだか愛おしいんだか好きなんだか。
もうよく解らない感情がぐるぐるして頭がはちきれそうだ。
やっぱりたまらなく好きだ。

あー…アレが好きなヤツの後頭部なんだなあと思いながらまだぴょこぴょこ動いている後ろ頭を見ていたら、無性にその頭を撫でたくて撫でたくて仕方なくなった。


あー、撫でてぇ。
両手であのちいせぇ頭をむんずとつかんでグリグリしてえ。
出来るならそう、手袋は外して直につかみてえ。
あのくりくりした猫っ毛をもっとぐしゃぐしゃにしてえ。
あー、やべえ、たまんねー。
多分怒るだろうがそんなこたどうでもいい。
とりあえず撫でてえ。
触りてえ。


でも、それ以上に。

気配を悟られぬようにそっと背後まで近づく。
獲物はこっちの気配など気づきもせずにまだ手元の書類に夢中だ。
まだまだ気を抜かずに接近を続ける。
慎重に3歩ほど距離を詰めると、小さな頭が射程距離内に入った。


いい調子だ。やべえ、行けるかもしんねー。


そう思うと背筋がゾクゾクした。
それは多大な期待感とか、ちょっとの不安とかヤツへの愛しさとか何か色々ゴチャゴチャした感覚だ。
無駄に激しくなっている動悸を抑えつつ、ゆっくりと右手を上げて、
おもむろにその手を

ぎゅっと拳に変えて思いっ切り振り下ろす。
ゴスッとそりゃもういい音がした。


「い!!!」


脳天に拳骨を喰らって、スコールは衝撃でしゃがみ込む。
両手に抱えていた書類が見事なまでにバッサーと廊下に撒き散らされた。
バラバラと廊下の端まで滑って行く紙の束を見送りつつ、
かなりの勢いでヒットしたことからじんじんと痺れる拳骨にぎゅうと力を入れる。


やべえ…やっちまったぜ、俺。


正直、かなりの達成感があった。
スコールに拳骨。
頭を撫でたかった。ぐしゃぐしゃしたかった。
でもそれ以上に、
殴りたかった。とりあえず。


「またあんたか!!」


右手を握りしめて達成感に打ち震えていると、
スコールは頭頂部を押さえて立ち上がり少し下から睨み上げて来た。
その視線にはちょっとばかり殺意が籠もってるような気がする。
いきなり殴られりゃ誰だってそりゃ怒るだろう。
でも、別に怒らせたかった訳じゃない。
これ以上関係を悪くしたって仕方ない。
むしろ良くしたい。
だから、次にすべきことはフォローだ。
まず謝っておこう。フォローフォロー。

そうは思っていたが、
気が付けば、


「好きだ」


そんな言葉がポロッと口から出ていた。


「え?」

「いや、好きなんだお前が」


もう一度言ってから、あー言っちまった。とちょっと後悔してすぐ開き直った気分になった。
こんな気持ちいつまでも腹の中に溜めておける筈がないし、
黙っているなんて性に合わないし、どうせこのままじゃいずれ言ってしまっていただろう。
それに言ってしまった今となっては今更どうしようもない。
口から出てしまった言葉は戻せないし。


おーおー、硬直してやがる。
そりゃなー、ビビるわな。
まあ、フラれるんだろうなー。
気持ち悪い!とか言われんだろうなー。
あーでも、やっぱ言ったらスッキリしたな。


「…嫌いだ」


目を見開いた後、俯いたスコールのつむじを見下ろしながらつらつらと考えていると、
目の前で項垂れた頭からくぐもった声でそんなことを言われた。
そりゃあ、やっぱりそうだろう。
仲悪いし。性格合わないし。
なにしろ、男同士だし。


「だよなー」


覚悟していたとは言え、やっぱりちょっとショックだ。
まあ、しょうがない。
こればっかりはどうにもなるまい。
やっぱり?とか言いながら後頭部をガシガシ掻いていると、
スコールが顔をちょっと上げて見上げてきた。


