きゃーっ、と、子供独特の高いはしゃぎ声が聞こえた。


目を上げると流線型の外壁に太陽光線が反射して目が眩む。
この野郎やりやがる、と笑いを浮かべながら手で目を覆って、
胸ポケットからサングラスを取り出した。



…ガーデンを見るのも久し振りだ。

ここにいた頃にはこうやって眺めるってこと自体をしなかった気がする。

ここは「家」で、感慨を持って眺める場所じゃねえ。

今でもそう思っているが、





俺がここを訪れるのも、

あいつに会うのも、2年振りになる。





177cmの恋人





2年前、

あの戦争が終わった後ここに戻る気のなかった俺は、
久し振りにあいつと2人だけで話したことがあった。


「スコール、俺と一緒に来いよ。悪いようにはしねえし、お前だって指揮官とか飽き飽きしてんだろ?」


俺は、スコールは当然頷くもんだと思ってた。
だから本当に何の心構えもなく軽い気持ちでそれを聞いた。
俺たちはあの戦争の前から付き合ってたし、
スコールはいつだって俺の後を着いて来たからだ。


だから、スコールが俺の顔をまっすぐに見て少しも考える素振りを見せずに


「…それはダメだ」


と、答えた時には、マジで何を言われたか理解できなかった。


「俺…この間まで色々あってガーデンを任されて、解ったんだ。ここは大事な場所だ、捨てられない。だから…」


咄嗟に声も出ない俺の顔を覗き込んで、あいつは淡々と語った。

そのセリフを聞いて、
全く俺も若かったがまあ、…裏切られたような気がして、
…今思えば何を根拠に確信してたのかって笑えるが。
無性に腹が立ったのを覚えてる。


「解ったよ、お前はここで真っ当に生きてくってんだろ?俺と来て人生棒に振るよりそりゃ正しい生き方だろうよ!」


そうぶちまけて踵を返した俺の腕をスコールが掴んだ。


「違う!だから…だから俺が卒業するまで待ってくれ!あんたとガーデンと…どっちが本当に大事なのかまだ俺には決められない、だから」

「だから?じゃあ俺が予言してやるよ。テメエは絶対ここを選ぶぜ。……じゃあな、スコール」


もう何を言われても俺を捨てる言い訳にしか聞こえねえ。

あの時は掴まれた腕を振り払って早足に立ち去ることしか考えられなかった。
今ならもっと落ち着いた対処が出来たとは思うが…後悔先に立たずだ。


「俺は待ってるからな!サイファー…!!」






最後のその叫びに似た言葉にも怒りに駆られた俺は振り返らなかった。












本当に最悪の別れだった。
一人になって落ち着いて、途轍もなく後悔したが今更謝りに行くことも出来ねえし、
どんなことをしていてもスコールのことを忘れることが出来なかった。

あの時すげえ傷つけたことを謝りたくて、
…後はどうしても会いたかったから、来た。
多分、あいつはもう俺の顔なんて見たくもねえだろうが…










「サイファー」

「どぅおわッ!!」


警戒を忘れた背後から掛けられた声にうだうだと耽っていた物思いをぶち破られて、
心臓が飛び出そうなぐらい驚いて俺は文字通り飛び上がった。


「そんなに驚くことないだろう」



慌てて振り向いて見たスコールは、

髪が長かった。




「あ、あー、…久し振りだな。っつーか髪、長えー」


とりあえず一番印象に強かった場所を指摘するとスコールは薄く笑って首を傾げる。
その動きで肩に掛かった髪が揺れて、知らねえ人間を眺めている気分になった。

相変わらずのお綺麗な顔を隠すみてえに伸びた前髪と鈍い色の目は変わらねえが、
肩に掛かった髪のせいで前より険が少ない。
そいでもって、少し痩せた。


人間っつうもんは2年で結構変わるもんなんだな、と感慨に耽っちまう。


「そうか?あんたも伸びたな。…身長も伸びたか?」

「あー、伸びたかもしんねえな」


確かに言われたとおり、見下ろす視点が前より下がった気がする。
どこまで伸びるのか解らねえが、実は依然成長中だ。


「羨ましい…俺は止まったぞ」

「かもな、チビに見える」


また、きゃあ、と甲高い声が聞こえた。
キンキンうるさいこれは女のはしゃぐ声だ。
スコールはそっちに目をやって軽く手を挙げてみせる。
どうやらこいつの崇拝者らしい。まったくおモテになるとこは変わらねえ。