「気持ち悪いとか思わないのか?男同士で」

「まーそりゃ、思われるだろうなとは思ったけどよ」


それにしては拒絶が薄いな、と思う。
普通だったら気持ち悪いーもう関わるなーでおしまいだろう。
実は結構慣れてるんだろうか?
確かに、男にもモテるのかもしれない。


「じゃあ何で」


ちょっと視線をずらしながら答えると、スコールはすぐに質問を続けてきた。
そりゃそうだ。
女子もいるガーデン内で、男な自分に告白してくる男共の気持ちなんてスコールには理解しがたいのかもしれない。
こっちも数日前まで理解できないと思っていたから、質問したくなる気持ちはよく解る。


「しょーがねーだろ、好きなモンは」

「だからなんでそんなことを堂々と言えるんだ」

「なんでってなあ…言わずにいられなかったんだよ」

「俺に、気持ち悪いとか言われて、軽蔑されるかもとか思わなかったのか?」

「だって腹に溜めてたって何の徳にもなんねえだろ、そんなん」


そう言ったら、急にスコールは黙り込んだ。
矢継ぎ早に質問していた唇をぎゅっと噛んで、俯く。


「…やっぱり嫌いだ、あんた」


そしてまた絞り出すみたいにそう言った。
そのちょっと泣きそうな声と、
身体の脇で握られた両手の手袋がギシ、と立てる音を聞いてちょっと狼狽える。
本当に泣き出しそうな気配だ。


「ならなかったさ、確かに。溜めてたって。ならなかったけど、それでよかったんだ。そんなこと簡単に言えるあんたに言われたくない」


拗ねたような声で、妙に饒舌なスコールに面食らった。
驚きつつ、言われたことを整理する。
スコールは溜めていたらしい。何かを。
何をなんて、話の流れを考えると1つしかない。
誰かを好きだという気持ちだろう。
それも女相手だったら溜める必要なんてない気持ちだ。

こいつも男が好きなんだろう。

それにはさすがにびっくりした。
驚きつつ俯くつむじを見下ろしていたら、
思い出した。


たまに目があって視線を逸らされた時。
その時いつもこいつがこっちを見てたんじゃなかったか?
それに、こいつが好きだと思って俺はどうした。
好きだっつって嫌な顔されたくないと思ってあんま近寄りたくなくなった。
スコールはずっと俺を避けてた。


でも、それはちょっと考えられない。
スコールを好きなこと以上にありえない。
そんなムシのいい話普通はない。
でも、


「お前、もしかして」


俺が、と言おうとした瞬間、スコールが動いた。
俯いていた状態からギッと顔を上げると胸ぐらを両手でガッシリ掴んでぎりぎり締め上げて、


「ああそうだ。俺はあんたがずっと好きだったんだよ!5年もだ!5年も前からだ!溜めまくってたんだよ馬鹿みたいに!でも、男同士だし言ったら軽蔑されるかもとか気持ち悪がられるかもとか思って言えなかったんだよ、諦めればいいのに諦めもせずにずっと好きだったんだよ!友達ですらないけど遠くから眺めてるだけで充分だったんだ。近づいたら変なことうっかり言いそうで近づかれるのも嫌だった。このまま死ぬまで溜めておくのもいいかなとか思ってたよ!それでも幸せな気分だったんだなのにあんたは最近妙に構って来て、その上そんな簡単に俺が好きとか言ってくれて、俺はどうすればいいんだ俺の5年間は何だったんだ畜生馬鹿野郎俺はあんたがずっと好きだったけど俺に好きだとか言うあんたなんか嫌いだ!!!」


怒濤の勢いでそこまで言うと、胸ぐらを掴んでいた手を突き放した。
その勢いで廊下の真ん中辺りまでよろめいた。
ちょっと咳き込みながら体制を整えて側まで歩み寄ると、
スコールはさっきと同じ場所で深く項垂れて両手を尚もギリギリ握りしめながらくそ、くそ、と毒づいていた。
すごい、怒っている。
こんなにキレているスコールを見るのは初めてだ。
そして理由は『5年も悩んで片想いしていたのにその相手が簡単にペロっと好きだーなんて言ったから』だ。
ちょっと唖然とする。