一応バレねえように変装くさいものはしているが、
ガーデンのことだ、多分もう俺だってことはバレてるだろう。


俺がここにいることが珍しいのか、そもそも俺たちが一緒にいること自体珍しいのか、
脇を通り過ぎていく生徒の視線が痛ぇ。


「移動するか?」

「…だな」


自然と以前の逢い引き場所に足を運ぶスコールの後ろ姿を見つつ、
伸びた髪で隠れちまったほっそい首が見られないことをちょっと残念に思ったりする。










離れていたと言っても、たったの2年だ。
別にガーデンに大きな変わりはなく、見慣れた風景が相変わらず広がっていた。
見覚えのある大木に近づきつつ、あの日の後悔が蘇って来るのを実感する。



スコールはあの日のことに何のリアクションもして来ないが、
実はもの凄え怒ってるから触れてねえってこともあり得る。
何よりこいつは怒らせると怖い。
ここは先に謝っておくべきなんだろうな、と


「スコール…お前に謝りたくてよ。あん時はホントに悪かったと思ってる」


一気に言ってじっとその後頭部を見つめると、スコールは心外そうなツラをして振り向き、小首を傾げて


「何で謝るんだ?俺は別に気にしてなんかない。あんたがああなのは今に始まったことじゃないだろ?」


あっさりとそう言いやがった。

報復としてどんな制裁を加えられるのかと一種戦々恐々としていた分、
肩すかしを食った俺は脱力した。せざるを得なかった。


「てめえ…そんな簡単に流すなよ」


この2年間俺がどんなに悩んで後悔してどんな覚悟でここに来たのかこいつはさっぱり解ってねえ。
ああでもそんな鈍感すぎる所もあったし好きだったがここでまでそう来るか!?

恨みを込めて睨みつけてやると、スコールは微妙な笑みを浮かべた。


「あんた…変わったなあ」

「何だそりゃ」

「別に?」


…別に、が出た。

これが出ちまうともうこいつからこれ以上の言葉を聞き出すのは非常に難しい。
無駄な時間を使うよりは諦めた方が賢明だ。

…と言うのが俺が前に学んだことだから、
しょうがなく話題を変えることにした。


「ところで、何で伸ばしてんだ?髪」

「ああ、これか?」


スコールは肩に掛かった髪を後ろに流しつつ、俺を見上げる。


「こうやって伸ばしてれば、あんたと並んだ時に男女のカップルに見えるかな…と思って」








……………。

は?







さらりと言ってのけられた台詞に言葉を失った。
…と言うか、一瞬こいつが何を言ってるのか理解すら出来ずに


「…はあ?!」


奇声が口を突いて出た。

そんな俺の反応を見て、スコールは少しばかり怪訝そうな顔をした後、
ぶっ!ってな感じで思いっきり吹き出しやがった。


「…冗談だ。切らないでおいたら伸びた」

「冗談って…お前なあ」


腹を抱えて笑ってるスコールのつむじを見下ろしつつ俺は激しくげんなりした。
前はこんな冗談を言うようなヤツじゃなかっただけに、今の衝撃は凄まじいものがあったぞ…。


「つーか、177センチもある女がいるかよ。いくらお前がそんなカオしてたって無理なもんは無理」


俺の言葉にそりゃそうだと笑うスコールを見て、そいえばこいつはよく笑うようになったもんだと思う。
前はずっとむっつりしてて、笑わすのも表情を変えさせるのも一苦労だったのに。
そう思うとやっぱり2年の年月は長い。



スコールは前と比べ物にならないぐらい変わった。
それを淋しく思ったり、置いて行かれたように感じる訳じゃねえが、
あの時あんな別れ方さえしなければこの変化を見守ることが出来たんじゃねえか、とそこが悔しい。