5年も。
5年もこの小さな頭は俺のことでいっぱいだったってのか。


いがみ合っていた間も、こいつのことを意識から完全に外していた時期も、
声をかけようとも思わずに眺めていた時も、意識しまくって過ごしたこの5日間も。


ずっとずっと、こいつは俺のことが好きだったのか。
こいつ、本物の馬鹿だ。


そう思うともう、たまらなかった。
手袋を取って、コートのポケットに突っ込むと両手を上げてさっき思ったままに目の前の小さな頭を両側からわっしと掴んだ。
そのままぐりぐりと撫でくり回す。
素手の指に絡みつく細い髪は、思ったよりコシはなかったけれど量があった。
するすると指の間を滑るその感触が愛おしい。


「あー…たまんね」

「触るなっ!」


触りたかった欲求が満たされて、ついため息と一緒に感想を呟くと、
がっしりと両手で固定された頭をぐりぐり動かしてスコールが抵抗する。
すごい勢いで睨んでくるガキっぽい顔を見て、やっぱたまんねー、と呟く。
顔がニヤけるのを止める術がない。


「触らせろ。さっきからずっとこうしたかったんだよ」


へらへら笑いながら答えると、スコールの眉間に更に皺が寄る。
今度は『簡単に触るなー』とか怒鳴られるか?と身構えたのもつかの間、
まだまだ不機嫌満開なままのスコールに同じようにがっしと両手で頭を掴まれて、
そしてそのままわしわし、と頭を前後に揺すられた。


「……俺の方がずっとこうしたかった!」

「ははは!」


思いがけずぶつけられたあまりに可愛い言葉に、もう笑うしかない。
ゆっくりと梳いていた両手で髪をぐしゃぐしゃとかき回して、引き寄せると鼻先を埋めて匂いをかぐ。
何だがほこほこと胸があったかくなった。
負けじと撫で回してくるちょっと低い体温の掌に、たまらず両手で目の前の身体をかき抱く。
胸元でスコールがむご、だのおがー、だの言っていたが気にしていられない。
抱き込んだスコールの身体は思った通り薄くて、頼りない。
けど、想像していたよりもずっと体温が高かった。

腕の中にある体温に、もうどうしようもなく身体がうずうずした。
このままわーとかぎゃーとか大声で喚き散らしながら校内をかけずり回りたい。
心臓がバクバク言ってぶっ倒れそうだ。このままの勢いで破裂して


「幸せで死にそうだ」

「俺は恥ずかしくて死にそうだ」


まだ両手で髪をいじりながらこっちを見上げて、
スコールもわははと声を上げて自棄気味に笑った。
その笑顔に心臓が更に大変なことになった。顔が熱い。
もう勘弁してくれ。死ぬ。いや、殺される。

ぎゅうぎゅうと抱きしめる腕に力をこめたら、苦しい殺す気か。と怒った声が返って来て、また笑う。
冗談じゃない。殺す気なのはそっちの方だ。

抱きしめた骨ばった肩とか、
薄い胴体とか、
肩口に擦りつけられる顔とか、
不機嫌な声とか、
頭皮を辿る指先とか、
さっきまで触れていた猫っ毛とか、
そこから覗く真っ赤になってる耳とか、
その髪に包まれている小さい頭とか、
その中に収まっている馬鹿な脳味噌とか。

全部殺す気だとしか思えない。


…ああ参った。本当に好きだ。


人通りの激しい廊下で人目を気にせず抱き合って、しみじみそんなことを実感する。


「それにしても…お前ってホント、馬鹿だな」

「!!!!」


本音をポロリと零したらガンガンに6発ほど蹴られたが、幸せ気分は壊れない。
むしろ幸せ度アップだったりする。


…俺はマゾだったんだろうか。





















まあ、とりあえず結果オーライで。
めでたしめでたしだ。














































2006.10.20

おわ…ったーー!
何故こんな長くなったのかサッパリわかりません。
かるーくさくっと終わるはずが…

何はともあれ5周年ありがとうございました!!

5年も我慢したスコールと5日しか我慢できなかったサイファーさん。
どっちもおばか(笑)





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