「…で?卒業出来たのかよ」

「勿論だ。教師に残らないかって言われてる」

「へえ」


外したサングラスを胸ポケットに入れて軽く流しつつ、やっぱり、と思った。
こいつは変わった。だからもうあの時みたいに俺に着いてくるだけの人間じゃなくなったんだろう。

そんなこいつがここに残らない訳はない。


「あんたは…何してた?」

「そうだな…、あっちこっちブラブラして適当に働いたりしてた。あ、今はちゃんと定職に就いてるけどな」


スコールのことを忘れられるかとまったく反対側に行ってみたこともあったが、
どこにいてもこいつのことだけは忘れられなかったから、今は諦めてバラムに住んでいる。


「ふうん…」

「ふうんで済ますなよ」


今更ながらこいつだらけの人生を送って来ざるを得なかった腹立ち紛れにがしがしと伸びた髪を掻き混ぜると、
はは、とスコールは小さく笑った。









「……で、どうすんだ?」


少しの沈黙の後、俺は問いかける。
そもそも談笑しにわざわざここに来たわけじゃねえ。

2年前のあの日をはっきりさせるためだ。


「将来有望なガーデン教師と、俺と一緒にブラブラすんのと。…先に言っとくがお前がどっちを選んでも俺は構わないぜ?本当に」


諦め半分、期待半分。俺の言葉に、スコールは少し考える素振りを見せる。
そして、俺を見上げた。


「…俺は中途半端は嫌いなんだ」

「あぁ?」


いきなりの的はずれ発言に我ながら素っ頓狂な声が出た。
…と言うか、マジで訳の解らねえコメントはよしてくれ…と言おうとした俺の言葉を遮ってスコールが言葉を続ける。


「ちゃんと聞け。…だから、完全に棒に振ることにした。あんた2年前言ったな?あんたと行って人生を棒に振るのかって。
でも違う。あの時既に棒に振り始まってた」


そこで一度言葉を切って、スコールは何と言っていいのか解らなくなってる俺を見て、笑う。


「人生中途半端に棒に振るなら、思いきり棒に振った方がいい。そうじゃないと振ったことで中途半端に捨てたものの行き場がないだろ?」

「スコール…」

「あんたのためじゃない。俺は今まで振ってきたもののために、俺のためにあんたといるんだ」


だから文句は言わせないぞ、とそう言って強い目で見返して来た。



こう言う婉曲な告白のしかたは以前のままだ。

本当に、何も変わってねえ。








衝動的にスコールの腕を取って抱き込んだ。
驚いたのか一瞬身構える気配を見せたスコールが身体を弛緩させる。


「2年間、あんたのことばかり考えてた」

「俺もだ」


2年の間に身長差は変わっていたが、
抱き締めた時の変わらないその感じが凄まじく懐かしくて、
前とは違う強く抱き返して来る腕とくぐもった告白が愛おしくて、

ああ、やっぱり俺にはこいつ以外いねえんだな、と実感する。


「やっぱ棒の振り始めはあの戦争からか?」

「いや、あんたと関わり合いになった日から」

「うわ、ひでぇ」


こう言う容赦ねえ物の言い方も変わってねえ。
即答されちまったら苦笑するしかねえが、


思い出せばあの頃、そう言う所も好きで好きでしょうがなかったもんだ。


そして今のスコールの変わった部分も愛おしく感じる。






そう考えると、これから先何年経とうと、何十年経とうと、
これだけは変わらねえと断言出来るものがある。














やっぱり、こいつが死ぬほど好きだ。






























そう深く実感して腕の中の存在に幸せを噛み締めつつ、




少し冷えた恋人の髪に鼻先を埋めた。
























































2003.10.21

…と言うことで、2周年有り難う御座います!

の気持ちを込めて書きました述べるでありました…

すみません本当に2ヶ月ぶりなんかに書いたので色々色々…
謝罪面ばかりです…まさに爆死。

この話はずっと前から書こうと思っていたネタに
無理矢理2周年を融合させたために素晴らしいボリュームになっておりまして…(無駄に長い、とも言う)
そこも謝りたいです…もう謝り倒しです。

一応、私のサイスコへの想いをつぎ込んでみましたですハイ!
人生サイスコで棒に振る気なのか!そこのところどうなのか!
と言った述べるでありました。

サイスコ病!






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